14コマ目 代わりの場所
図書館。
ゲーム内にあるそれは、伊奈野にとって非常に大切なものだった。静かで常に開いていて、簡単な調べ物をするのなら瞬時に行える。勉強をするのに最適な場所はそこしかないと言ってもいいだろう。
いや、そう言っていいと思っていた。
だが、
「え?入れない、ですか?」
「はい。申し訳ありません。図書館は現在私たちが調査する対象となっておりまして」
「ほぇ~」
とある国のサーバ。そこでは、誰かさんがとてつもないものを生み出したことのきっかけが図書館にあるのではないかと考えた者達がいて、図書館をプレイヤーたちが調査し始めたのだ。
どこかの図書館とは違いNPCが規制を変える前に逆にNPCが図書館からたたき出され、一部のプレイヤーが占拠している状態なのである。
「あんまり大きくはなかったけど銃っぽいのも持ってたし、関わんない方が良いよね……海外怖~」
入り口で伊奈野に規制があることを伝えた人間は、腰に拳銃らしきものをつけていた。
見た目もあまり奇麗ではなく簡単なつくりのものではあると思われるが、あるのとないのとではやはり違う。作れるほど詳しい銃の製法などを知っているのだからどこかしらの重要な組織がかかわっていると予想できるし、変なことに巻き込まれないためにも関わらない方が良い。
諦めて別の場所に行った方が良いだろう。
などと思ってすぐにサーバを移って別の図書館を目指すのだが、
「悪いけど入れねぇぞ」
「ここも、ですか」
次の場所でも。そして次の場所でもさらにその次の場所でも、回ったサーバはすべて図書館への入館が禁止されていた。
「うへぇ~どうしよ」
予想外の事態に伊奈野は頭を抱える。
10分程度とはいえ時間を使ってしまったし、勉強時間が短くなってしまったのだ。このままでは彼女が図書館で勉強をするというのも難しくなってしまう。
規制が先に入っているから日本サーバでは図書館も使えるかもしれないが、
「ん~。それはなんか負けたみたいで嫌かな」
勝ち負けの話ではないのだが、妥協して時間加速の倍率が低い日本サーバへ移るのは伊奈野としては嫌だった。
それよりも、
「すみません。作業できる静かな場所とかご存じないですか?」
「ん?静かな場所、ですか?」
NPCだと思われる存在へ話しかける伊奈野。
図書館以外の勉強できる場所を探そうと考えたわけだ。
話しかけたNPCは商人でなかったため、いつぞやのような商品を購入して質問するということはしなかったのだが、それでもこのNPCを選んだのには理由があった。
実はこのサーバ、現実世界の宗教がかなり浸透している世界で、そういう流れに染まった格好をしている人が多いのだ。
しかしそんな中、伊奈野が話しかけているNPCは日本サーバで観たNPCの格好とほぼ同じ。だからこそ彼女としても抵抗感なく話しかけられた。
「見た感じあなたはあの宗教の人ではなさそうですし、あの小屋とかいいかもしれませんね。基本的に静かな場所ですから」
「あそこの小屋、ですか?」
「ああ、はい。えぇと小屋の場所はですね……」
NPCから説明を受ける伊奈野。
そしてその通りに進んでみると、
「あっ、こ、こんにちは!入信希望者さんですか!?」
「………………………………………………は?」
さて。
ここでこのゲームの世界における宗教と言うものに関して説明しておこう。
ゲーム内においては神という存在が実際に存在する(一部の地域では配慮等が行われ、名称が別のものになっているところもあるが)。そして、ゲームで基本的に宗教というのは1つしかなく、その実際に存在する神というものを信仰するものなのだ。
ただ、たとえ神という存在が実在したとしても現実世界における宗教の方が強い。それは対抗する相手がいたからこそ存在する宗教勧誘の巧みさなどいろいろな理由があるのだが、今はその理由よりもそれによる結果を考えた方が良いだろう。
現実世界の宗教にNPCたちまでもが改宗してしまうと、当然こちらの宗教は力が弱まり規模は小さくなる。終いにはいわゆる大聖堂のようなものまで奪われた挙句、建物を改宗後の宗教のものへと建て替えられてしまうのだ。
そしてシンボルのようなそれまでもが奪われてしまえば、ほとんどの信者は離れていってしまう。
「え?この小屋で勧誘してるんですか?ここだけの宗教?」
「い、いや。もう1つ拠点にしてるところはありますよ!?……ま、まあ、昔はもっとたくさんあったのに2つしかなくなってしまいましたけど」
突然の宗教勧誘を行ってきた、伊奈野に胡散臭いと判断されて警戒される少女。
突然昔を懐かしみ遠い目をする少女へ更なる警戒をする伊奈野だが、すぐに思考を切り替える。目的を思い出し、
「あの、私ここで静かに作業ができるって聞いてきたんですけど」
「あっ、そ、そうなんですか。入信希望者じゃないんですね…………使っていただくのはかまいませんけど、少しばかりのお気持ちをいただくことになりますが構いませんか?」
「それはかまいませんけど、おいくらくらい?」
「そんな私の口からはとてもとても。1時間1G頂ければ……」
「言っちゃってるじゃないですか……じゃあ。とりあえず1日使うので24Gでお願いします」
一時期は世界中が信仰していた宗教。そんなところには当然いくつもの宗教的宝物がある。
それがこの小屋にも実は存在したりするのだが、それでもたった1Gで貸し出されることになる。それには苦しい事情があったりするのだが、当然伊奈野はそんなものに興味もなければ気づくこともなく、
「じゃあ使うので」
「え、あっ、はい」
支払いを済ませてさっさと小屋へと入って行ってしまう伊奈野。その背中を眺めて、宗教勧誘少女は微妙な顔をするのだった。
この全く信仰心とかない人でも、来てくれるだけマシ、とか思ってくれるような思考になってしまった自分と落ちぶれた教会に寂しさを憶えながら。