#4 これは任務です……!
新学期が始まって一週間が経とうとしていた。
リトルマーダークラスルームの担任になったリン・パレットは、今だ段ボールばかりの大きな一軒家で目を覚ます。
(結局昨日もあんまり荷ほどき進まなかったな)
無理やり引っ越しされられたこの一軒家は中心都市から鉄道で1時間半離れたハーフスター高校の分校からさらに1時間山奥に進んだ所にある。
辺りに人の住んでいる気配はない。
リンがテレビをつけると朝のニュースが流れていた。
テレビからは先週の事件の現場からその様子を伝える記者の声が響く。
『こちらは、先週発生した殺人事件の現場の音楽教室があるビルの前です。
ジャックス駅にほど近いこちらの音楽教室で、名門オリエント高校の女子生徒が殺害されました。現場からは殺害された女子生徒と同じクラスの女子生徒の髪の毛が見つかっており、事件との関連性を調べています。』
(オリエント高校か……あそこは教師も貴族出身ばかりだったな)
『殺害された女子生徒はウィリアム一族のご令嬢、残された髪の毛と生体データの一致する女子生徒はレディア家一族のご令嬢ということもあり、数年来敵対視する両家の関係と共に貴族院立会いの下調査が行われています。』
(貴族の蹴落としあいか、今までなにも関係ないと思ってたけど……)
ついこの間一度リトルマーダーによって殺されたリンにとって、他人ごとではない。
(……なんでこの女子高生は殺されてしまったんだろう?
……なんでって、あれ?)
◇
「何?個人面談って。出席番号順じゃないのこういうのって。1番は?」
朝一番、リンは個人面談と称して登校してきたばかりのアルを小さな部屋に連れ込んだ。
「ジューク君は明け方まで任務があったらしくて、仮眠してからくるんだって。……それよりさ」
机をはさんで向かい合って座っていたアルの元に身を乗り出すリン。
「……僕ってなんでリトルマーダーに狙われてたの?」
「え、いまさら?」
「いや、いろいろバタバタしちゃってたし自分のこと以上にみんなの事考えてたらすっかり忘れてたんだよ。今朝のニュース見て思い出したんだ。」
「……あぁ、最近ニュースでよくやってる。」
「『聞いてしまったらもう一度殺される』、とかじゃなければ教えてほしいんだけど……」
「なんか、先生が前に居た学校で夏休みに勉強合宿みたいなのなかった?」
「あった、……あったよ!
複数の高校が合同でやったから大変だったんだ。」
「その時に先生に好意を向けていた生徒がいたらしくて、自分じゃない生徒を贔屓してるって」
「……それで?」
「それだけだけど。」
「あ、……そう。」
返事をしたまま固まるリンを見てアルは立ち上がった。
「もういい?それが聞きたかっただけなら行くけど」
「あ、うん。……ありがとう」
(人を殺す理由って……そんなものなのか……。)
アルが部屋を出ようとすると、丁度オーブがリンに伝言やってきた。
「リン先生、今本校から電話があって。」
返答のないリンを前に、オーブは部屋をでたアルを小さな声で呼び止めた。
「アル」
「俺は先生が殺されそうになった理由を聞かれたから答えただけだよ」
アルはそれだけ言って教室に戻る。
オーブは少し声を張っていった。
「リン先生」
「……はいっ!」
ようやくオーブの声に気づいたリンはその拍子に立ち上がる。
「ハーフスター高校の本校から連絡があって、クラス開設にあたって一度先生と生徒にご挨拶がしたいと。……ここにお呼びするわけにもいかないので、こちらから出向くと向こうに伝えました。」
「わかりました。」
「では始業の時間なので。」
オーブはそういって職員室に戻る。
リンはふと時計を見上げる。
時計は始業の10時を指していた。
殺し屋の集まる、ひっそりとたたずむこの校舎ではチャイムなど鳴らない。
◇
いまだ看板を付けられる予定のない校門の前でジュークとメイは、二人でリンを待っていた。
「なんかこの帽子すごい蒸れない?」
メイがかぶっている帽子を少し浮かせてそう言った。
「防弾加工されてる」
「え!そうなの?」
となりのジュークがしれっとそう答えたところでリンの運転する車が二人の前に止まった。
授業が終わったリンは、運よく任務が入っていなかった委員長と副委員長をハーフスター高校への挨拶へ連れていくことにしたのだ。
「さぁ、行こうか」
メイは車に乗り込む。
「先生、この帽子って防弾加工されてるの?」
「え、そうなの?」
「さっきジュークが言ってた」
「あれ?ジューク君は?」
当のジュークはリンとメイと乗る車の周りをぐるっと一周したところだったようだ。
そして車の下をのぞき込むようにしゃがみ、立ち上がったところで車に乗り込んだ。
「なんか気になるところあった?」
「あったら困るから先に見たんだよ。
何もなかった。いいよ、車出して」
「う、うん。……ありがとう」
リンが車を出した。
「あ、そういえば制服の帽子って防弾加工されてるの?」
リンがジュークに尋ねた。
「支給されたときに違和感があったからオーブに聞いたんだ。そしたらやっぱり防弾だった。とはいっても、この程度だったら貫通させちゃう銃もあるだろうし、そうじゃなくても衝撃は大きいと思うけど」
ジュークの話し方はとても淡々としている。
「組織が取り入る先をハーフスター高校に決めたのもこの帽子が理由の一つらしい。
顔を隠せるし、こういう加工もできる。」
「ふぅ~ん。なるほどね」
話している内容は置いておくとして、後部座席で会話をしている二人の様子は『同級生』と呼べるようなものではあった。
「どう、学校には慣れた?」
リンが先生らしく二人に聞いてみる。
ジュークから返ってきたのは、リンが想定していた返答ではなかった。
「先生こそ、殺し屋の相手は慣れたの?」
「……え?」
「そもそも、俺はどうして先生がおびえる様子も、気を遣う様子もなく俺たちと接してるかがわからないんだけど」
淡々とリンに問い詰めるジュークの表情は変わらない。
「先生は俺たちが怖くないの?」
「まぁ、確かにそれは気になるかもね。」
静かにジュークの話を聞いていたメイもどうやら同じ意見のようだ。
窓の外は田舎道の同じ風景がしばらく続く。
「……確かに、最初は怖かったよ。」
リンは言葉を選ぶように話し始める。
「でも不思議なもので、教壇に立つと僕はただの先生で、君たちはただの生徒だ。オーブ先生にも『彼らは任務以外で人を殺さない』って言われてたのもあるかもね(笑)。
体育館で絵具まみれになって全力で遊ぶ君たちを見て、もう怖がるとかは無くなった。
君たちは、君たちのことを怖がらない僕を不思議に思うかもしれないけど
正直僕は、君たちが僕の見えないところで人殺しを仕事にしていることが想像できないよ。」
ジュークは何か考え事をしているように窓の外を眺めている。
メイは腰の位置まである三つ編みの髪の毛をいじりながらリンの話を聞いていた。
「リン先生?」
メイが優しい声でリンに言った。
「先生が教壇にたつと『先生』になれるのと、私たちが任務になると『人殺し』をいとわないのは同じだと思うよ。」
メイの言葉にジュークも続く。
「そうかもな。……本校まであとどれくらい?」
「……あと、30分以上はかかるかな。」
「メイ寝る?」
「ううん」
「じゃあ、ついたら起こして。2時間目から間に合うようにしようと思ったら3時間も寝れなかった。」
「りょうかい」
ジュークはそういって膝に置いていた帽子を深くかぶる。
「リン先生、あんまり俺らを勘違いしない方がいいよ」
最後にそういってジュークはすっと眠りについた。
しばらくすると外の景色がにぎやかになってきた。
リンたち3人の乗る車は街の中心部にあるハーフスター高校の本校に到着した。
駐車場に車を止め、メイがジュークを起こす。
車を出る前にリンが後部座席にいる二人の方を見て尋ねた。
「二人とも普通の高校生とか、先生と話した経験は?あ、僕を除いて」
「俺が任務で一緒になるのは大人ばっかりだったからない。」
とジューク。
「私もない」
とメイ。
「……そうだよね」
実は、リンは出発前にオーブに警告されていたのだ。
◇
『基本的にリトルマーダーは任務外で監督者以外の人と接することはありません。だから、人との接し方でリン先生がおかしいと思ったら迷わず本校の先生や生徒たちから引き離してください。』
「……でも、クラスでは普通の高校生っぽいじゃないですか」
『それはあのクラスが組織の人間しかいない、組織が提供した場だからです。彼らが何も言わずリン先生を受け入れたのも監督者が“リン先生は組織の人間で安全だ”と伝えてるからです。そうではない場所やそうではない相手には……』
◇
(背中の預け方がわからない……か。)
車を降りて本校の門で迎えてくれた事務員さんに応接室に案内されている間、明らかに二人は周りをキョロキョロしながら、後ろを気にしながら歩いていた。
(背中なんか、ここで誰かに預ける必要はないんだけど……)
事務員さんが施設のことや学校の歴史のことなど、いろいろ話している事よりも、リンはジュークとメイのことが気になってしょうがなかった。
今日は応接室でハーフスター高校本校の2年A組の担任と2年E組の担任の先生とあいさつをする予定である。
それまでにどうにかこの二人を普通の高校生らしくできないものか。
事務員さんを先頭にその後ろを歩いているおかげで違和感を感じとられていないようだが、向かい合って話をするとなると話が異なる。
大きな校舎のろうかを歩いていると、案内していた事務員の携帯電話に着信が入った。
「すみません……」
申し訳なさそうに携帯を開く事務員さんに、
「どうぞ、お構いなく。」
事務員は少し離れたところまで駆けていった。
いまだ、とばかりにリンは半歩後ろを歩いている二人の方を向く。
「二人とも」
(幼い頃から大人と同じ暗殺部隊に所属し、常に成績に貢献してきたジューク君に、『歩く演算機』と呼ばれた驚異の情報処理能力を持つメイさん……)
リンのなにか覚悟を決めた表情に、二人は不思議そうな目をした。
(この方法が正しいかはわからないけど……!)
リンは二人の手首をつかんで顔を寄せ、小声で言った。
「……これは任務です。
潜入、任務です……!
この校舎の中の誰にも怪しまれず……、」
リンは慣れないアドリブのセリフに言葉を詰まらせる。
「誰にも怪しまれず……、僕を……?いや、この学校の人を?」
「え、なに?」
電話を終えた事務員がまもなく、3人の元に駆け寄ろうとしていた。
「僕を守ってください……!」
それは短い時間で、超一般人のリンが考えられる最大限のセリフだった。
「すみませ~ん、お待たせしました。」
「はい!」
(二人を信じるしかない!)
リンは笑顔で振り返り、再び事務員さんの後を歩く。
後ろを続くジュークとメイにもうぎこちなさはなかった。




