５コマ目 相似
「本当に入ってしまいました」
そう言って、自分の手を見たりそれを開いたり閉じたりする伊奈野。
いや、正確に言えば伊奈野ではなくその中に入り込んだうるさい人。今は一時的に体の一部を動かす主導権を伊奈野から借りているような状況だ。
「他人の体を動かすというのもなかなか興味深い経験ですね」
「そう、よね。私もそう思うわ」
魔女さんは少し含みのある様子で頷く。
それはうるさい人が伊奈野の体の中に入り込んでいるのが気に食わないとかそういう話ではなく、単純に、
「喋り方がだいたい一緒だから、どっちがしゃべってるのかわからないわね」
「ああ。そう言われるとそうですね」
「なんとなく文脈で判断してるけど、話題によってはどっちが喋ってるのかとかわかんないかも」
喋っているのは伊奈野なのか。それともうるさい人なのか。それが分からないのだ。
両者ともに同じ敬語を使い、多少の言葉遣いにこそ違いはあれどほとんど差がなく特徴をつかみにくい。
それこそ、
「確かにしゃべり方に分かりやすい特徴もないですからね」
何て伊奈野の体で言われてしまえば、
「どっち！？どっちなの！？」
「せめて一人称を言っていただければ……………あっ。ダメですね。お二人とも「私」でした」
「面白いねぇ。考えたことなかったけど、確かに２人とか司書とかは違いわかんないかも」
どちらが言ったのか分からない。
３人は慌てたり笑ったりとそれぞれの違った反応を見せていた。
が、
「まあ、とりあえずそれは置いておきましょう。時間がもったいないですし先に試すことを試しましょう」
伊奈野の口から、急いでこの体にうるさい人が入り込んできた目的を果たそうという話が出てくる。
これには、
「あっ。師匠ですね」
「これはそうでしょうね」
「うぅん？それっぽいかな？」
そんなことを言うのは伊奈野の方だろうと３人からは推測された。
こういった時間に厳しい発言などが来れば特徴的でつかみやすいわけだ。
いや、分かりやすいと思われたのだが、
「あっ。今のはうるさい人が言ったんですよ？」
「「「え？」」」
伊奈野の口から、今度こそ伊奈野であろう言葉が発せられる。
先ほどまでの割と自信のありそうだった顔は一瞬にして消え去り、落ち込んだようなものに変わる。
ある程度分かるかもしれないという自信が一瞬で崩壊したのだからこうもなるだろう。
「さて。それでは師匠、色々と使っていきますのでお気を付けください」
「はい。分かりました」
そんな３人をガン無視して、うるさい人は検証を始めていく。
伊奈野の体にバフをかけたり簡単な回復を行なったり、やることは色々とあるが、
「大丈夫ですか師匠。何か痛みや不快感などはありませんか？」
「多少自分の体が勝手に使われるのには不快感というか違和感がありますけど、今のところ大丈夫です」
魔女さんの時と違い、色々とやってみても痛みが走ることはない。
だからこそ安心感がだんだんと広がっていき……………結果として油断につながった。
「聖属性の魔力を放出し周囲へ展開して………」
魔女さんとの時伊奈野が痛みに襲われた、魔力の放出。それを暫く体に負荷がかかりすぎないよう少しずつなじませながら行った後。
うるさい人は得意とする分野の、彼にとってはそれはもう初歩の初歩の初歩の初歩である聖属性の使用を行なった。
ただ魔力に属性を宿すだけであり、しかもその宿す属性が聖属性であるため特に問題はないだろうと踏んでのことだったのだが、
「グフッ！」
「師匠！？」
だが予想外なことに、伊奈野の口からはうめき声が漏れる。
魔女さんに魔力を放出させられた時とは違い絶叫こそしていないが、かなりの激痛が襲ってきたのは間違いない。幸いだったのはうるさい人が慎重すぎるほどに試していったため聖属性を付与した後即座にそれをやめて通常の魔力操作に戻したことだが、
「………と、とりあえず今日はもう無理です」
「……………はい」
伊奈野はこれ以上何かすることは耐えられないと語り、うるさい人もおとなしくそれを受け入れる。
ただかなり慎重にやっていただけにこうなってしまったことがショックだったようで、少し落ち込んでいる様子だった。
ちなみに前回と同じく変な部分が解放されてしまったため、
『魔力に聖属性を付与、だと！？』
「ダンマス。モンスターによっては大ダメージになるんですからやめてくださいよ」
「あっ。すいません」
癖で魔力を放出することに加えて聖属性の付与まで行われるようになったという。
ただ、ダンジョンで聖属性を使うのはやめろと何度か注意を受けることにはなるのだが。
《スキル『属性付与１』を獲得しました》
後日。
「師匠！」
「何ですか？」
「またこの間の現象を試させてください！！」
「えぇ～」
また伊奈野の中へ入らせてほしいと頼み込んでくる。
当然今までやってきたことにいい思い出がなかったのでいやそうな声が出てくるが、
「まあ、嫌ですよね。師匠のお気持ちはよく分かります」
それは魔女さん達にも分かっていたようで、あっさり折れる。
いや、折れたというよりは方向性を変えてきたようで、
「だから、今回入らせてもらうのは私たちではないんです！！」
そんな説明を魔女さんから受ける伊奈野の下へ、珍しい人物が訪れていた。
