２３コマ目 追跡
「師匠。せっかくですし、プレゼントの配布に参加しませんか？」
「プレゼントの配布に？」
「はい。恐らく師匠はあまり時間をかけたくないでしょうしビンゴは厳しいでしょうから、すぐに終わるプレゼント配布ならば師匠でも参加できるのではないかと思いまして」
「なるほど？そんなにすぐに終わるものなんですか？」
「まあ私のやり方次第ですけど、師匠の方に優先的に回せば５分あれば足りると思いますよ」
「ほぇ～。じゃあお願いしてみましょうか」
クリスマス当日。
午後であるにもかかわらず伊奈野がログインすることのできた日本サーバで、魔女さんからイベントへの参加を提案されていた。
そこそこ人は来るそうなのだが、魔女さんのやり方次第で割と早く終わらせることができるということだったので伊奈野は参加を検討する。
「どうせですし、私もコスプレして参加しましょうか」
ついでとばかりに検討するのは、コスプレをして参加すること。黒い本に着させる衣装を得る時に大量にチケットとクリスマス限定のコスプレ衣装（れっきとした装備）を交換したため、使っていないコスプレ衣装がたくさんあるのだ。
使わないのももったいないし、くれた商人さんにも少し申し訳ない気持ちもあるため、
「……………どうですか？魔女さんとお揃いにしてみたんですけど」
「っ！私とお揃い！？お、お似合いと言って良いのかは分かりませんけど、とても可愛らしいです！」
「そうですか。ありがとうございます」
魔女さんとお揃いの、サンタコス。
以前黒い本にも着せて、洗濯していないものを伊奈野は着ている。匂いでもかげば、アイテムボックスの中に入れている間衣装の時間は止まっているため黒い本を感じられたりとか……………するのかどうかはともかくとして、そんな恰好を伊奈野はしているわけである。
意外とノリノリな伊奈野なのであった。
「……………じゃあ、行きましょうか」
「はい。どこでやるんですか？」
「会場は広場のあたりの……………」
数時間後、プレゼント配布が始まるということで伊奈野は魔女さんに連れられて会場を目指す。
もちろん、伊奈野も司会をする魔女さんが目立っていることは理解しているため、知り合いだとバレないようにかなり距離を空けて尾行するようにしながらの移動になるのだが。
それはもう、周囲に怪しいとみられないように気を付けつつただ距離を離されたり見逃したりしないように注意もしつつで、
《スキル『追跡１』を獲得しました》
こんなスキルを獲得するくらいのものとなっている。
今後他の誰かを追跡したり尾行したりするときに非常に役立つだろうと思われるスキルだ。そんな状況があるのかどうかは別の話として。
それから数分、とはいってもそこまで長くない時間が経過して。
伊奈野の『追跡』のレベルが少し上がったかどうかというタイミングで人だかりが見えてくる。そしてさらにはその前にあるステージのような場所に、
「クリスマスプレゼント配布会及びビンゴ大会会場、かぁ。ここだね」
目的地がここであることを示す文字を見た。まさに地域のイベントと言った雰囲気である。
ここから始まるプレゼント配布がどんなものなのかと期待を抱きつつその人だかりに向けて足を運ぼうとしたところで、
「「「「キャアアアアァァァァァァ！！！！！！！！」」」」
「っ！？何！？」
大きな声が聞こえてきて、思わず伊奈野は身構え周囲を警戒する。
しかし、そんな彼女の危機感とは裏腹にその悲鳴に思えた声に続くような形で、
「「「「お姉様ぁぁぁぁ！！！！！！」」」」
「「「「今日もお美しいぃぃぃぃ！！！！！」」」」
「「「「こっち向いてくださ～い！！！！」」」」
「ん？」
非常に楽しそうな、アイドルを見た時のファンみたいな声が聞こえてくる。
そこで伊奈野も、先ほどのものがどうやら悲鳴ではなく黄色い歓声であったことを理解した。
では、そこでここまで盛り上がるのはいったい誰の影響なのかと気になるところなのだが、
「あなたたち、落ち着きなさい。プレゼント配布が時間通りにできないじゃない。良い子にしてないとだめよ」
「「「「はい！お姉様！！」」」」
「……………ん？」
伊奈野の耳に聞こえてくる、聞き覚えがありすぎる声。
それに、黄色い歓声の主たちがおとなしく嬉しそうに従っている声も聞こえてくる。
それはつまり、
「え？魔女さん？何やってるの？」
魔女さんが、黄色い歓声を受けるほどに人気であるということだった。
ここまで伊奈野も魔女さんから自分で妹と名乗る頭のおかしいファンの話は何度か聞かされたことがあったが、正直話半分に聞いていたのだ。
しかし今日初めて、その魔女さんの言葉が本当であったこと、そうして本当だったにしても予想以上すぎる人気を目の当たりにしたのだ。
「それじゃあプレゼント配布を始めるわ。会場の枠内に集まりなさい」
「「「「はい！お姉様ぁぁ！！！」」」」
魔女さんが呼び掛ければ、自称妹たちがぞろぞろと魔女さんのいるステージの方へと近づいて行きひしめきあっている。
そしてその後ろにも無言で多くのプレイヤーが集まっていた。
「あっ。わ、私も行かないといけないよね」
あまりの光景に気が遠くなり若干近寄り難さを感じていたが、枠内に入らなければイベントに参加できないようなので伊奈野も気持ちを切り替えてすぐに移動する。
そうする中で一瞬伊奈野の視界の端に、
「あれ？あの人ってＰＶでみた……………」
アップデートなどがある際に毎度見ているＰＶ。そこに映っているプレイヤーがいたのだ。
毒々しい色の豪華なドレスを身に着けた、前回のＰＶではあまりのインフレ具合に初心者が追い付けるのかと心配になってプレイヤーである。
「あの人クリぼっちなんだ……………」
瑠季に知らせれば喜ぶだろうか。いや、どうせ瑠季のことだからあのプレイヤーのことは把握しているだろう。
そんな考えにさせられた一瞬の出会いはありつつ、プレゼント配布は始まっていく。
「さぁ！投げるからキャッチしなさい！」
「「「「キャアアアァァァァァ！！！お姉様の愛をくださぁぁぁぁぁぁい！！！！！」」」」
