#9 小さな教会と新たなであい。
翌日、リンは宣言通り復活しリトルマーダークラスルームも無事再開した。
ハーフスター高校のスポーツフェスティバルまで残り一か月余り。
リンは時々授業を休んで生徒たちにスポーツフェスティバルの練習をさせる。
吹く風が少し肌寒くなるころ、あっという間にスポーツフェスティバル前日になった。
分校が街はずれにあることから、理事長の厚意で2年L組の生徒たちは本校の近くのホテルに前乗りすることになった。
半分近くの生徒は前日の授業の後にリンとオーブと共に列車に乗ってホテルに向かう。
任務の都合でそれができない生徒は監督者が前日の夜から当日の朝まで、どこかのタイミングで組織の人がホテルまで送り届けるらしい。
「直接ホテルに来るのは、グリーン・ユナ・モモ・ノンナ・ヴィクトか。
……最近任務で欠席する生徒増えたな」
念のためと一両貸し切った列車の中でリンは名簿を眺めていた。
「最近ゼータの侵攻のせいか依頼が増えてるんだ」
隣に座っているオーブが答える。
大きな学校行事が初めての生徒たちは少し落ち着かないようだった。
リンの心配事は、初めて本校にジュークとメイと3人で向かった時のあの妙な緊張感だった。
「オーブ先生」
「なんですか?」
リンは当時の様子をオーブに話した。
「『任務』と、言ったんですか?」
「……まずかった、ですか?」
「あまり褒められる対応じゃないですけど、……しょうがないですね。
こうしてちゃんと学校行事に誘ってもらえてるし、間違ってはいないと思います。
それに、そのフリル先生に二人を預けなかったのは正しい判断です。」
生徒たちは、窓に張り付いて外を眺めたり、席を占領して寝ていたり、話をしていたりする。
話の内容が一般人に聞かせられるようなものではないことは言うまでもない。
「リトルマーダーにとって、
人への信頼は0か100です。
フリル先生がもし同業だった時にその人に100の信頼を置いていたら彼らは彼ら自身を守ることができないかもしれない。
リン先生を含めて監督者は、それを操作できる側にいる。
ということを自覚していただきたいです。
……とはいえ、スポーツフェスティバル中に下手に警戒心を示して目立つのもよくないですから。」
リンはオーブに一つの提案をする。
「例えばなんですけど……」
◇
列車は街中心のターミナル駅に到着shチア。
すでに辺りは暗くなり始めている。
ハーフスター高校本校が用意したホテルはリンが普通の高校教師をしていたら手の届かないような豪華なところだった。
ホテルの前ではノンナ、ヴィクト、モモ、ユナ、の4人がロゼと一緒に2年L組の到着を待っていた。
「みんなお疲れ様~」
ロゼは優しい声で生徒たちを迎えた。
「私はここまでね。あとは先生たちよろしく。」
「はい。」
ホテルの自動ドアが開くと、一人のホテルマンが少し前から2年L組のことを待っていたようだった。
「こちらへどうぞ」
―――生徒たちは、任務外で初めての場所に来ているにも関わらず辺りに目を輝かせたまま従順にそのホテルマンに続く。
通された部屋には会食を行うような大きなテーブルがあり、その上には豪華な料理が並べてあった。
生徒たちは自分たちのために用意された料理に目を輝かせる。
そのホテルマンが重たそうな扉を閉めると、帽子をとって髪を掻き揚げた。
「どうよ~、この料理。最高でしょ」
きっちりしたホテルマンの制服に似合わないフランクな口調でそう言ったホテルマン。
「……あなたがスワンさんですか」
「そうってことよ。」
ハーフスター高校が前乗りするホテルを案内してきた段階でオーブは監督者の一人のスワンをそのホテルに潜入させていた。
「初めましてリン先生。監督者のスワンだ。ルー、クアット、アーサー、ノア、ノンナの面倒をみてる。ここには監視カメラあるけど少し前からループの映像を流してあるし、ここは政界の重鎮も会食に使う部屋だから完全防音、盗聴器のチェックもマメにやってる。
まぁ俺も一応さっき確認したし。」
生徒たちには事前にここにスワンが潜入していることを知らせてあったのだ。
「みんなせっかくだからいっぱい食えよ~……ってもう食べてるし(笑)」
生徒たちはすでにテーブルの上の料理を頬張っていた。
「グリーンも来れたらよかったんだけど……」
グリーンただ一人は、明日の朝合流するとのことだった。
・
・
・
「みんなちょっと聞いて」
リンは最終ミーティングと称して生徒たちの注目を集める。
「明日はいよいよスポーツフェスティバル当日です。
……そして、明日のスポーツフェスティバルは潜入任務です。」
―――これは、リンは列車の中でオーブと話し合った結論である。
「ハーフスター高校のスポーツフェスティバルに潜入中は、もちろん他の人たちに潜入を感ずかれてはいけない。……そのためにはみんな自身も全力で楽しむことが大事になる。
先生は実際に高校でスポーツフェスティバルを経験したことがあるからわかるんだけど、学校行事を本気で楽しんでいない人は悪目立ちしちゃうんだ。
だから種目に出ている人はちゃんとその瞬間を楽しむこと。
その時、背中は皆のことを応援している他の子たちが守る。
……どうかな?」
リンは生徒たちに問いかける。
「……賛成。リン先生いい案出せるんだ。」
初めに口を開いたのはアーサーだった。
「私もいいと思うよ」
メイや、他の生徒たちもそれに続いた。
「よし、じゃあみんな明日は楽しむよ!」
「「「「はーい!」」」」
◇
リンが寝る準備をしていると、誰かがリンの部屋のドアを叩いた。
「はーい」
そこには生徒たちの部屋の前で見張りをしていたスワンと制服姿のヴィクトの姿があった。
「あれ、ヴィクトまだシャワー浴びてないの?」
「先生、ヴィクトが行きたいところあるんだって。散歩がてらに一緒に行ってやってくれない?」
とスワンが答えた
「……そういうことなら。」
リンはヴィクトと共にホテルを出た。
◇
リンがしばらく見ることのなかった外灯で明るい夜の街。
夜風も肌寒い中リンはヴィクトの半歩後ろを歩く。
「……ヴィクト君は任務外でもよく外に出歩いたりするの?」
「……どういう意味?」
「あ……ほら、この間ジュークとかメイをハーフスター高校の本校に連れて行ったときに僕が運転する車を出た途端落ち着きがなくなったから」
「あぁ。……あんまり出歩かない、けど。
皆よりはそういう事できると思う。
僕はあいつらみたいなおかしい奴じゃなくて、普通の人間だから。」
「え?」
これまで、他の生徒と同じように学園生活を楽しんでいるようにしていたヴィクトが
彼らのことを『おかしい奴』と言ったことにリンは驚いた。
「……みんな普通じゃないよ。能力も、思考回路も何もかも。
なんで好き好んで人殺しやってるのって、先生は思わない?」
リンは、返事ができなかった。
「……まぁ思ってても言わないよね。僕もそうだし。」
何か大きなことを一つ諦めたような言葉と対照的に、一つの信念のようなものをリンに感じさせた。
「僕は普通の人間だから人を殺すのは怖いし、ただ生きるために強くなるしかなかっただけ
……でも神様はそれを認めてくれる。」
「……?」
ヴィクトが立ち止まる。
「……だから一度、ここに来たかったんだ。」
そこにあったのは小さな教会のような建物だった。
決して派手ではない、他の教会に比べて大きくもない。
ただ精巧な作りをした教会だった。
夜も遅かったからか入り口には人が入れないように柵が置かれていた。
ヴィクトは閉ざされた教会の扉をじっと見つめていた。
その隣に一人の少年が立ち止まる。
「見ない顔だね?」
リンとヴィクトは、声のする方を向いた。
「それにその制服にループタイの色、ハーフスター高校の2年生じゃないか。僕もハーフスター高校に通ってるんだ。
……でも、君のことは知らないな。同じ学年の生徒の顔は把握していたつもりだったけど」
「同じ学年ってことは……」
「ハーフスター高校2年E組、フレディ・ロコ。
ロコでいいよ。
以降、お見知りおきを」
ロコと名乗るその少年は胸に手を当てて頭を下げた。
「君が2年E組の……。僕はリン・パレット、2年L組の担任をやってる。
明日のスポーツフェスティバルのために今晩は近くのホテルに泊まってるんだ。」
「そうなんですか。……君は?」
「……ヴィクト」
「ヴィクト君。よろしく。二人はイルダの教徒なの?」
「僕が……そうなんだ」
やはり少しだけぎこちないがヴィクトだったが、
どうやらロコとは共通の話題がありそうで、少し前のめりで返事をした。
「そっか。僕もなんだ。
……君の神様はどこにいるの?」
様々な神が存在するこの世界では、あまり珍しくもない。
イルダ教の神は特定の姿かたちを持っていないのだ。
リンは二人の静かな会話をとなりでじっと聞いていた。
「僕の、心臓にいる。
……僕が何をしたとしても、神様が消えてなくならないためだ」
「なるほど、興味深い。僕はね、ここにいる。」
ロコは自分の右耳を指した。
「耳?」
「こっちの耳はね、僕が10歳くらいの時に全く聞こえなくなったんだ」
確かに、ロコはリンとヴィクトの左側に立っていた。
「でも耳が聞こえなくなったのは、神様が僕に悪い話を聞かせないようにしてくれたからなんだ。
……だから今は悪い話はここにいる神様が僕の代わりに聞いて、僕にどうしたらいいか教えてくれる。
僕がその通りにすると、僕も僕の周りの人もいい顔になる。」
「……素敵だと思う」
ヴィクトはそういった。
「そろそろ、僕帰らなきゃ。」
ロコはそういって踵を返す。
「あ、一応僕E組の学級委員長だから。明日何かわからない事とかあったら聞いてね。
リン先生も、明日はよろしくお願いします」
「ありがとう」
リンは颯爽と歩いていったロコに手を振った。
「また明日」
小さくロコに手を振ったヴィクトはホテルを出たときよりも少し晴れた表情をしていた。




