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ユリア・ラヴェル男爵令嬢

自称・ヒロインの転生者から、難癖をつけられてしまった男爵令嬢のおはなし。


 私の名前はユリア。両親は数カ月前に起こった火災に巻き込まれて、亡くなりました。その後、町にある修道院でお世話になっていたところを、父を探していた祖父母に出会い、そのまま引き取られました。祖父母が教えてくれたのは、父は家督を継ぐことを嫌がり、十五年ほど前に家出をしたのだということ。私は十三歳ですから、母と出会ったのは家出した後なのでしょう。

 祖父母はずっと父を探しており、火災の被災者一覧に父の名前を見つけ、駆け付けたそうです。しかし生き残ったのは、娘の私だけでした。なんだか申し訳なくて謝る私を、祖父母は「謝らないで」「君が無事だっただけでも、神に感謝せねばならない」と、励ましてくれました。


 それから三年後。十六歳になった私は、王都にある学園へ入学しました。私は最初、入学を渋りました。三年間のあいだ、祖父母は私に基本的な礼儀作法から貴族に必要な教養まで、生きていくのに必要なものは全て与えてくださいました。それなのに学園の費用もなど、頼めるはずもありません。なので私は、これ以上は大丈夫だと、お断りしました。しかし祖父は「友達をつくってくる気持ちでいい」と言ってくださりました。費用など気にするな、ということなのでしょう。私は泣きそうになりながらも、その言葉に甘えることにしました。

 入学後、私は学生寮へ入寮しました。この学園では、遠方に自宅がある生徒は、無償で入寮が認められているのです。同室のクラスメイトはとても親切で、学園内でも良く一緒に過ごしてくださいました。勉強は難しいですが、新しいことを覚えていくのはとても楽しいです。特に刺繍や裁縫の授業は楽しく、先生からも良い評価を受けました。教えてくれた母と祖母に、これほど感謝したことはありません。


「ユリアは器用なのですねぇ」

 机に両肘を付き、どこかうっとりと私の手元を見ているのは、ヴィヴィアン・ルベリスタ伯爵令嬢様です。この学園では一学年時のみ、爵位に関係なく全員が同じクラスになります。なので高位の方からお声をかけてもらうことも稀にあるのですが、ヴィヴィアン様はどうやら私を気に入って下さったようで、こうやって休み時間になるとお話をすることが増えました。

「そうでしょうか。幼い頃から裁縫はしていたので、慣れだとは思いますが・・・」

「それでも、凄いですわぁ。今度わたくしのハンカチーフに、刺繍してくださいな」

「え、ですが・・・」

「わたくし、あれがいいです。貴女がお祖母様から習ったという、あの図柄!そうですわねぇ、お礼は流行りのアイスでどうかしら?」

「あら、狡いわよヴィヴィ。貴女一人だけなんて。ユリア、私もお願いしたいわ」

「じゃあ私もいいかしら?」

 いつの間にか他のご令嬢たちも集まり、皆様で是非!と言われてしまいました。簡単なものであれば数日で出来上がるので、私なんかで良ければ・・・とお答えすると、とても喜んでくださいました。お礼のアイスやお菓子は、とっても美味しかったです。

 それからヴィヴィアン様を通じて、第一王子殿下の婚約者であるアンジェリカ公爵令嬢様にご紹介して頂いたり、驚くことがたくさんありました。

 特に、実は祖母が元王宮被服課の主任であったことには、腰をぬかしそうになりましたけれど。



 こうやって半年が過ぎた頃。

 私はある日、見知らぬ先輩に呼び出されました。

 

 身に覚えのないことを言われ、挙句にやってもいないことを訴えられた私は、殿下に連れられて生徒役員室まで案内されて来ました。何を聞かれるのだろうか、と戸惑いながらも入室をすると、そこにはアンジェリカ様がいらっしゃいました。

「大変だったわね、ユリア。お茶を淹れたから、飲んで頂戴」

「アンジェリカ様。え、なんで・・・」

「とりあえず落ち着きましょう?ほら、どうぞ」

 促され、空いている椅子へ座ると、アンジェリカ様自らお茶を出してくださいました。一口飲み、心を落ち着かせます。そうして室内を見渡せば、アンジェリカ様の他にもソフィア侯爵令嬢様、ヴィヴィアン伯爵令嬢様、ロベルト公爵子息様、そしてアルム侯爵子息様までいらっしゃいます。錚々たる顔ぶれに、今度は違った意味で緊張が走ります。

「ああ、ほら。貴方たちが居ると、彼女が緊張します。殿下は書類整理に戻ってください。ロベルトはドアの前で、不審者が来ないか見張っていて」

「えー」

「だが、僕が話しを聞かねば意味がないだろう」

「ですが、今日の分がまだ終わっていらっしゃらないのでしょう?あとはわたくしたちに任せて、戻ってくださいませ」

 アルム様とアンジェリカ様に追い立てられると、殿下は渋々ながらも執務机へ向かわれました。ロベルト様も同様に、文句を言いながらもドアの前へ移動されます。そして結果、困惑する私の前に座られたのは、アルム様とアンジェリカ様でした。ソフィア様とヴィヴィアン様は、少し離れたところで殿下の書類整理を手伝い始めていました。

「騒がしくてごめんなさいね、ユリア。それじゃあ、怖かったとは思うのだけれど、何があったのか教えてもらえる?」

 机を挟んで正面にいらっしゃるアンジェリカ様にそう尋ねられ、私は小さく頷きました。アルム様の手元には、白紙のノートが開かれています。つまりこれは、事情聴取、というものなのでしょう。

「あなたは、彼女・・・アリッサ・グロウ男爵令嬢と、面識はあったのかしら?」

「ない・・・と、思います」

「では、呼び出された心当たりは?」

「ありません」

 それからいくつか質問をされ、私は言葉に詰まりながらも、真実を答えていきました。途中で「何か意味の分からないことは言われなかった?」と聞かれたため、いくつか聞き慣れない単語をお伝えしました。それを聞いたアンジェリカ様とアルム様は、どこか神妙な顔つきになられました。

「ありがとう、ユリア。もし今後も彼女から何か言われたりされたりしたら、すぐに教えてくれる?」

「は、はい!あの・・・・・それで、私の疑いは・・・・・」

「それなら問題ない。君がグロウ男爵令嬢を突き飛ばしていないことは、僕たちは分かっている。彼女が何か言って来たら、反省文で終わった、とでも言っておけばいい」

 書類に目を落としたまま、殿下はそうおっしゃいました。それを聞き、ようやく私は緊張が解けていくのが分かりました。

「ありがとうございます」

「良かったわね。それじゃあ、お茶の続きにしましょうか」

 立ち上がり殿下へ一礼する私に、アンジェリカ様は微笑んでお茶のお代わりを注いでくださいました。その後、ソフィア様とロベルト様が寮まで送ってくださり、慌ただしい一日は終わりました。



 それからの日々は、特にこれといった問題もなく、過ぎていきました。ただ一つ違う点を上げるとすれば、殿下の指示なのでしょうか?護衛騎士の方が、学園内で私のことを影から見守っていてくれることです。その日によって人は変わりますが、皆様目立ちますから。何時しか私も、顔と名前を覚えてしまいました。


「ラヴェル男爵令嬢。申し訳ないのだが、ご同行願いたい」

 卒業式典が明日に迫った日の放課後。帰り支度をしていた私は、護衛騎士のアッシュ様に声をかけられました。クラスメイトたちは、ざわついています。ですが

「あ!わたくしも呼ばれていたんでした。行きましょう、ユリア。刺繍について聞きたいことがあるですよ~」

 とヴィヴィアン様が助け舟を出してくださり、クラスメイトたちもほっとした顔をしてくれました。

 そして向かった先は、あの時に通された生徒役員室です。そして入室をすると、こちらもあの時と同じように、皆様が揃っていらっしゃいました。

「すまないな、忙しい時に呼び立ててしまった」

「ごめんなさいね、ユリア。ほらこちらに座って?とっておきのお茶を淹れるわ」

 ご挨拶もそこそこに、殿下とアンジェリカ様に促され、ソファへ腰掛けます。差し出された紅茶からは、とても良い香りがしています。

「さて、まずは簡潔に結果報告からしよう。ラヴェル男爵令嬢、君に何癖をつけたあのグロウ男爵令嬢なのだが、卒業式典を待たずに他国へ行くことになった」

「・・・そうなのですか」

「こちらで調査をした結果、とある研究に参加出来そうだと、判断されてね。その国からは協力要請がきていたから、丁度良い機会だったわけだ」

 どんな研究なのか。気にはなりますが、私が深く首を突っ込むことは、止めたほうが良いのでしょう。殿下の説明を聞き、私は深く頭を下げるだけにしました。

「多忙な殿下に、手間を取らせてしまいました。臣民として、申し訳ございません」

「ははは!何を言うかと思えば!君が気にすることではない」

「そうよユリア。始めはどうであれ、これは国益になることなのだもの。むしろ学園内でトラブルに巻き込んでしまったことを、謝らなければいけないわ」

 そう言って、殿下とアンジェリカ様は頭を下げられました。流石にこれには、私も焦ります。

「そんな!頭を上げてください、私は大丈夫ですから!」

「でも・・・」

「危害は加えられていないが、巻き込んでしまったのは事実だ。何かあれば、些細なことでも言ってくれ。僕が出来ることならば、出来る範囲でやろう」

 殿下の有り難い申し出に、私は首を振ります。これ以上のことは、私には分不相応ですから。

「私はこの学園で、殿下やアンジェリカ様、そして皆様に出会えただけでとても嬉しいのです。しかも、これほど良くして貰えるなんて・・・。ですから、これ以上は望みません」

 私の言葉を聞き、アンジェリカ様は微笑まれました。そしておもむろに、私を抱きしめました。

「あぁ、もう!なんて良い子なのかしら!」

 どうしたら良いか分からず、殿下に視線で訴えますが、殿下も微笑ましそうにこちらを見ていました。他の皆様も、助けてくださいません。むしろヴィヴィアン様が「わたくしも~!」と抱きついてきました!え、これどうしたら良いんですか?!

「申し訳ございません、殿下。そろそろ」

「そんな時間か。」

 アッシュ様に声をかけらた殿下に促され、ようやくアンジェリカ様が離してくださいました。ヴィヴィアン様は、アルム様とソフィア様に「もうおしまい」と言われ、渋々離れて行かれます。

「すまない、ラヴェル男爵令嬢。この後、卒業式典の最終打ち合わせがあってな。用件のみになってしまったが、今日はここで失礼させてもらう」

「いえ。私の方こそ、お忙しい中わざわざありがとうございました」

「寮まで、アッシュに送り届けてもらうわ」

「はい、ありがとうございます」

 一礼をし、アッシュ様にエスコートされて部屋を出ます。廊下の窓からは夕日が差し込んでいて、それを見て無意識に息を吐いていました。

「疲れたでしょう。今日はゆっくり休んでください」

 そこで初めてアッシュ様に声をかけられ、私はどきり、としました。騎士団長の子息であるロベルト様よりも長身のアッシュ様を見上げると、優しく微笑まれています。またそのお顔にどきり、とします。

 ああ、どうしましょう。これは吊橋効果、というものなのでしょうか?

「どうしました?」

「い、いいえ!ちょっと夕日が眩しくて」


 それから数日後、卒業式典は無事に終わりました。正装された殿下やアンジェリカ様、そして卒業生の皆様はとても素敵で、私もあんな衣装を作ってみたい、と思ってしまいました。

 そしてその夢は数年後、王宮で叶うことになりました。


 グロウ男爵令嬢様が私に何をしたかったのか、未だに分かりません。けれど遠い異国の地で、彼女も素晴らしいお仕事に就けていることを、願っています。

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