13コマ目 試練修了
服装だけとはいえ、時間を巻き戻すという何気に凄いことをやって見せた神楽鈴だったがそれは放っておかれ、伊奈野は現状の把握を始める。
直前までくっ付かれていたことから吸血されていたことは分かるのだが、今はすでに倒れてしまっている。気絶してしまっただけなことは分かっているが、伊奈野の今までの経験上こうして倒すと新しい相手が出てくることも警戒して考えているため油断はしていなかった。
だが、この武器の試練に伊奈野の予想するような新しい敵と言うものは存在しない。この武器の試練において出てくるものは、吸血鬼だけなのだ。なぜなら、この武器は今までの武器と違ってただ吸血鬼を閉じ込めているだけのものでしかないのだから。
確かに強い鎌ではあるがそれは吸血鬼を封印するものとしての役割を果たせるように作られたため必ずしも他の武器程鎌そのものの切れ味が良いかと問われると微妙なところ。さらに、この鎌を使って得られる特殊な能力も所詮は封印された吸血鬼の力を借り受けているだけに過ぎない。もちろん強力な吸血鬼であるためその使える能力も当然強力な物ではあるのだが、封印されている関係上外に出てくる影響はかなり吸血鬼が本来使える物より弱められてしまう。結局のところ武器としての性能は今までの剣や槍などに劣り、能力はそれらより少し上と言う程度しかないのだが。
と、そんな武器の事は良いとして試練の事なのだが、
「うっ…………知っている天井じゃ」
「でしょうね。自分の家みたいな物でしょう?」
その試練の担当者である吸血鬼が目覚めた。気絶にしてはかなり早い復帰であり、本来ならばその吸血鬼の能力の高さが読み取れる部分である。復帰能力と言うのは、本来鍛えることが難しくその実力が現れやすい部分でもあるのだから。
そんな有能なところを伊奈野には理解されずとも示した吸血鬼は、復帰して数秒すると試練の事を思い出す。そしてそれと共に自分が気絶してしまったことも理解したようで、
「ふむ。合格じゃな!試練突破じゃ!」
「はあ。そうですか。ありがとうございます?」
試練の合格を告げる。伊奈野は試練を乗り越えることができたというわけだ。特にうれしいとは思わないが、
《上位者に勝利したため職業専用シナリオ『覇道』が進展しました。現在の勝利数は28です》
全く伊奈野にとって有益でないかと言うと決してそんなことはない。伊奈野にもそれなりの恩賜がもたらされていた。
ただ、当然それだけではない。
残念ながらこの試練を突破することは良い事ばかりでもないのだ。もちろん新しい武器に認められてそれを使用可能になることは悪い事ではないのだが、
「それじゃあ、これからよろしく頼むのじゃ」
「ん?あっ!?空間が無くなって…………これ、止められません?私そこで勉強していたいんですけど」
「無理じゃな。試練が終わったらもう来られんじゃろ。もし次があるとしたら、かなりこの鎌を使い込んでさらにつながりを深める時とかそのくらいじゃろう。また妾に遭いたいならしっかりと頑張るのじゃ~」
「え、えぇ。良い場所だったんですけど。吸血鬼さんは、私の血が飲めなくなるんですけどいいんですか?」
「構わんのじゃ。別にここにおらんでも、試練を突破したのならいつでも吸血できるからのぅ。というか、ずっと血は吸い続けるんじゃぞ?妾の宿るこの鎌と契約したということは妾に血を与えることを約束したことと同じじゃからのぅ」
崩れ去っていく試練の空間。伊奈野は吸血鬼を説得してそれを止めようとしたが、取り付く島もなかった。
なお、気づいていないが吸血鬼の言っていたことはなかなか面倒事である。所有者として認められた段階から血を吸われ続けるというのは、完全に呪いの武器の類だろう。明らかに今までの武器よりもデメリットが大きいように聞こえるのだ。
ちなみに、本来のゲーム側の想定としてはこの吸血に耐えるために戦いの場へ身を投じ続けなければならないと思うようになっているはずだった。この武器が血を吸う対象は必ずしも所有者である必要はなく、倒した敵からも血を吸うことはできる。
つまり、敵を倒している限りは血を吸われることはないというわけだ。もちろん伊奈野は圧倒的な回復力があるため吸血をされてもHP減少はないし、貧血の状態異常となっても戦闘行動にしか影響しないものであるため全く以て問題はないのだが。
『む。帰って来たんじゃな』
「はい。強制的に終わらされてしまったので」
『そうなのか。それは残念じゃな』
鎌の試練から解放されると、伊奈野が戻ってくる先はやはり上位存在がいるところ。相変わらず姿すら見えない上位存在さんなのだが、どうやら伊奈野が帰ってくるところを待ってくれていたらしい。
とは言ってもそれは単純にそれくらいしかすることがなかったからなのだろうが、
『お主を待っている間、せっかくじゃからお主の相棒に技を仕込んでおいたぞ』
「ほぇ?技ですか?」
『うむ。言葉で聞くより実際に観てみた方が理解しやすいじゃろう。よく見ておれ?』
一応黒い本との交流もしていたらしい。相棒と言うわけではないと伊奈野は一瞬考えたがそれは横に置いておき、上位存在さんが黒い本に教えたという技を見てみることにする。
伊奈野の感覚としては犬に芸を教えてみたから見てみてほしいと言われたようなものだったのだが、
『ほれ。見よ。飛翔じゃ』
「わっ!?黒い本が飛んだ!?…………いや、でも、よくよく考えてみれば最初から飛んでたような気が?」
いなのの前では、一生懸命に自分の表紙などを動かして翼のように使い宙へ浮かぶ黒い本のすがてゃが。頑張ってそれで飛んでいるようにも思えたのだが、伊奈野はそこで黒い本がそんなことをせずとも浮かんで飛べたことを思い出す。
伊奈野にはこうする必要性が全く分からないわけだ。大変そうに飛ぶ振りをしてからかわれているのかとすら思える。
が、当然そんなことはない。
上位存在は上位存在なのだ。そんなくだらないことをするはずがないだろう。これにもまた意味があるのだ。
『この本の浮遊は、魔法的な力によるものじゃ。つまり、魔力関係に障害があると行動に大きく支障をきたすこととなる。じゃが、こうして物理的な飛行を行なえるようにすることで問題を解決できるようになったわけじゃな』
「は、はぁ。そんな状況にはなかなかならない気がしますけど…………とりあえず何かすごいってことですね?」
『う、うむ…………思っていたより感動がないのぅ。あまり魅力的ではないかのぅ?』
「い、いえ。凄い事なんだろうなとは思いますけど…………私にはあんまり必要性が理解できないっていうだけです。特に戦いを専門にしているわけでもないので黒い本をわざわざ魔法的に不便な場所まで連れていくということもないですし」
『む?そうじゃったのか?それならば確かに…………いらないかもしれんのぅ』
がっくりと肩を落とす(ような気がする)上位存在さん。伊奈野達が戦いを主に行っていると考えて教え込んだらしいが、その想定が外れていたことで思ったように喜んではもらえなかったのだ。
『くっ!まさか妾がこのような失敗をするとは!こうしてはおれん!次こそおぬしらが使えると思うような圧倒的な力を身に付けさせてやるのじゃ!!』
「そ、そうですか。頑張ってください」
なんとなくその勢いに先ほど見ていた同じ口調の存在の影がチラついたが、伊奈野はその思い浮かんだものにそっと蓋をしておいた。
ただ、その前に一瞬だけ気になったことがあり、
(私は神楽鈴に戻してもらったけど、吸血鬼さんは服装とか諸々そのままなのかな?城にそういう設備とかあったりしたなら着替えとかできたりするのかもしれないけど…………そんなものあったのかな?)
チアーズプログラムとかいうものに参加するか悩みどころです