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エドウィン第一王子+α

自称・ヒロインから攻略対象者と認定されてしまった、第一王子とその仲間たち。そして、その婚約者のおはなし。

(という名の、アリッサがどうして他国へ行くことになったのか、の説明部分)

 

 それは、とある小さな島国から始まった。



 南の海上にあるその島国は、小さいながらも栄えている、観光業を主産業とした国だ。代々国を治めている王族は民に慕われ、平穏な時を過ごしていた。

 そんななか、ある日突然、三人兄妹の末っ子である王女が、母にこう泣きついた。

「助けて、お母様!わたくし、わたくし死にたくない・・・・!」

 その話はあまりにも奇想天外で、彼女の父も、兄達も、そして侍女達も本気にはしなかった。しかし、母だけは違っていた。

「あの子を守るためです!友好国へ留学させます!」

 彼女が語ったこと。それは・・・



「『異世界から転生をし、その時に読んだ物語の世界とこの世界がそっくりで、自分は悪役王女と呼ばれ断罪される』なんて。確かに信じられんな」

「ですが王女が留学した後、実際に話していた名前と同じ侍女が王宮に就職しております。そしてその後の行動も、ほぼ同じだったと」

「予言、というものとは違うということかしら?」

「はい」

 にわかには信じがたい話に、王家の面々は頭を抱える。しかしこの話を世界各国へ一斉注意勧告したのは、医術と魔術に優れたアスピスリア共和国だ。信じざるをえないのだろう。

「予言とは違う、とこの勧告書には記載されております。理由としましては、類似するものが多いわりに内容が不鮮明だから、とのことです」

 資料を手にしながら、宰相は説明を始めた。アスピスリア共和国が収集した情報だけでも、小さな島国から発生した奇妙な現象は、似通ったものも合わせて二十件ほどになるという。その中には第一事例となる王女のように詳細なものではなく、ぼんやりとしたものもあったという。だがおよそ五年ほどで、世界各国で相次ぎ『断罪劇』が繰り広げられてきたのは事実だ。

「自分が主人公だから、ねぇ。巻き込まれた人々は、さぞいい迷惑であろうな」

 この事件に共通する事柄は、いくつかある。

 その中の一つが、『転生』『攻略対象』『ヒロイン』などの聞き慣れない単語だ。

「特に学園などの、閉ざされた空間で発生することが多いそうです。殿下、くれぐれもお気を付けを」

「わかった」

 王立学園に通っている第一王子は、そう返事をすると、気付かれぬよう溜息を吐く。彼が巻き込まれてしまえば、必然的に最愛の婚約者も巻き込むことになる。それだけは、絶対に避けたかった。

「この案件については、見つけ次第すぐに報告を。以上だ」

「御意」

「わかりました」

「ええ、了解よ」

「わかったわ」

 陛下の言葉に、宰相、第一王子、王妃、第一王女が返答をし、この緊急会合はお開きとなった。

 アスピスリア共和国から報告された、一連の事件。それは『物語の主人公症候群事件』と名付けられた。




 それから一年半後。起きてほしくなかったことが、王立学園で起こってしまった。

「やはり、と言うべきか」

 生徒役員室の椅子に腰掛け、エドウィン第一王子は頭を抱えていた。一年ほど前から周囲をうろつき、警戒を強めていた女生徒が、後輩の女生徒に因縁をつけたのだ。

 ただそれだけならば、生徒同士のいざこざで済ませられる。だがその女生徒は、あの言葉を言ったのだ。『転生』と。

「警戒をしていて、幸いでしたわね」

「ああ。だが監視の目を増やそう。ラヴェル男爵令嬢には、申し訳ないことをしてしまった」

 今回巻き込まれてしまった男爵令嬢は、エドウィンの婚約者であるアンジェリカ公爵令嬢と懇意にしている。どうやらそれがいけなかったらしい。

 ちなみに、婚約者であるアンジェリカを始め、信頼できる者にのみ、エドウィンはアスピスリア共和国からもたらされた報告を伝えていた。その者たちこそ、ここに居る生徒役員の面々である。

「ですが、あちらも手詰まりのようですね。無関係の人を巻き込むくらいですから」

「でもユリアに危害を加えるなんて!許せません!」

「まぁまぁ」

 茶器の片付けをしながら、アルム侯爵子息は未だに憤慨している婚約者のヴィヴィアン伯爵令嬢を宥めた。

「ヴィヴィアン、君のおかげですぐに駆けつける事ができた。礼を言う」

「いぃえ。わたくしは、友人を助けたかっただけですの。ですがまさか、あの件に関わってくるとは、思いませんでしたわぁ」

 巻き込まれた男爵令嬢ーーユリア・ラヴェル男爵令嬢ーーと一番最初に知り合ったのは、同学年のヴィヴィアンだ。そのおかげで、今回の件は早く対処できた。

「アッシュ、王宮へ帰るぞ。すぐに陛下へ報告せねば。アンジェリカも同行してくれ」

「もちろんですわ」

「では私は念の為、先生方へ報告してきましょう」

「わたくしも行きます〜」

 それぞれ身支度を整えると、足早に部屋を後にする。ユリアを寮へと送って行ったロベルト公爵子息とソフィア侯爵令嬢を含め、明日改めて会議をすることになるだろう。そのことを考えると、エドウィンの足は早くなった。



 初等部四年、高等部二年で構成されているこの王立学園は、貴族はもちろん、平民も入学できる。しかしほとんどの平民は、無償の初等部までで学園を去っていくのが現状だ。その結果、エドウィンたちが在籍している高等部は貴族の子息子女が大多数である。

 そんな中に昨年、高等部からの中途入学者としてやってきたのが、件の令嬢ーーアリッサ・グロウ男爵令嬢ーーであった。

 彼女の言動は、貴族にそぐわないものばかりだ。貴族としての礼儀、マナー、話し方。平民から男爵家に拾われた、とはいえ、あまりにも酷かった。一部の男子生徒からは好感を持たれているが、それ以外の生徒、特に女子生徒たちから嫌悪されるのは、必然であろう。

 そんな彼女は、入学当初から第一王子であるエドウィンに積極的に近づいて来た。最早、まとわりついて来ていた。その対象には護衛騎士のアッシュやロベルト、アルムも含まれており、顔には出さないが四人共辟易していた。その状況を見たアンジェリカが、言ったのだ。

「これではまるで、『ヒロイン』に見つかった『攻略対象者』ですわね」

 その言葉に、エドウィンは驚愕した。まさか、と思ったのだ。しかし決定的な単語は出ていないが、アリッサの行動は正しくあの『物語の主人公症候群』そのものであった。どうやら単語ばかりを意識するあまり、他の事を見落としていたらしい。

 それからの行動は早かった。陛下へ今身の回りで起こっていることを報告し、国家直轄の監視を学園に配置してもらった。そしてアリッサの言動を細かくメモし、怪しまれない程度に他の生徒たちへ聞き取りをしていく。不審な点は全て洗い出し、男爵との血縁関係まで調べた。



 そうして地道に調査をしていた時、事件は起こってしまった。



 防げたであろうことを考えると、エドウィンは溜息を吐きたくなる。それこそ、何度でも。

「相当、疲れているわね」

 王宮へ向かう馬車の中、目の前に座っているアンジェリカが、そう言って微笑んでいた。どうやら、本当に溜息を吐いていたようだ。

「まあな。流石に、ここまでやるとは思わなかった」

「それは同感ね。でもそのおかげで、彼女については確定したわ」

「そうだな。これからどうするか、考えねばならん」

 揺れる馬車の中、アンジェリカはエドウィンに手を伸ばす。そしてその目の下を、親指で優しく撫ぜた。

「貴方が責任者であることは分かっているけれど、無理は禁物よ。また寝ていないでしょ」

 図星をつかれ、エドウィンは黙った。それを肯定と取ったのだろう、アンジェリカは「まったくもう」と言うと、仕方がない、という顔で微笑む。その表情に、エドウィンは見惚れてしまった。

『気が強く、わがまま放題の婚約者なのですよね。エドウィン様が可哀想』

 ふとエドウィンの脳内に蘇ったのは、数ヶ月前にアリッサから言われた言葉だ。その時は軽く流して誤魔化したが、今でも思い出す度に苛立つ言葉の一つである。

(我儘だと?そんなことあるものか。僕にとってアンジュは、最高の婚約者で将来の花嫁だ)

 そう、アリッサの思うようになどいかない。

 何故ならば、エドウィンはアンジェリカを溺愛しているから。



 陛下への報告と共に、アスピスリア共和国へ発生報告をしたエドウィンはその後、学園内での出来事により一層目を光らせた。アリッサは懲りることも無く、エドウィンたちへと声をかけてくる。その話は的を射ているものもあるが、ほとんどがどうでも良いようなものばかり。普段は女子男子分け隔てなく対応するロベルトもいい加減疲れて来たのか、最近ではアリッサから逃げるようになってきた。エドウィンもアルムも塩対応だというのに、諦めが悪いらしい。

 だがアリッサからユリアへの接触は無く、時折遠くから睨むような視線を送っている、とだけユリアの身辺警護を頼んでいるアッシュから報告がされてくる。最近では他の護衛騎士たちも「ユリア嬢はお優しい」「我らに気付かれると、必ず一礼される」など話していることがあり、ユリアの人気が高い。

 そんな中で、ただ一人。アッシュがユリアへ向ける視線に含まれている感情に気付いた時、エドウィンはお堅い護衛騎士をからかうネタを見つけた、と喜んだのは秘密だ。


 アスピスリア共和国と水面下で協議を進めた結果、アリッサの身柄は共和国へと送られることとなった。本人は「治験なのか」と騒いでいたが、実際には違うだろう。公にはまだ発表されておらず、共和国から各国へ送られてきた注意喚起にも『症候群』という名を付けられ誤魔化されているが、これは『病気』ではなく『魔術』のほうに近い。それをエドウィンと国王陛下へ秘密裏に教えてくれたのは、アスピスリア共和国からアリッサを引き取りにやって来た、研究者であった。

「魔術師、という存在が希少な為、なかなか解析が進んでいないのが現状です。ですが、第一事例から現在まで続いている状況。報告された国々・地域の多さ。そして何よりも、彼等が持っている記憶と技術力が、この世界では有り得ないものであること。それらを総合的に見ると、何らかの魔術が関係している、と考える方が妥当なのです」

「ではグロウ嬢は、そちらの国で研究員に?」

「ええ、その予定です。まあ彼女にその意思があれば、になりますが」

 共和国にある研究所には、すでに各国からアリッサのような『物語の主人公症候群』と呼ばれる人々が働いているという。その中には、この世界ではもう希少となった魔術を扱える者もいるそうだ。しかし未だに発生原因が分からず、苦戦を強いられている。正式発表は、まだまだ先らしい。

「今回はご協力くださり、誠にありがとうございました。彼女は安全に我が国へお連れ致します」

「こちらこそ、わざわざ来国してもらい、ご足労をおかけしました。どうぞよろしくお願い致します」

 挨拶をし護衛騎士へ見送りを頼むと、エドウィンは応接室の椅子へと腰を下ろした。漸くすべてが終わり、どっと疲れが押し寄せてくる。

「お疲れ様でした、エドウィン様」

「ああ。アンジェリカもすまなかったな」

「わたくしは良いのです。公務の予習、と思うことにしておりましたから」

 隣の部屋で待機していたアンジェリカたちが入室すると、侍女が新しいお茶を持って来た。エドウィンはそれを一口飲み、揃った生徒役員の仲間たちへ視線を向けた。

「皆もありがとう。この約二年間、予想外のことばかりだったと思うが、とても助かった」

「役に立てたんなら、それでいいさ」

「そうですね。それにアスピスリア共和国との繋がりも出来ましたし」

「被害が広がらず、何よりだと思っております」

「あれ以降、ユリアへの嫌がらせなどもありませんでしたもの。終わり良ければ全て良し!ですわ」

 仲間たちの言葉に、エドウィンは疲れが和らいだ気がした。幼い頃から気心のしれたこの四人には、きっとこれからも世話になるだろう。そして数年後、十数年後に今回のことを思い出して笑い合えたら、とても素晴らしいことだ。

「さあ、明後日には卒業式典だ。僕からとっておきの発表があるから、期待していてくれ」

「エドウィン様?!」

 アンジェリカが焦った声を出し離れようとするのを、エドウィンが力を籠めることで阻止する。それを見ている四人は、ある程度の予想が出来たのだろう。喜びを隠さないまま、「それでは今日はこの辺で」と、部屋を出て行った。残されたエドウィンは紅茶を飲みながら、何とか離れようとしているアンジェリカを制している。

「もう二人っきりなんだから良いだろ」

「良くないわよ!いくら婚約者とはいえ、人前であんな・・・!」

 むくれているアンジェリカの顔を至近距離で覗き込みながら、エドウィンは微笑む。完璧な公爵令嬢、という仮面を付けている普段のアンジェリカも素晴らしいが、やはり素のアンジェリカのほうがとても可愛らしい。

「確かにそうだが、ここ一年は忙しくて時間が取れなかったんだ。少しくらい見せつけたくもなる」

「やめて!恥ずかしいだけだわ!」

 真っ赤に染まった頬を突くと、アンジェリカはそっぽを向いてしまった。どうやら本当に恥ずかしかったようだ。流石にこれ以上は本気で怒るな、と察したエドウィンは、仕方なく腰から手を離した。

「すまん。ところで、ユリアのことなんだが」

「ユリア?」

 改めて向かい合い、エドウィンはアンジェリカには秘密で進めてきた案件について話し始めた。

「王妃の名前で、ラヴェル男爵宛てに手紙を出してもらった。ユリアの刺繍と裁縫の腕を見込んで、学園卒業後に王宮被服課の試験を受けてみないか、と」

「それは、つまり・・・・」

「僕たちの挙式には間に合わないが、もしかしたらユリアが手掛けた服を着る時があるかもしれないな」

 エドウィンからの予期せぬ言葉に、アンジェリカはとても喜んだ。ヴィヴィアンのように表には出さなかったが、彼女もまた、ユリアのことを心配していたのだ。学園内の出来事とはいえ、貴族社会は噂が広がるのが早い。今後どんなことを言われるかは分からないが、王宮の仕事をユリアが選んでくれれば、生活に困ることはないだろう。

「ありがとうございます、エドウィン様」

「僕もユリアの刺繍は好きだからな」

 明後日の卒業式典。そこでエドウィンの立太子が宣言され、アンジェリカとの挙式が二年後であると報告される。これからも多忙な日々になるが、エドウィンは誰にも騙されることはない。



 初めての出会いからずっと。そして未来も。

 エドウィンにとってのヒロインは、アンジェリカただ一人だ。

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