１１コマ目 完全回復
「『擬装』ってやっぱり頼りになるスキルだよねぇ」
伊奈野が犬っころからの攻撃を誘導して馬の方に当てた理由。それが、伊奈野のスキルである『擬装』になっていた。
擬装を使えば自分の姿を変えることができるだけでなく、相手のものも変えることができる。ぶつかった拍子に自分と相手の姿を変化させるくらい造作もない事となっていた、
しかし、しかしだ。
ここで考えてほしいのが犬っころの事である。
いくら伊奈野に煽られたりしてキレており冷静さに欠けていた状態だったとはいえ、相手が入れ替わったことに気づかないほど愚かではない。
それこそ見た目なんて変わっても狼を基にしてる犬っころは鼻が良いため相手を間違えることはない。実際、犬っころの方も入れ替わりには気づいていたはずなのだが、
「クゥゥン。クゥゥゥン？」
それにもかかわらず自分が攻撃をした対象となったのが伊奈野ではなかったことが混乱させる要因となっていたのだ。
見た目の変化なんて簡単に気づけたし、しっかり伊奈野の臭いがした方を襲ったのに、と。
ではそんな犬っころが困惑するような複雑なことを伊奈野は仕掛けたのかというとそんなことはなく、逆にやったことは非常に簡単で、
「『擬装』って臭いも変えられるんだし、便利だよねぇ。やっぱり鼻が利きそうな相手は嗅覚をだますと良い感じになるってことだよね」
伊奈野が変えたのは、見た目ではなかったのだ。
犬っころが伊奈野だと勘違いし続けていただけでそれはずっと見た目通り馬だったのだ。
犬っころは馬の見た目でありながら臭いがなんとなく伊奈野なその馬を攻撃したというわけである。どうしてかは伊奈野にも分らないが犬っころは人間が臭いよりも見た目を変えたがることを理解していたこともあり、伊奈野の掌で転がされたというわけだ。
《称号『香りの魔術士』を獲得しました》
ちなみに、『反射』を馬に『設置』していたためかなりスキルなども使って攻撃した犬っころはそれなりのダメージも受けている。
「さてさて、それじゃあいい感じに変な顔してくれてるし、これでも食べなさいな」
何を信じればいいのか分からないといった様子で犬っころが止まっているので、伊奈野はそれを好機ととらえた。
丁度良い事にまだそこまで地雷が少なかった称号の最初の方を読んでいたため、彼女は自分のアイテムボックスにあるかなり古い物を新しく知っており、
「はい。これ、食べ物だよ。しっかり食べてねぇ」
伊奈野が初めて餓死した時に手に入れた称号『忘れてはいけない』。それの効果である食料の支給にやっと気が付き、伊奈野はその一部を犬っころに食べさせたわけである。
食べさせる方法は近づいて口になどと言う危険性の高い物ではななく安全な距離を保ちつつの『サイコキネシス』であり、
「ガウッ！ガウガウッ！」
「お～。やっぱり名前の通りかなりお腹空いてるんだね。随分と美味しそう」
伊奈野のことなど忘れてしまったかのように犬っころはそちらへガツガツと食いついて行く。
なんとなくモンスターの食事行為などを見ていると回復されて強まっているような印象も受けてしまうが、それはいったん頭から排除して冷静さを取り戻していっている方に変える。そう期待するのだ。
が、あっという間にすべてを食べ終わると、
「ワオオオォォォォンッ！！！」
「ん～。ダメっぽい。方法が違ったかな？それかもしくは、量が足りなかったとか？」
攻撃を仕掛けてきてしまう。
迫る牙や爪を避けながら、伊奈野は方法が違ったのかそれとも飢えを解消するには量が足りなかったのかなどと問題点を考えていく。
そうして考えていても伊奈野もこうしたことに慣れが出てきたのか余裕をもって回避ができており、考えることはそこまで難しくなかった。
「じゃあ、強制的に満腹にさせてあげようか」
少し考えた後、伊奈野は別の手札を切ることとした。
もしこれでだめならばそこそこ無限に出てきていそうなモンスターでも食べさせていくかなどと考えている状態であり、
「そっちだと時間かかりそうだし、できればこれで終わってほしいんだけど……………高かったから若干躊躇しちゃうよねぇ」
伊奈野の考えていたその時間がかかり途中で伊奈野の集中力が切れてしまいそうなものの前に終わってくれることを祈るばかりである。
では、伊奈野が何をしたのか。
当然また何かを食べさせたわけなのだが、それは先ほどの食料とは違い無料で手に入れていたものではなく、金を支払って、それもそこそこの額を支払って手に入れたものだった。
「ＳＰ完全回復薬。これが効果なかったらもうどうしようもないでしょ」
ＳＰ完全回復薬。
それは名前からわかる通り、所謂満腹ゲージという物を即座に満たしてしまうものとなっている。
他の食料など必要ないんじゃないかと思うほど重要そうなそれだが、当然デメリット、というか他の食料を選ばせる要素がある。
まず、高い事。単純に普通に市販で売られている食料とは全く以て桁が違う。今のトッププレイヤーたちのお腹を満たすのに必要な食糧費の合計よりも圧倒的にこの薬は高いのだ。
一瞬で回復できるというのは魅力的であるものの、今のところ大金をはたいてまで欲しいものかと問われると予備で１、２本あれば良いかと思われる程度となっていた。
そして、他の理由として売り場が限られているということもある。伊奈野は今回チュートリアルで特殊な販売店に行ったからこそ買えたが、通常はまず売っているところがなく手に入れること自体出来ないのである。
さらに追加で言えば、これがある意味１番大きいくらいで数人の買おうと思えば買えるプレイヤーが常用しない理由となっている、
「ガウッ！？ガ、ガウゥゥゥ……………」
「ん？急にしおらしくなったね。効果あったってこと？」
犬っころの様子が急速に変化し、伊奈野は効果を感じることとなった。満腹にさせることでこのボスのギミックを活用することができたらしい。
だが、そうして空腹は回復したものの犬っころはなかなかうずくまった状態から戻ってこない。
伊奈野は違和感を感じるのだが、イヌっころがそうなるのも当たり前の事。
なにせ、マズいのだ。
それはもう非常にマズいのだ。ＳＰ完全回復薬の最大の欠点と言ってもいいようなそれは、マズい事なのである。
あまりにもマズすぎて気が遠くなりそうになるし、色々と絶えるのに必死で犬っころは起き上がることなどできないのである。
しかし伊奈野はそんなことを知らないため、
「これはあれ？仲間にできるチャンスとか、攻撃するチャンスとかそんな感じのやつ？」
ギミック後のチャンス。そういう風に受け止めた。
こういう隙をボスが見せる時は、攻撃をする以外にもできることはあったりする。それこそ、
「私の場合はこれかな？『テイム』」
ボスを自分の味方にできたりとか。
「ワウッ」
「え？ダメなの？これってテイムチャンスじゃなかった感じ？それとも、何かまだ足りてない？」
もう日本の政治がどうなるのか全然分からん（今大きめのニュースが入ってきた）
