３４コマ目 小さな天使
伊奈野は平穏に勉強を続ける。
まれに休憩をしても周囲の天使たちの様子を見守るだけで終わり、伊奈野から何かアクションを起こすことも向こうから何か接触されるといったこともない。
「面倒なことにならなくてよかったな～」
何も問題が起きなかったことに一安心。
気楽にぼぉっと町の様子をそのまま眺めていると、
「ん？小さい天使？」
途中で街に、見覚えのない存在がいることに気づく。それはまさしく小さい天使。
小さいと言っても伊奈野と同じくらいかそれより大きいくらいで、一般的な人間の身長と同じくらいのように見える。
今まで大きな天使ばかり見ていたため、小さい天使というのは初めてだ。
「小さい天使もいるってこと？それとも小さくなれる？」
あり得る可能性としてはこの２つ。
伊奈野は天使がそんな風に人間社会へなじむようなことができるのかと思うが、あまり関係のない話であるため驚くだけで終わる。
それ以上深く考えることはなかった。
伊奈野にとって今回の天使たちは、ただ暇つぶしのために観察するのに丁度良い存在なのである。
「さぁて。じゃあ勉強をまたやろうかな～」
色々とハプニングはあったものの、伊奈野はその図書館の個室にほとんどだれもいない日を有意義に使っていくのだった。
ただひたすらに、勉強だけの時間が過ぎていった。
変化があったのは、翌日。
イベントは前日に引き続いて行われているためプレイヤーたちも相変わらずそちらのフィールドにいるのだが、
「全然天使帰ってないじゃん」
伊奈野がログインすると、周辺にはいつもは見かけない姿の存在達がうろついていた。全員等しく背中から翼を生やし、それを使ってフヨフヨと浮遊しながら移動したり、全くそれは動かさず足で移動したり。
色々な天使の姿がある。
「何でイベントの時にこういうことするのかな……………」
伊奈野は前日の夜や今日の朝に友人であり使用人である瑠季の様子を思い出して苦笑しながらつぶやく。
瑠季はやはりイベントに参加しているらしいのだが、そんなときに天使が大量に襲来したと聞いて憤慨していたのだ。運営は何を考えているのか、と。
それの影響で何人もプレイヤーがイベントを途中でやめて出ていき、この始まりの街に戻ってきてしまっているらしい。
日本サーバの戦力は低下してしまったのだ。
「このサーバに勝たせないようにとかいう指示が上から来てるのかな……………」
もしそうなら会社が腐りすぎていると考えつつ、周辺を見回す。今度は、天使ではなくプレイヤーを探して。
それらしい存在はちらほらといて、伊奈野としてもイベントで日本サーバが不利になるというのは理解できた。
（もし私がちゃんとこのゲームやってたら、絶対キレてると思うんだよね。こんな天使とかいうのをイベント中に出してくるなんて納得できるわけないじゃん。まあ今本気でやってるわけじゃないから良いんだけどさぁ……………何か納得できないし、早く勉強して気持ち切り替えよ）
色々と思うところはあるが、今はそれをいつまでも考え続けているわけにもいかない。勉強をするためにも腕輪を使って転移を行なおうとして、
「そこの者、少し良いか？」
「ん？」
なんだか覚えのある声な気がして、伊奈野は転移を中止して声のした方に振り返る。
そこにいるのは、天使。もちろん初対面である。
しかも伊奈野の記憶が正しければ、
「この間の…………」
「む？もしや覚えていてくれているのか？」
「この間来た天使さん達の代表みたいな人ですよね？」
「うむ。その通りだな。まあ代表みたいな人、ではなく代表の天使なのだがな」
ハハハッ！と笑いながらそんなことを言う天使。それはまさに、この町へやってきた天使たちの中で、代表者のように呼びかけを行っていた天使である。今回来た天使達の中ではかなり位の高い存在であることが分かる。
しかもそれが分かって見て見ると、その隣にはその天使の対応をしていた呪術師と呼ばれている人がいることも分かる。恐らく天使の案内役兼接待役のようなものをしているのではないかと思われた。
（なんでそんな天使が私に？………もしかして、私が前回の天使を殺しちゃったのがバレた？あれって天罰ってことになってるんじゃないの？）
色々と可能性や疑問が思い浮かんで伊奈野が困惑する中、
「それで、少し話があるのだが」
「話、ですか？」
「うむ。実はな、」
代表者の天使がそこまで言った瞬間だった。
急に隣にいた天使が、動き出す。その手に持っていた槍のようなものを抱えて、伊奈野の方へ全力で突撃をしてきたのだ。
「なっ！？」
代表者の天使は想定していなかったのか、その突然の行動に驚愕する。まだ一応ある程度の距離が伊奈野とはあると言えど、天使が本気で飛べばその程度の距離など一瞬で詰められる。今から動いたところで、代表者にも止めることは難しそうだった。
一瞬で距離を詰めて伊奈野の目前まで現れた槍は、そのまま体を貫こうとして、
「『龍落とし』」
「ふげっ！？」
突然伊奈野の体が不自然なまでに高速でなおかつ最低限の動きで揺れ、その槍を避ける。そしてそれと同時に、軽く上げた足がしっかりと天使の腹部へと吸い込まれていった。
伊奈野の持つ、近接攻撃にのみ有効でありさらには発動タイミングがシビアである代わりに成功すれば大ダメージを与えられてしかも相手を少しではあるが硬直させられる『龍落とし』が発動したのだ。
今まで何度もダンジョンで練習を重ねてきており、その成果がここで初めて出た。
龍落としの効果と、また理解ができない行動だったため完全にその動きがとまって何もできずにいる天使へ、伊奈野は反撃でありさらなる追撃を、
「怖っ。逃げよ」
仕掛けることはなく。
伊奈野の体は一瞬にして消え去り天使たちの前からなくなる。つまり、天使へ追撃などをすることはせず逃げたのだ。
《称号『次までには強くなれ』を獲得しました》
「あぁ～。ビックリした」
