32コマ目 休日
私立大学受験が終了。
さすがに疲労もあるため翌日は休日となる。
伊奈野はゲームで遊び倒そうとでも考えていたのだが、
「今日メンテナンスなのか~」
「ですわねぇ。昨日と一昨日が邪神の拠点への逆侵攻の日でしたし、この間のイベントの後にはできなかったのですわ」
「そうなんだ。困ったね」
現在メンテナンス兼アップデートが行われているためログインができなくなってしまっている。
メンテナンスが延期された理由でもあるイベントに参加した瑠季が、そのことを眠そうな顔で教えてくれた。
伊奈野としてはここで遊び倒してリフレッシュをしてまた明日から頑張ろうと考えていたのだが、その予定は頓挫。考えていたことが8時間分できなくなってしまったため、いったい何をしようかと考え始める。
そんななか伊奈野を見た瑠季は、伊奈野が暇であることを素早く察知し、
「ではお嬢様。一緒にお出かけに行きましょう!」
「お出かけ?…………確かに最近どこにも行ってないし、たまにはいいかもしれないね。外に出るのもリフレッシュになるでしょ」
一緒に外出することを提案。伊奈野はそれを了承した。
お出かけとは言ってもそこまでたいそうな物ではなく、2人で歩いて近くの商店街に行ったり電車に乗って少し都会の方に行ったりとする程度。
車を連れていくわけでもないため、そこまで大量に買い物ができたりはしない。
だが伊奈野はそれでも十分普段な刺激を受けることができてリフレッシュになるし、瑠季は伊奈野と話をするというだけでも満足だ。
ちなみにその話と言うのは勿論のことながら、
「逆侵攻、結局成功か失敗か分からないものになってしまったんですわよね~」
「そうなの?中途半端な破壊しかできなかったってこと?」
「いえ。破壊どころか完全な制圧にも成功しましたわ。もうあそこには邪神の要素なんて1つも残っておりませんの。もう戻ってくることはないと思いますわ…………ただ問題は、その拠点を私たちは本拠地だと考えていたのにもかかわらず終わってみると別に本拠地があることを知ることになったということでして」
「ふぅん。制圧したところは拠点だったけど、本拠地ではなかったって言うことかな?」
「そういうことですわ。裏切った邪神の使徒たちもそんなことは知らなかったと言っておりまして、今まで手に入れてきた邪神の情報も本当に正確なのか確かめる必要があるという風に考えている状況ですわ」
「へぇ。大変だね」
逆侵攻に関すること。
伊奈野はその期間中試験をしていて一切情報が入ってきていなかったため、ここで初めてその結果を知ることとなった。
成功したことには喜ぶが、確かに話を聞いてみると手放しで喜べるかどうかという部分は疑問に思えてしまった。
「本拠地に乗り込むためのアイテムとかはないの?」
「全くありませんわ。本拠地に関しては一切手がかりがありませんの。恐らく、運営が一切それには手を出させないようにしているんでしょう」
「さすがに邪神が本拠地まで取られちゃったらゲームのシナリオが終わっちゃうもんね。それもそっか」
邪神の本拠地。
そんなものの情報を伊奈野は知ることになった。
とはいっても、それを探すつもりもそこに何かするつもりもない。ただただ、そんなものがあるのかと知るだけ。
ただ、考えようとしてもそうすることは難しかっただろう。
何せその後もまだまだ瑠季から情報は出てくるのだから。
「賢者のお姉様の師匠はアイテムを配って自爆からプレイヤーを救いましたし、面倒なところでまた名前を売りやがったのですわ。まさか、一瞬爆発的に加速をさせるだけのアイテムがあそこまで 影響するとは予想外でしたの」
「そんなものがあるんだ。便利そうだね(私の作った靴の上位版みたいなものかな?また迷路みたいなタイプの試練が来た時のために私も欲しいかも…………そういえば、私の作った靴を店主さんが配るって言ってたけどあれはどうなったんだろう?役に立たなかったかな?さすがに上位版があるなら活躍の機会とかないよね)」
「便利ではあるかもしれませんけど、あれは今回くらいしか役に立たないと思いますわよ。基本的に機動力は常にほしい物ですし」
話は邪神の拠点の話だけでなく、賢者の師匠なるプレイヤーが配った装備品の話に移り。
さらにその後蒐集家の話にもなっていて、
「へぇ。あの人ってそんなに強いんだ」
「とんでもなかったですわね。私もあそこまでとは知りませんでしたわ。ただ、強いのは良いのですができればあそこまでの強さを持つのは蒐集家以外が良かったという気持ちもありますが」
「それはまあ、確かに」
伊奈野も、なんとなくコレクターさんが蒐集家だとか名乗っていたことは記憶にある。
ということで、瑠季の意見には共感ができた。
コレクターさんに強い攻撃なんてさせて良いわけがないのだ。そんなことをすれば、被害が出た後で確実に火事場泥棒をするはずだから。
素知らぬ顔で、攻撃の余波で消えてしまったのではないかなんていってのける姿が目に浮かぶ。
そんな伊奈野の共感の様子を瑠季は少し不思議に思い、
「あれ?お嬢様は、蒐集家の事はご存知なんですの?」
「うん。一応ね。イベントでプレイヤーが少ない時に泥棒しようとしてるところを見かけたこともあるし」
「うわぁ~。ものすごくイメージ通りの事をしてますわね」
今まで基本的に瑠季と伊奈野が共通して知っているNPCは存在しなかった。
邪神は別として、こうして伊奈野に話をして共感をしてもらえることなど瑠季にはなかったのだ。
聞いてくれるだけでもうれしい事ではあるのだが、共感してもらえるという部分はかなり大きな要素であり、
「蒐集家で言えば、神の持つ財宝を奪おうとしたことがあったらしいですわよ。かなり昔の事ではあるそうですが」
「神の持つ財宝?それって、どの神が持ってる財宝なの?邪神の方?」
「いえ。女神の方ですわ。そっちの手元には、まだNPCが技術的に持つべきではないアイテムがいくつか保管されていたりするそうなんですの。いわゆる禁忌などに指定されているアイテムですわね」
「へ、へぇ。そうなんだ」
禁忌と言う単語を聞いて少し微妙な反応をしてしまう伊奈野。
ただ、瑠季はその反応がそんな物にも容赦なく手を出そうとする蒐集家にドン引きしているだけだと考えスルー。伊奈野が禁忌に関わっていることには気づくことがなかった。
そしてそのまま蒐集家の話が進んでいく。
今まで聞いたことのあるやらかしが次々と伊奈野に伝わっていき、そのたびに伊奈野はコレクターさんの評価を下げていく…………と言うほどもともと高くはないが、とりあえずしばらく上がることはなさそうだった。
「あの人、正直に言ってこの後活躍する機会あるのか謎ですわね」
「そうなの?そんなに強い攻撃ができるなら活躍するところはいっぱいあるんじゃない?それこそ、最後に本拠地に攻撃する時とかも活躍できるでしょ」
「その気持ちも分かりますわ。ただ、メタ的に考えると今回蒐集家は目立ち過ぎていたような気がしますの。ですから、他のキャラが目立つようなイベントが今後行われるのではないかと思うのですわ」
「確かに、NPCがいっぱいいるもんね。英雄とか準英雄とか全員目立たせたいとか思うだろうし、そうなるのはおかしくはないかな?」
1人のキャラが活躍しすぎるのはあまりよくない。そのキャラクターが人気のあるキャラならばまだいいのだが、瑠季の話を聞く限りそこまでコレクターさんが英雄などと言うキャラ達より人気があるかどうかは微妙なところ。
となれば、今後はそうした人気のキャラたちが活躍できるように調整されていくのではないかと予想されるのだ。
そんなゲームの未来を考えつつ、2人は時間を過ごしていく。
ゲームが使えず心配していた休日は、思いのほか悪くない日になった。




