５コマ目 チケット
結局は不幸なことになるのかと死んだ魚のような眼をしながらダンジョンの体験を終わらせた伊奈野。
骸さん達とは微妙な雰囲気になったまま時間は過ぎ去りログアウトして翌日。
いつものように朝を日本サーバで過ごしていると、
「お嬢ちゃん。また『反射』を付けてもらっていいかい？」
「あっ。店主さん。良いです……………よ？」
新たにやってくる人が。店主さんである。
特に構えることもなく素直にその姿を見たがために伊奈野の言葉と動きは数秒停止する。当然のように店主さんもクリスマスコスをしていて、
「神からこれを着るように言われてねぇ。不思議な物だろう？」
「そ、そうですね。それも一応サンタコス……………なのかな？」
店主さんの衣装はかなりインパクトのあるものとなっていた。
一応サンタコスと言えばサンタコスなのだが、普通のサンタコスではない。めちゃくちゃネタ衣装なのである。
店主さんの腰のあたりに巨大なおじさんの顔があって、赤い帽子がそこから上を覆っているといった風に見えるような衣装になっている。つまり、簡単に言えばサンタの顔面コスをしているといった様子のものだ。
「なかなかひどいですね……………」
「そうなのかい？これが普通なのかと思ってたんだけど……………ひどい物だったのかい」
「かなりひどい物ですよ。なんでそんなものが店主さんに……………」
伊奈野は激しく同情する。自分だったら、人前でそんな格好をすることなんて絶対にやりたくはない。
ただ、店主さんはそれを今までスタンダードなものだと思っていたようでそこまで気にした様子はない。せいぜい、「そういえばちょっと笑われてた気もするねぇ」とつぶやく程度である。
「別の格好に変えられないものなんですかね？」
「どうかねぇ。神がそんなに個別の対応をしてくれてるとは思えないんだけど」
「そうですか……………」
「まあ私の格好は良いんだよ。それより防具の方を頼むよ」
「あっ。はい。分かりました」
伊奈野は急かされて『反射』を防具に『設置』していく。
そのまま話を聞いていくと、店主さんのお話によれば、
「え？反射が効く相手減っちゃったんですか？」
「減ったと言うか、効かない相手が増えたというか。まあそんなところだねぇ」
「えぇ。それじゃあこれは売れなくなるってことですか？」
「いやいや。まだちゃんと売れるよ。というか、これを持っていること前提みたいなモンスターも出てきたからねぇ」
「ほぇ～。そうなんですね」
アイテムが必須の敵が出てくるというのはよくあることではある。ただ、そういう場合は必要なアイテムをＮＰＣがいくらでも持っているイメージがあるのだが、なぜか今回は伊奈野が作らされているのだ。
（ＮＰＣの作るアイテムは反射率がレベル１の時と変わらないとかそんな感じなのかな？それならレベルが上がってるかもしれない私の反射の方が選ばれるのは分かる気がするけど……………）
「あっ。そうだ。そういえば店主さんはクリスマス専用のアイテムとか売ってたりするんですか？」
「私かい？私は残念ながら売ってはいないね。チケットと交換できるアイテムはいくつかあるんだけど」
「あぁ。チケットの交換、店主さんが担当なんですか？」
「いやいや。普通に自分で使うこともできるみたいだよ。ただ、私との交換でしか手に入らないアイテムもあるってことさね」
「ほぇ～」
もしチケットが手に入ったとしても伊奈野は『かまくら生成』くらいにしか使うつもりはないが、限定のアイテムがあることは分かった。
それから話は進んでいって、
「そういえばチケットの現物ってみたことないですね。どんな感じなんですか？」
「チケットはこういうものだよ」
伊奈野は見たことのないチケットというものがどういったものなのかを聞いてみる。店主さんは快くその現物を見せてくれて、チケットの見た目はかなりシンプルであることが分かる。
白を基調としたうえで水色でいろいろとデザインが行なわれている。
「お嬢ちゃんは持ってないのかい？」
「いや～。さすがに持ってないですね。アイテムボックスとかに入ってたらいいんですけど……………って、あれ？」
アイテムボックスから、チケットが出てくるように念じてみた。持っていないのだからそれで出てくるわけがないはずだったのだが、なぜかその瞬間に今までなかったものの感触があって驚きを憶える。
恐る恐る見てみれば、そこにあるのはやはり、
「チケット、ありました」
「そうだねぇ。あったみたいだねぇ」
いつの間にか知らないうちに増えているチケット。伊奈野はそれを握り締め、震える。いったい何が起きてしまっているのか、と。
（わ、私何かやっちゃいました？）
「ま、まあ、持っているならそれはそれでいいですね。とりあえず欲しいスキルがあったのでそれを獲得します」
「おや。そんなものがあったのかい？珍しいねぇ。勉強のスキルかい？」
「まあ、ある意味勉強のスキルですね。『かまくら生成』って言うんですけど」
「……………あぁ。聞き間違えかい？今、『かまくら生成』が勉強に関係のあるスキルだって聞こえたんだけど」
非常に恐ろしい事ではあるが、現実として増えているのだからそれを受け入れるしかない。
伊奈野はチケットを使用して、『かまくら生成』のスキルを獲得した。
瑠季も言っていたが『かまくら生成』のスキルはその性能のわりに他の交換できるものと違って必要なチケットの枚数が多く、割に合わないようにも感じなくはない。
まあ、伊奈野はそれ以外に欲しい物がないためそれでも文句はないわけだが。
「それじゃあ、残りは私の所で交換するかい？」
「そうですねぇ。そうしましょうか。とはいっても、何があるんですか？」
「そうだねぇ。色々とあるけど、特に多いのはクリスマス装備、というものだねぇ。この期間しか得られない限定の装備だとさ。私もあんまり意味を理解しているわけではないけど、この赤いサンタコスチュームとかいう装備、研究狂いが着ているみたいな木みたいなものの装備もあるよ」
「へぇ～。色々とありますね」
「そうなんだよねぇ。しかもご丁寧に、サイズ調節の機能までついてて誰でも装備できるんだとさ。随分と高性能だねぇ」
「そうですねぇ～」
とりあえず余ってるチケットで適当に交換するか、そう伊奈野が思った次の瞬間天啓が降りる。
それは勉強などは全く関係のない物ではあるが、
「そうだ。じゃあ、とりあえずこのチケットで交換できるだけの種類の装備と交換してもらえますか？」
「おや、そんなにかい？見た目が違うだけで性能は似たり寄ったりなものが多いけど……………まあ、それは別に構わないよ」
