５コマ目 過去？
過去を振り返り自分の事を見つめ直すことはたいていの場合良いことである。それは伊奈野にとっても同じだ。
だが、伊奈野はさらにそこから自分の過去とは違う他人の考える幸せになってかもしれない選択を見せられても悪くないことにできていて、
「なるほどね。私ってテイマーとしての才能が結構あるんだ。しかも、召喚魔法まで使えるのかな？確かに強いモンスターを餌付けしてテイムして、召喚魔法で召喚できるっていうのは上位を狙える動きかもしれない。しかも、回復系とか補助系の魔法とかも使ってるよね？完全に支援職としての動きも出てるじゃん」
伊奈野は今まで気づいていなかった、自信のテイマーとしての才能を知った。確かにダンジョンのボスなどを餌付けしているため言われてみるとそういうスキルを持っていてもおかしくはないと思うのだが、召喚魔法などが使えることは予想外。この動きならばそこまで難しくはないし、自分もやっていけるのではないかとも思えた。
ただ、
「問題なのはやっぱり魔法だよねぇ。さっきの魔法がダメだったし、召喚魔法とか回復とか補助とかの魔法も使えない気がする」
伊奈野は自分に魔法が使えるのかどうかという点においてあまり自信を持てなかった。なぜなら既に一度失敗してしまったのだから。
少し前に観た映像から学んで伊奈野は１番最初に獲得するスキルの１つとして選んだはずの風魔法を使おうとしたのだが、それが上手く発動できなかったのだ。
見よう見まねで行なったため、確かに魔法をどう使うのかなどは知らないから失敗してしまうことも仕方のない事ではある。だが、それはそれとしてこの状態から魔法が使えるようになるとは思えなかった。
「最初に獲得したスキルだからそんなに難しいことはないはずなんだけど…………何が問題だったかな？杖とか必要だった？」
どうして使うことができないのだろうかと首をひねる伊奈野。イメージから魔法使いならばやはり杖を持つべきなのだろうかなどと考えるのだが、問題はそこではなかった。
伊奈野はどうやら忘れてしまっているようだが、『風魔法』のスキルは現在封印中なのだ。呪いによる封印がされている状態で、スキルを使用することなど不可能。よって、魔法が発動などするわけがなかった。
ここで『召喚魔法』や『神聖魔法』を試していればまた違ったのかもしれないが、残念ながら伊奈野がそこまですることはない。
そこまでしてみようと思うほど、その戦い方に魅力を感じているわけではないのだから。
伊奈野がわざわざモンスターと戦いに行かなければならない方法など選ぶはずがないだろう。
ただ、代わりにと言うべきかは分からないが、
「おっ、今度は毒を出してる？私って、自分の体から毒を出せたの？」
伊奈野は新しいスキルを知った。自分で毒を生み出すことができるという、どう考えても問題しか起きないようなスキルを。
もちろん将来の阿鼻叫喚など伊奈野は想像もせずそのスキルをより詳しく調べて、
「『毒生成』…………お！本当に出た！凄い！！」
過去（？）を見せられている状態の伊奈野だが、スキルを使うことは可能だった。伊奈野がそこで見たスキルと同じものを使ってみれば、目の前に小さな水滴のようなものが現れてベシャリと落ちる。それだけを見ればただの水を出すスキルのようにも思えるが、落ちた後に出る煙や液体の色をよくよく見てみると毒々しい色をしていることから毒だということは容易に分かる。
「そして、ここからさらに『濃度変化』して『サイコキネシス』」
伊奈野もよく分かっていないが、どうやら毒生成による毒はそこまで毒性が強くないらしい。もちろん『毒ではあるから触れたりすればダメージが入るし状態異常にもなるのだが、それは軽度のもの。あまり強い相手には効かないだろう。
だからこそ伊奈野が見ていた過去（？）の自分は『濃度変化』で毒の成分をより強めて、それを使用していたのだ。しかも、『サイコキネシス』で操るなんて言うことまでしている。
実際にマネしてみても伊奈野は再現できたのだから伊奈野の成長には間違いなくつながっており、新しい攻撃手段の確保に成功していた。
「うわぁ～。動く毒とか嫌すぎるでしょ」
毒の霧を風で動かしてフィールド中をダメにした人が何かを言っているが、それはいったん無視で良いだろう。とりあえず、新たに強力な手札が増え、今後襲われた時により対処をしやすくなったということで良い。
《称号『自分を見つめ直せば』を獲得しました》
《称号『いつ始めても遅くはない』を獲得しました》
そしてその後も伊奈野は存在しない過去を見せられ続ける。
ときには勉強をする自分、時には戦う自分、時には人間関係を上手く構築した自分、そして、
「ん？これ、昨日見たガチャじゃない？」
それのどれにも当てはまらないような気がする自分。
特にそれの中で伊奈野が１番気になったものは、昨日『最低保証』というスキルを取得した関係で行ってみた、ガチャと呼ばれるものがある場所。開けると様々な家庭環境を覗くことができる解釈の難しい扉であった。
過去（？）の自分はその扉に手をかけて、
「え？入って行っちゃうの！？」
扉の奥へと侵入していった。伊奈野からすると、信じられないような光景である。
何せその先にあるのは、知りもしない人々の家庭なのだから。
もしこれが本当にやっていい事なのだとしたら伊奈野はこのゲームの開発者達が迷走しているのではないかと本気で疑ってしまう。
だが、それでも見えている過去（？）は変わらない。過去（？）は変えられないのだ。伊奈野が扉の先へと消えていったことは間違いない。
「うわぁ。嫌らしいね。入っていくところだけ見せて、その後の様子が何もなかったんだけど。どうなったんだろう？」
絶妙に伊奈野が気になってしまうのは、その入っていくところで終わってしまったという部分もある。過去（？）の伊奈野は扉に入って行っただけで、その先で何が起きるのは見せてもらえなかったのだ。伊奈野に過去の選択を後悔させる目的なのだからいいことが起きるのではないかと思ってしまうところだが、後悔は未知への挑戦の時点ですでにしてしまう。挑戦しなかったことに後悔する場合挑戦の結果なんてものは分からないため、伊奈野が扉の先で幸せでいられるのかどうかは定かでなかった。
「ガチャって呼ばれてたのは、もしかしてこっちの要素だったりしたの？私は見ただけで終わっちゃったけど、中に入れば本格的なガチャに出会えたりとかした？」
様々な可能性が思い浮かぶ。伊奈野が元々その扉の魅力をあまり理解できなかったのだから、それは反動でより強い気持ちとなる。
伊奈野が行きたくなってしまうことも仕方のない事だった。
「今度は勉強のところかぁ。これは参考にできるかな…………こっちを見ることに集中したいのに、頭の中であのガチャの影がちらつくなぁ。ちゃんと集中できてない」
自身の集中力にすら影響を与えるの気になりすぎるその事柄は、今の伊奈野にとってかなりの脅威。戦い方のことなど試したいという気持ちをほとんどの忘れて、伊奈野の関心はそちらにしか向かなくなった。これは間違いなく行かないと後悔することになるだろうと伊奈野は確信していた。
こうしてこの空間によって見せられたものにより心が揺れた伊奈野だったが、結局激しい後悔にさいなまれることにはなっていない。この空間の主の目的は全く達成できそうになかった。
よってさらに数分後、いい具合に伊奈野も集中力が保てず、
（早く終わらないかな～。扉の方に行きたいんだけど）
なんて考えていたところで、
「あっ、終わったっぽい？」
伊奈野は空間から解放され、過去のものではない今の図書館へと戻ってきていた。
その後伊奈野がどうするかは、言わずともわかるだろう。
少し前の方の話の感想でいただいた、魔法陣使ってる時に風魔法使えてない？ということに関して。
使用はそれが魔法陣だったから許されたという形になります。
一応スキルを使う際の魔法と魔法陣を使う際の魔法は少し違うという設定がついております（魔法陣はできることの幅を広くし過ぎたから、作者が魔法陣で使う魔法にいちいち属性の設定とか考えられなくなったとかそんな理由ではない
