第1話 本
頭に浮かぶそのメロディは、何処か懐かしく私を切ない気持ちにさせた。
これは突然見知らぬ土地で魔女にされ、見知らぬ世界を救う使命を押し付けられた私の物語ーーー。
社会人になって1ヶ月。親元を離れ上京した私は仕事帰りに飲みに行く仲間も、休日に遊ぶ友達も居なくつまらない日々を過ごしていた。
「東京にも友達欲しいなぁー・・・」
専門学校を卒業して、その道の専門職に就くこともなく、接客業に就いた。
店舗の接客業は土日休みではない。更に祝日や連休はかき入れ時のため、地元の友人とも休みが合わないのだ。
とぼとぼと仕事帰りの家路を歩く。
最近では駅前にある本屋に寄って、何か面白い本は無いか探すのが日課になっていた。
「まだ新刊は出てないかぁ」
まずはお決まりの漫画コーナーから小説コーナーのルートを辿り、お気に入り作品や過去に読んだ作品の新刊が出ていないかをチェックする。
都会の本屋は広い。ジャンルによってフロアも違うため見ていて飽きない。
特に目ぼしいものがない日は、様々なジャンルの本を意味もなく眺めながら書店内をうろうろするのだ。
私は普段見ないフロアに行くと足の向くまま奥へ奥へと進んでいった。
「あれ・・・・?」
フロアの行き止まり。隅の方にこじんまりと、しかし何やら異様に目を引くコーナーを見つけた。
「魔術書・禁術書・・・?!」
見ると、所狭しと何やら怪しげな表紙の「黒魔術」だの「禁術理論」だのと書かれた本が並べられていた。
「えぇ・・・、怪しげ~。こんなコーナーあったかなぁ・・・?」
何度か来たことがあるコーナーだが、こんな名称だっただろうか?怖いもの見たさでいくつか手に取り眺める。大きく「悪魔召喚」と書かれた表紙の本や、「禁忌の研究」など、胡散臭いタイトルが立ち並ぶ中、ぽつりと1冊の小さな本が目にとまった。
「え、可愛い!何これ!」
それは赤を基調としたお洒落なデザインの手のひらサイズの本だった。
表紙には『唄う魔女の詠唱集』と書かれている。
「凝ったデザインだなぁー」
細かい金の模様が施された表紙。厚みのあるハードカバーはかなりしっかりしていて、ページの縁も金色で装飾されている。すごくお洒落だ。
中身を立ち読みしようとしたがそれができないよう透明カバーで包装されている。
いくらかな?と、本を裏返したが何故かバーコードが付いていない。
「あれぇ?売り物じゃないのかなぁ・・・?」
中身も気になるけど、インテリアにしたらお洒落そう!とか色々考えたのだが、金額も書いていないため売り物ではないのかと渋々本棚に戻すことにした。
コンビニに寄って晩御飯を買い、家に帰る。
「ただいま~」
当然だが、一人暮らしなので呼びかける声に返事はない。
初めての上京に初めての一人暮らし。東京の家賃は思っていたより高いから、小さなマンションの1室が私の帰る場所だった。
玄関から入って数歩で寝室兼リビングである小さな部屋になっている。
家具は、向かって左手にベッドを置いたら室内の半分近くのスペースが埋まってしまった。
ベッドの正面に、近所のおじさんが使わなくなったから持っていきなと渡してくれた小さなテレビ。テレビとベッドの中間のスペースに小さなテーブルを置き、食事などができるスペースにしている。
テーブルに背を向けて数歩の距離に小さなシステムキッチンと冷蔵庫。コンビニで買った飲み物を冷蔵庫へ詰め込んだ。
「はー、疲れた」
ドサッとテーブルの脇に仕事用のバックを置いて呟く。
トイレと洗面台、お風呂が一つになったユニットバスも結構狭い。とりあえず湯舟にお湯は張らずに、シャワーだけ浴びる。
シャワーでスッキリした後、買ってきた弁当をレンジで温める。いつものルーティンだ。
温めた弁当を一旦テーブルに置き、飲み物を取りに冷蔵庫を漁る。昨日買った缶酎ハイがキンキンに冷えている。
これこれぇ!
プシュ、と小気味いい音を立て缶をあけると冷蔵庫前に立ったまま一口ゴクリ。
「ぷはぁー!」
甘くてシュワシュワしたアルコールが入浴後の喉に染み渡る。
二十歳になったばかりで、ビールの美味しさはいまいち分からないけど、酎ハイや甘いお酒は大好物だ。
少し気分が良くなり、ルンルンと鼻歌混じりに弁当を置いたテーブルへ振り返る。
「あれ・・・?」
先ほど置いた弁当の隣に、帰りに寄った書店で見たあの小さな赤い本が置いてあった。
先ほどは気づかなかったが・・・何故ここにある?
「え、持って帰ってないはずだよね?確かに書店の本棚に戻したし・・・」
不審に思いつつ本を手に取る。
書店では中身が見れないようにフィルムが付いていたはずだが、今手に取ったそれは開けばすぐに中を読むことができる状態になっていた。
シン、とした自分しかいない部屋に数刻立ちつくす。
なんでここにある?そもそもさっきお弁当置いたときは無かったし。あとフィルムも、剝がした状態で置いてあるのは何故・・・?
無言のままその本を見つめながら、頭の中はパニックだ。書店で思った通り可愛い表紙だが、そこに記されている「魔女」という文字がどことなく怪しさを放っていた。
何故この本が家にあるのか分からない。それも少し目を離した隙にテーブルに置かれていた。
この状況から背筋に冷たいものを感じ肌の表面が粟立つ。思わずバッと、部屋を見渡す。特に気になる点は見つからない。
「誰かいるんですか・・・?」
念のため放った言葉は思いの外上ずって震えていた。
・・・返事は返ってこない。
読んでいただきありがとうございます!
続きもどうぞ宜しくお願いいたします。