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魔王様とわたし

作者: 狭間梗也

滅亡後の世界と【魔王】という言葉から連想し作ったお話です。



 ――今日でお別れだから。



 それがわかったから。


 だから、あなたに伝えたい。


 私はあなたと出会ってから今日まで幸せだったと。


 そして。


 ごめんなさい。


 私はあなたに何もしてあげられなかった。


 それだけが心残り。


 感謝と後悔。


 本心を打ち明けた時。


 あなたは、少し呆けた後に笑って。


 私に向かって言った――――。

 




 この世界は遠い昔。

 

 人と人が争い繰り返していった結果。


 一度滅びてしまったらしい。

 

 自然も人も動物も、僅かばかりの数を残して大半はいなくなってしまい。


 残ったのはかつての人々が生活を豊かにするために使われてきた【カガク】


 それらを用いられて作られた建築物の残骸や物品、技術のいくつかと。


 後は、滅びる前に発見された【マホウ】と呼ばれる技術。

 

 これら二つを使って、人々は今を生きているのだと。

 

 私を拾ってくれた魔王様は教えてくれた。





 魔王様。

 

 あの人に拾われたのは、両親死んでしまい一人ぼっちになった時。

 

 両親の事はよく覚えていない。

 

 ただ動かなくなった両親の傍で地面に蹲っていたことは覚えている。

 

 放っておけば、死んでしまう状態だった私。

 

 それを救ってくれたのが魔王様だった。


 その人は黒いローブを身に纏って、フードを被っていた。

 

 そして。


 魔王様の周りにはたくさんの魔物と呼ばれる存在がいて。

 

 魔王様の集団に見つけられたとき。

 

 ――なにかいっぱいいる。

 

 こんな事を考えていたと思う。

 

 何せその頃の私は幼くて、そして死んでしまう寸前だったから。

 

 それ以上の事を考える余裕などなかったのだ。

 

 だから、そう思って見上げるだけ。


「助けてやろうか?」


 そんな私に魔王様がそう言ってくれた。


 空腹で、意識が朦朧としていた私は、目の前の光景が現実なのかもわからなかった。


 けれど、魔王様はちゃんとそこにいて。


 幼い私を助けてくれた。


 それが、私と魔王様の出会いだった。

 





 魔王様に拾われて、魔王様が多くの魔物を引き連れて旅をしている事を知った。


 最初は何とも思わなかったが、しばらくするとある疑問が芽生える。


 どうして、一箇所に留まろうとしないのか。


 凄い力を持って、多くの魔物を引き連れているのだから。同じ所にいたほうが良い。


 たまに出会う大人達は、魔物達を怖がっていたけど。


 彼らは魔王様の言う事をちゃんと聞く。


 魔王様が襲わないように言えば大丈夫。

 

 それに、魔王様は凄い『マホウ』を使える人だから。

  

 大人達も魔王様と一緒が良いに違いない。

 

 気になって魔王様に聞くと教えてくれた。



『俺がいたら、安心して生きていけないだろ』



 当たり前のように言う魔王様の言葉に衝撃を受ける。

 

 旅の途中、魔王様は出会う大人達が困っていたら、その『マホウ』を使って助けてきた。

 

 大人達は魔物を連れる魔王様が怖かったのかもしれないけど、助けてもらった事に感謝していた。


 けれど。

 

 そんな私に魔王様は。


 俺が一緒にいたら【魔法】の矛先が、いつか自分達に向くかもしれないと怯え続ける。


 それに俺の周りにはこいつらもいるしな、と魔物の一匹をなでた後。

 


 だから旅を続けているんだ。

 


 出会ってから変わらずのぶっきらぼうの表情のまま言った。


 魔王様の言葉を聞いて、私はある決意をする。


 私はこの人とずっと一緒にいようと。


 だって、違う。


 魔王様は魔物をたくさん引き連れて。


『マホウ』を使って凄い事ができて。


 ぶっきらぼうだけど。


 むやみにその力を使ったりしない。


 優しい人。


 表情でわかりにくいかもしれないけど。


 本当に優しい人だから。


 だから、たくさんの大人がそうやって誤解するなら。


 私だけでもと。


 そう決意して旅を続けていく。


 少しずつ年を重ねて、大人になっても変わらず。


 けれど年を重なるにつれて自身の容姿や体力が少しずつ変化していくのを実感し。

 

 ただ歩くことすらも難しくなって。

 

 そうして。

 

 動くことすらもままならくなった頃。

 

 多くの魔物達が寿命を迎えたり、自分の居場所を見つけ自分達から去って行って。

 

 2人きりなった時。

 

 魔王様が以前過ごしたと言っていた。


 かつて【ケンキュウジョ】とよばれた場所。


 建物のほとんどがなくなり一箇所だけ何とか形を保っている場所を、魔王様の『マホウ』を使って、生活できるようにした場所が。


 私の旅の終着点。


 私が終わりを迎える場所だった。





 そして今日。


 目覚めて、理由はわからないけれど。


 私はもうすぐ死ぬ。


 その事が何となくわかって魔王様に告げると。


『じゃあ、それまでの間一緒にいる』


 魔王様はベッドに横たわる私の傍にいてくれた。


 そうして、終りを迎える前に今までの思いを告げた時。



「俺は今までずっと幸せだった」 



 返ってきた魔王様の言葉に、信じられないと思った。

 

 だって、私はあなたに何もしてこなかった。

 

 ただ一緒にいるだけで。

 

 あなたにしてもらってばかり。

 

 なのに何故。

 

 魔王様はこんなにも幸せそうに笑っているんだろう?


「俺は、お前に会うまではただ生きているだけだった」


 生きたいと思うことも、やりたいと思う事もなく。


 死ぬ理由がなかったらただ辺りを彷徨うだけ。


 気がつけば魔物や人に助けを乞われ「気まぐれ」で助けたりして、結果魔物がついてくる事はあれど、それが生きる理由にはならなかった。


 けれどそれを変えてくれた人間が俺の前に現れたんだと魔王様は言う。


 その変えてくれた人間というのは。


「私、ですか?」


「ああ。お前と出会って共に過ごして――」


 どんな時でも隣にお前がいて。


 お前の言葉を聞いて、心が温かくなって。


 お前の笑顔を見て、幸せを感じて。


 そんなお前がこうして、俺といて幸せだといってくれる。


「これが幸せじゃなければなんなんだ?」


 そう問いかける魔王様に。


 よかったという思いと。


 ずるいと気持ちの二つが入り混じる。


 今までの時間に幸福を感じてくれて嬉しい。


 私だけじゃなかったんだと、そう思うことが出来る。


 けれど。


 もう一緒にはいられない。


 そんな私にそんな事を言うなんてと。


 決して口にできない思いを胸に魔王様を見れば。


 私の心を見透かしてかこんな事を言い始めた。


「いずれ俺も死ぬ」


 穏やかな顔のまま魔王様は告げる。


「死ぬ事ができない、ってわけじゃなくて。死ぬ理由がなかったから生きてだけで、俺も死ぬ事はできるからな」


 魔王様が死ぬ、という言葉に驚きを覚える。


 だって、魔王様は出会ったからずっと同じ姿のまま。


 ケガも病気もしたことは見たこともない。


 人と同じ姿をしているけれど、私達人間とは全くの別の存在だと思っていたから。


「だから、お前との約束を果たしたら、俺もお前の元に行こうと思っている」


 驚いて言葉を返せずにいると、魔王様は言った。


「約束、ですか?」


 何か、約束していただろうか。記憶を思い返してみても。


 特に思いあたる節はない。


 そんな私に苦笑しつつ。


「覚えてないか? あの時の事を。あれは――」




 

 俺が、お前に名付けた名前の意味を教えた時。


 お前の笑顔に陽だまりを感じたからというと「私の髪の毛白いのに」とはにかみながらも喜んで、そういえば昔太陽を思わせる花があったと【魔法】で作ってやったら「綺麗」と言った。


 そうして。


 花を抱きかかえたお前の周りの景色があまりにも殺風景だったので、【魔法】を使って自然を一部復活させた。

 

 するとお前はその光景に目をキラキラさせて言ったんだ。


『世界全てが、こうなっていったら素敵ですね』


 それを見て、俺も嬉しくなったからこう返した。


『そうか。じゃあ今後の旅の目的はそれにしよう』





「あっ」


 遠い昔、確かに言った。


 色あせて、当時の全てを思い返すことはできないけれど。


 でも確かに魔王様の『マホウ』を見て。

 

 初めて見た景色に感動して。

 

 貰った花を抱いたまま、いつかそういった世界を見てみたいと確かに私は言っていた。


「だから先に行って待っていて欲しい。時間がどれだけかかるかわからないけれど。約束を果たしたら――」


 必ず、迎えに行く。


 その言葉と笑顔に今度こそ絶句し。


 私は笑った。


 自分は幸せ者だ。


 命を救ってもらい、名を与えてもらって。


 今までずっと一緒にいてくれた人がいる。

 

 それだけじゃない。

 

 自分が死んでも、嘗て交わした約束を果たしたら会いに来てくれるといっている。

 

 それが嘘か本当か。


 できるかできないか。

 

 そこは重要ではなかった。

 

 ただ、心からそう思ってくれているのがわかったから。


「その時は、私お婆ちゃんのままかもしれませんよ?」


 腕を伸ばし、細くしわがれた腕を魔王様に向かって伸ばす。


「いいさ別に、それがお前なら」


 そんな私の腕をそっと手にとって、どんな姿でも構わないと言われてしまえば。


 返せる言葉は何もない。


 ただ、じっと見つめて。


 そんな殺し文句を、優しさが詰まった瞳で言われてしまえば。

 

 心残りなんてもう何もなかった。


「ねえ、まおうさま」


 けれど最期に。


 自分の口が動くうちに、たった一言だけでも。


 目の前の人に、伝えたい。


 手に力は入らないけれど、それでも魔王様の温もりを感じながら。


 たった一言。


「だいすき」


 そうしてやる事を全てやりきった私は。


 静かに眠るようにしてこの世を去る。


 その直前、魔王様は私の名を呼んでくれた。


 おやすみヒナタと。

 




 そうして。


 また魔王が一人になって。

 

 どれくらいの年月がたったのか、それはわからない。

 

 ただ、長い長い年月の末。

 

 世界は荒廃した大地から自然豊かな場所になり。

 

 人や動物は少しずつ増えて。

 

 文明は以前とは違う形ではあるものの、また確かに築き始めた頃。


 人々の前から姿を消した魔王の存在は。


 少しずつ、しかし確実に忘れ去られていった。

 

 そんな中。

 

 豊かな自然の一角。

 

 嘗ての人類が築きあげたであろう建築物の残骸。

 

 その片隅に。

 

 魔王と出会い、共に生きた少女が大好きだといっていた。

 


 ヒマワリの花畑が咲き誇こっていた。

 


 そして花畑の前に十字架を模した墓標が突き刺さり。

 

 墓標には、黒いくたびれたローブがかけられていた。

 

 それは、2人が生きた証。

 

 一人の少女と、魔王と呼ばれた青年。

 

 誰も覚えていない、誰も知らない。

 

 けれど、確かに存在していた2人。

 

 それを証明するように、その光景はそこにある。

 

 いつまでもいつまでも。










ご愛読頂きまして、ありがとうございました。

又機会がありましたら、別の作品もよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
もう、感動しました。 魔王だからと怖い魔物連れてる方と差別をしない主人公にそんな主人公の存在によって孤独ではなかった魔王。 作中の光景がもう脳内で再生されましたわ。 これで感動できなかったらその人は…
[良い点] 魔王様は絶大な力を持っていながらも、人間たちに気を遣う優しい人だと知って、一緒に過ごす「私」の視点が柔らかくて、優しく感じられました。 悲しい別れがやってきたことは切ないのですが、魔王様と…
[良い点] とても感動しました。少し泣いてしまいました。とてもいい話でした。
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