アリッサ・グロウ男爵令嬢
異世界転生をした自称・ヒロインのおはなし。
「あんた、目ざわりりなんだけど」
人目に付きにくい学園の旧校舎。さらにその裏庭へ呼び出した一学年下の男爵令嬢は、私の言葉に目を白黒させている。その様子にも腹が立ったけど、ぐっと堪えた。
「ねぇ、もしかしてあんたも転生者なの?だから、私のジャマしてんの?」
「てんせいしゃ?な、なんのことですか?」
困惑した顔で首をかしげる姿にも、腹が立つ。なによ、そのカワイコぶりっ子のしぐさ。そういうのは、ヒロインの私だけでいいのよ。
「まあいいや。でもあんたが入学してから、私の作戦がぜーんぶパーになったの。いい加減、王子や悪役令嬢に媚びを売るの、やめてくんない?」
「あく・・・・・?別に、媚だなんて・・・」
「まあ、あの女たちに媚びを売るのは構わないのよ。問題なのは、あんたが居るせいで攻略対象者たちの好感度が上がんないことよ。いいから、もう近づくな!」
「そんな・・・!」
言いたいことも言ったし、あとは呼び出してある王子様が来れば・・・よし、来た!
「きゃあ!」
王子様とその護衛からこっちが見えない絶妙なタイミングで、私はわざと派手に転んだ。可愛らしい悲鳴も忘れてはいけない。すると、男爵令嬢(名前なんだっけ?忘れた)はびっくりした顔で、こっちに駆け寄ってきた。あんたは来なくていいのよ!
「だ、大丈夫ですか?!」
差し出された手を取らずに睨みつけてやると、少しだけ怯んだ。
「どうした?何があった」
「エドウィンさまぁ」
うるうる涙目&猫なで声で、そばまで来た王子様を見上げる。ふふん、これでも前世は演劇部だもん。このくらい楽勝よ。
すると王子様は、私の足から出血してることに気付いたようで、護衛の人に「医務室まで」と伝えている。そこは王子様がお姫様抱っこするとこじゃないの?やっぱり、好感度足りてない。
「ラヴェル男爵令嬢、すまないが詳しい話を聞かせてくれるか?」
「は・・・はい」
「エドウィン様!私、その方に突き飛ばされて・・・・・!それでっ!」
「そうか」
え、それだけ?まあここは、王子様自らが事情聴取してくれるってことで、良しとしなきゃ。ぶっちゃけ、ケガしたところ痛いし。
「立てますか」
「うん、なんとか大丈夫。ありがと!アッシュさん」
「いえ。では医務室まで行きましょう」
それに、この護衛さんも攻略対象者だものね。よし、今日はこっちを攻めよう。ちょっとよろけたフリをしてみたら、今度こそお姫様抱っこしてくれるはず!
なんて期待していたけど、ダメだった。よろけたフリをしたら、支えてくれたけれど抱っこはしてもらえず。しかも医務室では、養護教諭がいたからか、さっさといなくなっちゃうし。マジで、なんとかして高感度上げないとやばい。
私が自分は転生者で、ここが前世で大好きだった乙女ゲームの世界そっくりなことに気づいたのはお母さんの葬儀後、グロウ男爵に引き取られた日だった。初めて見るお屋敷のはずなのに、なぜかデジャヴを感じたのが最初。そこから一気に前世の記憶が蘇って、私はそのまま倒れた。
それからはもう、学園へ入学するために頑張ったわよ。男爵の愛人が私のお母さんだったんだけど、育ったのは貴族のお屋敷じゃなくて小さな田舎町だったし。読み書きはできたけど、礼儀作法なんてまったく知らないし。前世の知識は、ここじゃ役立たないし。そうして頑張って勉強して、なんとか学園に入学できて「よっしこれからだ!」と思っていたのに。なんで、うまく好感度が上がらないのよ!
まあね、確かにゲームとはちょっと違うところもあるけど。そんなの誤差の範囲でしょ、と思って無理矢理進めたところもあるけれど。それでも、昨年までは良かったのよ。エドウィン第二王子も、護衛騎士のアッシュさんも、神官長子息のアルムくんも、騎士団長子息のロベルトくんも、普通におしゃべりできるようになっていたのに。
なのに、あいつのせいで!
「あー、もう!腹立つ!」
クッションに八つ当たりをするけれど、まったく気は晴れない。医務室からそのまま寮に帰されたから、あの後あの女がどうなったかは知らない。でも気が弱そうだったし、疑われることはないでしょ。
あいつが入学してから、まず変わったことは攻略対象者たちが離れていったこと。みんな、『もう少し落ち着きを』とか『礼儀作法を学び直すべき』とか言い出すようになった。最初は悪役令嬢である王子様の婚約者のせいかと思ったけど、良く噂話を聞いてみたら、二学年下のあの女が原因だと分かった。『身分をわきまえている』『市井育ちなのに、礼儀作法は及第点』なんて、私に対する当てつけみたいな噂がほとんど。その中でも一番腹が立ったのが、『公爵令嬢に気に入られている』というもの。この公爵令嬢こそ、王子の婚約者である悪役令嬢だった。
聞いた瞬間、なにそれ!って叫びそうになった。だってそうでしょ?なんでヒロインでもない男爵令嬢が悪役令嬢に近づいていて、しかも攻略対象にまで手を伸ばしてんのよ。おかしいじゃない。だから私は今日、あの女を呼び出して忠告してやったわけよ。
「ま。またジャマするなら、本気で忠告するけどね」
だって、ヒロインは私だもの。
それからおよそ半年。特になにも起こることなく、日々は過ぎて行った。あの男爵令嬢は時々アッシュさんと話しているのを見かけたけれど、それ以上は絡んで来なかった。一回の忠告で、分かってくれたみたい。それでも、好感度はなかなか上がらず。何度も悪役令嬢からいじめられた、と訴えてみたけれど「そうか」で終わっちゃったし。もう明後日には卒業式で、そこで断罪と婚約破棄がなかったら、私のニ年間の苦労が水の泡だわ。
「グロウ男爵令嬢、学園長がお呼びです。至急、学園長室まで行ってください」
「学園長?」
午前中の授業が終わりこれからランチタイム、というところで、担任からそう声をかけられた。よくわからないけれど、これは行かなきゃいけない感じかなぁ。面倒くさいけど、仕方ないか。
「失礼しまーす」
部屋に入ると、そこには学園長とあまり知らない先生、それから攻略対象者のみんながいた。
「昼食の時間にすまないね。まあ、そこに座ってくれ」
学園長に促されて、ソファに座る。目の前には学園長が一人で座っていて、その後ろに五人並んでいるんだけど。なにこれ、すっごく怖い。
「単刀直入に言おう。アリッサ・グロウ男爵令嬢。貴女は先の卒業試験の結果、総合点及び内申点が基準に達していなかった。その為、留年となる」
「留年!?」
え、なにそれ聞いてない!お父様からは『勉強しておけば卒業できる。入試のほうが厳しい』って言われてたのに、なんで。
「個人情報の為、ここでは詳しい点数は言えない。けれども、良く思い出してみなさい。貴女は入学してから、何回授業をサボったかね?」
言われて、黙り込む。めっちゃくちゃ心当たりあるし、何回かなんて数えていない。でもクラスメイトにノートを借りたり、アルムくんが自習してるところに押しかけて、一緒に勉強したりしてたのに。
「ただ本来であれば、君の父君も呼んで留年をするか自主退学をするか選んでもらうのだが。君の父君からは『そちらの判断に任せる』と言われてしまった」
「学園側としては、どちらを選んでも構いません。ですが殿下からとある相談を受けましたので、私達としてはそちらで決定致しました」
「相談?」
王子様たちがいるのは、そういう理由だったのね。まさか、婚約破棄は無理だから側室で、とか?もうこうなったら、それでも良いわ。
学園長の隣に座った王子様は、持っていた資料を机に広げ始めた。細かい字で色々書いてあるけれど、側室の申請書類かしら。結構、制約が多かったりするんだろうなぁ。
「我が国の東にある、医療魔術大国のアスピスリア共和国は知っているな。馬車でおよそ二ヵ月間ほどかかる位置にある。その国で現在進めている研究に、君を推薦した」
予想外の話に、絶句する。待って、医療大国?研究?私はなんの病気にもかかっていないし、医療の知識もないのに、なんで。ううん、違う。つまりそれって
「それは、治験ってこと・・・・・?」
恐怖とか怒りとか、いろんな感情が混ぜ合わさって震える手を、握りしめる。嫌だ、帰りたい。逃げたい。今まで私がやって来たこと、全部が本当にパーになっちゃう。
「そうなるな。ちなみに、これはまだ各国に発表をされていない病だ。その病名は『物語の主人公症候群』というらしい。君も罹患している」
王子様が話し出した病気の症状は、まさに私そのものだった。でもそれでは、私が前世だと思っていた記憶が病気の症状だったことになってしまう。確かに朧げなものだけれど、私にはこれが妄想だなんて思えない。思いたくない。
「ウソだ・・・そんなのウソだ!だってここは、私の大好きだったあのゲームそのものじゃない!国の名前も、景色も、みんなの名前や立場だって同じ!悪役令嬢だっている!それが全部、病気のせいだなんて」
「では、はっきり言わせてもらうが」
立ち上がり、不安を打ち消そうと叫ぶ私に、王子様は冷たい声でとどめを刺した。
「君は僕のことを、第二王子と最初呼んだな。とんでもない不敬だ。何故なら僕に兄はおらず、第一王女の姉しかいない」
「俺も別に親父と仲悪くないぜ。ま、剣術の稽古で意見が合わなくて、しょっちゅうケンカはしてるけど」
「私の両親は、未だに二人だけで観劇や食事に行くほどの仲良しですよ。私も姉たちと比較されたりしていませんので、お気遣いなく」
それは全部、私が三人へ言っていた言葉の否定だった。
「君はまるで『そうである』かのように、色々な話を僕たちにしてきたな。だがどれも、的外れなものばかりだった。それどころか、関係者しか知りえない情報もあった。最初はスパイを疑ったが、アスピスリア共和国から送られてきていた警告書を思い出してね。もしや、と思い探りを入れる為に、そのままにしていただけだ」
「私たちは殿下の指示に従い、あなたの言動をまとめていました。なので、あなたへの好意は一切ありません」
突きつけられた真実に、頭が冷えていくのがわかる。好意はなかった。私が話したことは、どれも真実ではなかった。そうだよ、気付いていたじゃない。ゲームとは違うところがあるって。つまり、それが答えなんだ。
「そんな・・・・・」
力が抜けて、ソファへと崩れ落ちる。衝撃が強すぎて、涙も出てこない。そんな私を見て、もう抵抗しないと判断したのだろう。王子様の合図とともに部屋へと入って来た騎士たちによって、私は学園から連れ出された。そして馬車に乗せられ、そのまま共和国へと連れて行かれることになった。
馬車の中で、今までのことを考えていた。お母さんのこと。男爵に引き取られた日のこと。前世だと思っていた記憶が蘇った時のこと。そして、学園でヒロインを気取って振舞っていたこと。どこで間違ったのか、病気にかかったのかなんてわからない。
不安も恐怖もある。それでも、気づいたことがある。それを確かめるために、今は共和国での研究に協力しようと思えてきた。
私が前世だと思っていた記憶。そのなかに出てきた【クルマ】【スマホ】【コンビニ】という、この国にも世界にもないもの。あれらは一体、なんなのか。きっと答えはこれからわかるはずだと、信じて。