18コマ 釣り餌
「うまくいきましたね、ダンマス」
『ダンジョンマスターよ。此度の働きは良いものであった』
「すごい上から目線で来ますね。でも、うまくいったなら良かったです」
ダンジョンまでやってきた伊奈野は、骸さん達から賞賛を受けた。
理由は、怪しい服の人の興味を禁忌から逸らすことに成功したこと。
伊奈野が提示した新しい素材は怪しい服の人の興味を引くものだったようで、禁忌の研究から一旦離れて呪いの強化へと動いてくれるようになったわけだ。
あまりにも怪しい服の人が強化され過ぎるという事を恐れていた伊奈野達からすると非常に嬉しい事である。
話を持ってきた伊奈野が感謝され賞賛されることも、当然の事である。
更に骸さんからすれば、今回の事は怪しい服の人の興味を逸らして脅威度を下げられるだけでなく自分の強化も並行して行えるのだ。
上手くいけば配下に配備する呪いを活用した本を装備させ、配下の力を底上げできる。これもまた嬉しい事なのである。
ダンジョン側からすれば、特に骸さんからすればメリットが大きい状況なわけである。
「結果はもう出てるんですか?」
「肯定も否定もできない程度、ですね。まだ色々と試している段階で、変化は間違いなくあったんですけどそれが攻撃力などの増加に繋げられるかは不明と言ったところです」
『まだ実用化には時間がかかると言ったところであるな』
伝えてからそこまで長い時間は経過しておらず、形にするにはまだまだかかるという事のようだ。
とは言っても期待を持てるような現状は起きているという事で、炎さんは楽観視しているようである。骸さんの方はそこまで過度な期待はしていないようだが、それでも怪しい服の人の気をそらすことができたというだけで十分という程度に考えているようである。
伊奈野も2人からの言葉を受けて、少し焦りすぎたかと自分を落ち着かせる。
代わりにと言うわけではないのだが、ダンジョンでDPを使い購入できる薬草の一覧を開いてみた。
薬草の束を直接交換できるというわけではないのだが、ダンジョンの特定の区画に群生地を発生させることが可能。伊奈野はそこまでこのダンジョン内で薬草を採取することに意味を見出せてはいないが、それはそれとしてこの一覧を見ておくことで、
「ねぇ黒い本。実はこの交換できる中にまだ向こうで購入してなかったような薬草があったりしない?」
黒い本の薬草の知識を増やし、購入の幅を広げようと考えていた。
直前で黒い本が存在を疑っていたような薬草を購入できたのだから、他にも存在していることを知らなったようなものがあってもおかしくはないと思うわけだ。
ここで一覧は名前だけではあるものの図鑑のような役割を果たしてくれるし、伊奈野の治療にもつなげられる薬草を発見するには都合がいい。
ただ、伊奈野のそうした考えは特段新しい物ではない。それくらいのことはすでに黒い本も考えていて、黒い本は伊奈野を机の下に誘うとこそこそと事情の説明をしだして、
「このダンジョンで交換できるものって、知識にあるものだけみたいなんだよね。モンスターとかはまた違うみたいだけど、植物とかは基本そんな感じで」
「そうなの?知らない薬草はそもそも交換対象にならないってこと?」
「うん。僕が知らないけど他の2人が知っているような植物は出てきたの。ただ、みんな知らないものは出てこないみたいで。今回薬草が出て来たらんって、今までは存在してなかったんだよね」
「へぇ~。そうだったんだ」
どうやらダンジョンの仕様により伊奈野が意図したような使い方は不可能なようだった。そう都合よくは進まないようである。
ただ、ここで収穫なしと判断するのは早計である。黒い本の口ぶりから判断すれば、必ずしもそういうわけではないという事が読み取れるのだから。
「骸さんか炎さんが知っている薬草の中に黒い本も知らないものがあったんだね?」
「うん。今の今まで忘れていたようなものだったらしいけど、聞いてみたら教えてくれたよ」
誰も知らないものは表示されない。しかし、誰かしらが知っていれば表示されるのだ。
黒い本は主に骸さんの知ってはいたが今まで思い出すようなこともなかった薬草の話を聞いて知識を増やすことに成功していた。この場合には名前だけでなく忘れかけではあるが具体的な使い方や見た目の話などもしてもらえたため黒い本としても収穫は大きい。
さすがにそのような植物をすべて店主さんが取り扱っているかどうかは怪しく思えるが、いくつか扱っているのならば御の字。伊奈野達の治療薬開発はさらに前進させることができる。
そしてそれだけでなく、伊奈野達が考えることはさらに薬草の知識を増やせる可能性を探るため、
「怪しい服の人もダンジョンの権限を少し渡したりできないかな?そうすればきっと向こうの持ってる知識で扱えるものが増えるはずだよね?」
「た、確かに。それなら向こうも知らない間にこっちが知識も吸収できるかも」
「詳しい話を聞かなくていいなら、確かにそう考えることもできるね。骸さん達に提案してみる?」
「うん。やってみてもいいかもしれない」
あえてダンジョンの管理権限を一部渡すことによって、その相手の持つ知識をダンジョン側で確認できるようにしてしまう。
恐ろしいが、何かしらで役立つのは間違いない策であった。
特に怪しい服の人が持つ手札の中身を探ることができるというのは非常に大きいと骸さん達も考えるはずである。
もちろん黒い本としては単純に知識を増やすことができるという期待もある。
そうした思惑が合わさって伊奈野が提案してみれば骸さん達も拒否することはせず悩み始めて、
「こちらの出せる手札を増やせるというのは悪くないですよね」
『それでいて向こうの手札も調べてみることが可能。かなりいやらしいやり方だが、効果的であることも間違いないか。権限を与えるというのが不安要素であるが、リスクとリターンさえ理解して対策を立てられるのならば案外悪くないかもしれん』
確認もとらずに勝手に相手の知識を盗み見るというのはあまりにも卑怯な気はする。しかし、卑怯なんて言っていて勝てるほど相手は甘くもない。
骸さんたちは難しい決断を迫られることになった。
『よし。やるか』
「やりましょうか。呪いとかはよく分かりませんけど、単純にダンジョンの防衛機能の強化になりそうですし」
「あっ、結構すんなり決まるんですね」
それはとてもとても難しい判断なのであった。
では、そんな難しい判断をした後にやはり怪しい服の人に対して権限を与えるという流れにはなるのだが、問題になるのは渡し方。
突然渡すのも少し不自然な気はするし、名目をどうするべきかが悩むところなのである。
ということで検討を重ね、
『条件付きで、そなたの呪いの研究に協力してもいいのではないかという話をダンジョン側の者としていたのだ』
『私の研究を、ですかぁ?』
『うむ。そなたには主に余の配下の武装の強化をしてもらっているからな。その点をダンジョン側で補助することでより余の力を高めようという事になったのだ』
『なるほどぉ。ダンジョン側もずいぶんと先王様を信用されているようで』
怪しい服の人は、少しダンジョン内部が骸さんに協力的なことに驚いている。協力関係にあるとしても骸さんのためにそこまでするとは思っていなかったようで驚き顔だ。
もちろん、本当にダンジョンにメリットがなく骸さんの強化しか繋げられないのであればやらなったかもしれない。
とはいえ、そうした誤解をされるのも悪くはないわけだが。




