第3話 召喚
どのくらい経っただろうか。
一瞬だったようにも、とても長かったようにも感じる。
瞼の裏に感じていた、激しい光が消え、電気の付いていない部屋の中にいるようなような暗さになった。
あれ・・・?部屋の電気つけてたよね・・・?
うっすらと風が髪をなでる感覚。・・・ん?窓あけてなかったよね。ていうかここ、室内じゃなくない?
「えっ??えぇ??どういうこと?!?!」
驚いて目を開くと、そこは知らない空間だった。
え?本当になに?!どういうこと?!色々意味わかんない!!!
自分の部屋にいたはずなのに・・・。
そこは、見たことも、行ったこともない場所だった。
周囲を見渡す。どこか分からないが夜の屋外だ。かなり暗いが、松明のような火が離れた場所、4つ角に1つずつ置いてあるようだ。開いたばかりの目が、まだ周囲の暗さに慣れないが、目を凝らしながらきょろきょろと辺りを見渡す。
高い石造りの天井。太くて丸い石柱がそれを外周から支えている。柱の大きなスキマからは外が見える。うっすら月明かりを感じるが、周囲は森のような場所なのか、木の影でよくわからない。全体像は不明だが、昔テレビで見たギリシャ神殿のような建物だなと頭の奥の方でぼんやり思った。
そういえば咄嗟にしゃがみ込んだままの姿勢だった。自分の存在を確かめようと下へ目をやると、自分を中心として大きく円形の陣のようなものが描かれていることに気づく。
「え、何これ。魔法陣・・・とか・・・?」
円が間隔を空けて何重にも書いてあり、その間に模様や文字のようなものが書かれている。
というか、
「なんでちょっと光ってるの・・・?」
こんな暗がりの中で、その魔法陣に気づけたのは、ほんの少し緑がかったようにそれらの線が光っていたからだ。
どういう原理で光っているんだろう?LEDじゃないし・・・光る塗料で描いてあるとか?
ジッと見つめていると、その陣の光が消え、見えなくなった。
暗闇に目が慣れてきた。警戒しつつ、更に周囲を見渡す。奥の方で揺れ動く影に気づき、思わず、ゾッとした。
数メートル程離れた先。この魔法陣を取り囲むように、真っ黒な衣装を着た人たちが立ち、自分を見つめていたのだ。
「あ・・・」
一気に喉がカラカラに乾くのを感じた。声を出そうとしたが、出てこない。
暗闇に真っ黒の衣装を着ていたから、目が慣れるまで全く気付かなかった。
もしかしたら私はとんでもない宗教とか事件に巻き込まれてしまったのでは?
現状把握のため、グルグルと頭の中では思考が廻っていたが、身体はどうすることもできず、そのまま固まっていると、奥の方から長いローブのようなものを身に着けた人が一人、更にその人のすぐ後ろを松明を持った人が連れ添うようにして、円の中心へ進んでくる。
その二人も、周囲にいる人々も、深く、大きなフードを被っていて、顔を見ることができない。
コツ、コツ、とヒールの音が響く中、どうすることもできずただその人が近づいてくるのを凝視していた。
何が起きているかわからない恐怖と、知らない怪しげな黒装束の人々に囲まれている、この非日常的な状況に、心臓の音が、今日一番の速さで大きく鳴っている。喉が貼りついたように声も出せない。更にその怪しい人物が近づいてきている。未だかつてない身上の危機に、早鐘のように鳴る鼓動が、耳に響いているような感覚。頭がクラクラしそうだ。
瞬きをするのも忘れ、自分に近づくその二人の人物を凝視していると、やがて二人は自分がいるすぐ正面までたどり着いた。
ローブの隙間から、長い女性の脚と、かかとの高い真っ黒なヒールが見えた。
目の前の長い脚が曲がり、ゆっくりとしゃがむ。
目の前にしゃがんだ女性と思われる人物が、片手を上げた。
叩かれる・・・?反射的に身を強張らせ、目をつぶったが痛みは来ず、代わりに視界が明るくなった。目を細めながら、ゆっくり開く。松明が、熱くないが顔の高さまで掲げられていた。
目の前の女性は、片膝を立てた体制で、顔の高さが自分よりやや高い位置までしゃがみ込むと、被っていたフードをゆっくりと外した。
松明の火に照らされ、ふわりとウェーブがかったブロンドの長い髪が零れる。しなやかな動作で細く長い真っ赤なネイルをした指先に頬を撫でられた。
思わず顔を上げると、その驚く美貌に目を奪われた。白く透き通った肌にすっと通った美しい鼻筋。少し切れ長の瞳は、日本人のそれとは違う、澄んだ緑色をしていた。
そして、最も印象的な、真っ赤な唇。私を見つめる瞳がふっと細められると、赤い唇が、妖艶な微笑みを浮かべた。
「漆黒の髪に黒曜石の瞳・・・。間違いない。伝説の大魔女、アリア様だ」
真っ赤な唇が開いたかと思うと、目の前の美女はそう口にした。
少し低めの艶のある声音に、一瞬ドキリとしてしまった。顔に熱が昇るのを感じる。私の人生史上、経験をしたことの無い異常事態に巻き込まれている状況のはずなのに、人は美しいものを見ると先ほどまでの恐怖を忘れてしまうのかとぼんやり思った。
「はい、私の目にもそのように映っております。召喚の儀、ご成功おめでとうございます、メデューア様」
松明を掲げていた後方の人物がそう返事をした。顔は見えないが、声で男性だと言うことがわかった。
え?なんて?伝説の大魔女?
それに、漆黒の髪に黒曜石の瞳・・・とか言ってたけど、日本人なんてだいたい黒髪黒目だよ?!
あとちょっと表現が厨二っぽい・・・。目の前の美人さんには申し訳ないけど、やはり変だ!ここにいる人たちも絶対、危ない人たちだ!!
「ひっ、人違いじゃないですかっ・・・?!」
なんとか絞りだした声は僅かに上ずっていた。
警戒心をあらわに、キッと目の前の美女を睨むが、目の前の美女は全くそんな私に臆することなく微笑む。
「いえ、人違いなどではございません」
気づくと、離れた場所にいたはずの黒装束の人たちが、いつの間にか私の前に集まっていた。4〜50名ほどはいるだろうか・・・。
思っていたより人が多かったことに驚きたじろぐ。
次の瞬間、ザっという音とともに、目の前にいた黒装束たちが片膝をつく形でしゃがみ込み、一斉に頭を垂れてきた。
「ななななっ・・・!」
怖っ・・・!!何してるの子の人達!やっぱり宗教?!
その訳の分からない異様な状況に困惑していると、目の前の美女が口を開いた。
「ようこそ魔女の里へ、伝説の大魔女アリア様」