３９コマ目 威圧
本がかすかに動いた理由。それが、伊奈野の威圧感にビビったからだということが分かった。
そこが分かるとさらに色々と連想していけて、
「師匠が来た時に動かなくなるのは、師匠が怖いからってこと？」
「私たちは威圧感など出していませんからね。勉強中の印象が強く、師匠がいるのといないのとでは緊張感がかなり違うんでしょう」
「では、師匠がいなくなった時は私たちが威圧感を出せば動きが落ち着くということでしょうか？」
「そうかもしれないわね。ただ、まずどうやって威圧感を出すかって話になってくるんだけど。一応威圧系のスキルとか持ってなくはないと思うんだけど…………」
伊奈野がいる時に本がおとなしい理由にも予想がつく。
かなり重要な発見でありおかげでいろいろと試したいことができた。特に、伊奈野以外が威圧をした場合に本がどうなるのかというのも気になるようである。
ただそこには問題がいくつかあり、すぐに実行することは難しいように思えた。威圧をできなくはないのだが、伊奈野のこの数か月鍛えてきた威圧感に届くほどまでのものを出せない。誰がどうやって威圧をするのかということを考える必要があり、
「なら俺が使うか？解放者ほど強くはないかもしれないが、支配者特権でかなり威圧系は強化されてるはずだぞ」
「ああ。魔王なら確かに称号とかでも強化されてそうね」
「なるほど。考えたことはなかったですが、確かに魔王の持っていそうな称号を考えれば威圧が強化されていてもおかしくはないですか。王とか支配者とかの称号はこういうところでも役立つんですね」
「意外と僕の持ってる称号に役立つのがあったりしないかな？」
「私はそういう物はなさそうですが…………いつか役立つものがあるかもしれませんね。今一度メインではない効果も確認し直しておくべきでしょうか」
一番有力だとされたのがコスプレ魔王。
この図書館にいる中で数少ない完全なる支配者階級の存在なのだ。ついでに言えば、その上に立つ存在もいない絶対王者。間違いなく『魔物の王』などの称号は持っていそうだと予想できて、そういうものの中に威圧感を増すものがあっても何らおかしくはない。
位の高い存在には、それを守るだけの威厳が必要なのだから。
不測の事態で許容できないほどに勢力が塗り替えられても困るため、運営もしっかり主要なキャラにはそれを守れるだけのスキルや称号などを持たせているはずだ。
「問題は、どうやってそこで本が演技をしていないか見分けるのか、よね」
「ああ。言われてみるとそうですね。この本の知能がどれほどか分からない以上、そういった小細工もしてくる可能性があるわけですか」
「今までは閉じ込めてたから向こうも暴れるしかなかったわけだけど、こっちが動きを止めさせようっていう動きを見せたらその後の結界の解除を見越して効いてるフリをすることまで考えなければならないわけですか」
「め、面倒くさ～。本当にそんなことまで考えなきゃダメ？もうちょっと侮っていいんじゃない？」
実験をするのは良い。貴重なデータを得られるのは間違いないはずであるから。
しかし、それでも気をつけなければならないことが色々と浮かんでくる。
例え威圧で動かなくなったように見えても、油断してはいけないと思われるわけだ。もしそれが演技だとすれば、そこで結界を解いて動かない本を調べようなんてしたときに痛い目を見ることになるのだから。
部屋が荒らされる程度ならまだいいが、部屋から逃げ出されて見失ってしまうことになったら非常にマズい。
とはいえ、そこまでの事態になるというのは考え過ぎだという意見も当然出てくる。
あまりにもその本の性能を高く見積もりすぎても何もできなくなってしまうわけなのだ。それでは一向に調査したところで大事なことは分からないし、
「ご主人様にも返せないよね、この本」
「うぐっ！？…………た、確かにそうなのよね」
「急に取り上げてしまいましたからね。お返ししたいのはやまやまなのですが」
「力不足を強く感じます。恥ずかしい限りですね」
伊奈野に本をいつ返せるかだって分からない。
騙すようにして奪ってしまった本だが、調べている全員伊奈野へ早く返したい気持ちはあるのだ。決してこのままにしておきたいわけではない。
だがそれでも、返すめどが立っていないというのが現実であった。
「…………落ち着きましょう。焦っても駄目よ。無理をして被害が出るのが１番マズいんだから。師匠には申し訳ないけど、勉強はできてるみたいだしもう少し待ってもらうしかないわ。今はできることを１つ１つ試していくしかないわよ」
めどが立っていないからと言って、そして大した解決の糸口が見えていないらと言って焦っても仕方ない。魔女さんは周囲に落ち着くよう声をかけて、もう一度流れを元に戻そうと頭を回す。
とはいえこの数日なにも良い解決策が思い浮かんでいなかったのだからこの少しの時間で何か思いつくわけもなく、
「…………それじゃあ、私はこのへんで失礼します。解析の方頑張ってください」
「あっ！お疲れさまでした！」
伊奈野が帰る時間にいつの間にかなっていた。途中で挟んだ休憩で大まかな事情を説明したりしたことで多少の理解を伊奈野から得られてはいるため、返却に関してはそこまで気にしなくても良い事となっている。
そういったこともあってある程度気楽にじっくりと監視と観察はできるようになり、
「それじゃあまずは、魔王の威圧を試してみましょうか」
「そうですね。ちょうど暴れまわってくれていますし、効果が出るかどうかは分かりやすいでしょう」
少し前から話に上がっていた、コスプレ魔王の威圧に本がどんな反応を示すのかということを調べることとした。
伊奈野が去ってから本は同じものとは思えないくらい打って変わって結界に衝突を繰り返すようにして暴れまわっており、反応を見るには非常に丁度良いのである。
早速試してみようとコスプレ魔王を本に近づけさせて、
「それじゃあ行くぞ…………『威圧』」
威圧のスキルが発動される。
伊奈野のものとは違い任意のタイミングで発動できる王道のスキルだが、だからと言って弱いわけでは当然ない。
伊奈野ほど使っている物ではないため熟練度などに差があるがそこは称号などの効果でカバーできるということで、
「…………あっ、止まりましたね。これで正解でしたか」
「まさかこれで動きを止められるとはねぇ。気づいたら簡単というか何というか…………いけないわね。さっきまで警戒しすぎてたんじゃないかって思い始めてきたわ」
「それはいけませんね。今回簡単にいったからと言って扱いが楽な相手というわけではありません。油断大敵ですよ」
「分かってるわよ」
コスプレ魔王がスキルを使ってみれば、本の動きはあっさりと止まってしまった。
何時間も、それどころか数日掛けて監視と観察を重ねて対処法を考えても何もできなかったというのに、スキルを１つ使っただけで簡単に動きを封じれてしまった。
そんな様子は近くで同じように本の監視と、それを監視する魔女さん達の観察を一緒に行なっていた存在にしっかりと記録されていて、
「え？なんか対処できそうな雰囲気が出てきてるの？」
『よかったではないか。もう確認は終わってしまったからそこまで意味はないのかもしれぬが、本が戻ってくるかもしれぬぞ』
「売れそうなんですよね？お金がもらえると考えればいい事なのでは？」
放課後、ゲームにログインした伊奈野や骸さん達に伝えられることとなった。
『しかし、呪いの材料に触れただけでそんなことが引き起こせるのか。これは覚えておいて損はなさそうだな』
久々の活躍
