#3 大人になってからの徹夜はほどほどに。
「そこまでー!!!」
リンがそう合図した瞬間、生徒たちは色とりどりな絵具で塗られた体育館の床に大の字になったり、大きく深呼吸をしたり。
(すごいものを見たな……)
それは、現役の凄腕殺し屋たちの本気の遊びだった。
始めの3分間こそ、普通の高校生のお遊びに過ぎなかったが、
だんだん彼らの目の色が変わっていくのが超一般人のリンにもよくわかった。
軽快に身をこなし、
あり得ないスピードで体育館内を駆けまわり、
用意したペイントボールと絵具の入った水鉄砲も、狙ったであろう場所に寸分の狂いなく当たっていた。
「はぁ~~~!はははっ!」
いろんなチームを攻撃したせいで、反撃によって自分自身がカラフルになったユナが大の字になり天井を見上げ、大きく笑い声をあげる。
するといろんなところでつられるように生徒たちが笑い出した。
「よし、アイスブレイクはここまで。更衣室で制服に着替えたら教室に戻ろう。」
「はーい」
と返事も一丁前の高校生らしくなった生徒たちは体育館を後にした。
◇
教室に戻った生徒たちにリンは新学期に必要な書類を配る。
「今日は残りの時間でこの書類をみんなに書いてほしいんだけど、もう一つみんなにお願いしたいことが一つあって。」
リンは一冊のリングノートを生徒たちに見せた。
「学級日誌を書いてほしい。当番制で君たちと僕の間でやる交換日誌のようなものだよ。その日受けた授業のことでも、見たテレビでも、読んだ本でも、なんでも思ったことを書いていいから。早速今日からお願いしようかな……、なんでもジューク君からスタートするのもあれだし、誰かやりたい人いる?」
手を挙げたのはノアだ。
「じゃあノアさん、よろしく」
委員長決めの時も、今回もそうだがノアは通ったこともない高校についてよく知っている。
その秘密はどうやらノアの机の上に置いてある少女漫画のようだ。
生徒たちに書類を配り終えたリンは教卓の裏に置いた椅子に座り、静かに書類を書いていく生徒たちを見守っていた。
(ダメだ……、座ったら一気に眠気が……)
徹夜明けで、生徒たちに“時々以上”にいたずらをされながら一日過ごし、しまいには体育館で大はしゃぎしたリンは疲労困憊だ。
・
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「リン先生。」
生徒たちを見に来たオーブが、教卓で腕を枕にして眠っているリンに声をかける。
すっかり爆睡しているリンは起きる気配がない。
「なぁオーブ。リン先生って本当に俺らがリトルマーダーって知ってるんだよな(笑)」
アーサーがぼそっとそういった。
「隙だらけ。こんなんじゃいつ殺されてもおかしくないよ、この人。」
数少ない女子生徒のうちの一人のレベッカ・ハートがそう続ける。
「誰がなんと言おうとこの人がお前らの最初の“先生”だよ。最初で最後の可能性だってあるんだ……。」
オーブは気持ちよさそうに眠るリンを見ながらそういった。
「提出書類書けた奴から今日はおしまい、帰っていいよ。あと、これから昼間はどうしても外せない任務以外は学校優先にするように監督者には伝えてあるから。
まぁ最終決定権はお前らにある。その辺は監督者とよく相談しろ。」
窓からは夕焼けの真っ赤な太陽の光が教室を照らしていた。
◇
(はぁ……、これは壁にもブルーシートを張っておくべきだったな)
すっかり暗くなってしまった後に目を覚ましたリンは、生徒たちがカラフルに染め上げた体育館を片付け終えていた。
一面に敷き詰められた紙の下にはブルーシートを敷いていたが、壁のことをすっかり考えていなかったのだ。
(水鉄砲もペイントボールも使うんだから、そりゃよごれるよな)
「準備、間に合ってよかったですね」
まだ学校に残っていたオーブがリンの元にやってきた。
言うまでもなくリンの徹夜の原因の大部分が体育館の準備だ。
「よかったです。おかげで僕の運動神経なんか生徒たちの足元にも及ばないことが一発でわかりました」
ははっと軽く笑って、リンはそういった。
オーブは大量のブルーシートをたたむリンをじっと見つめる。
「……これからは、あんまりああいう事言わないでください。」
身に覚えのないリンが、オーブの方を振り返った。
「ああいう事って?」
「俺のことを、優しいって……」
確かに朝のホームルームでリンは『リトルマーダークラスルーム』設立の立役者となったオーブのことを“優しい”と言った。
「嫌なんですよ、
自分のやりたいことに『誰かのための優しさ』っていう名目を付けられるの」
リンにとってその感覚は、オーブと出会う前は全く分からなかったんだろう。
ただ、今は少しだけわかりそうな気がしていた。
「わかりました。…オーブ先生はこのクラスを作ろうとした理由を生徒たちの前で、唯の一度も言葉にしないんですか?」
「俺からそれを言うのは、“真夏に雪が降るその前の日”くらいじゃないですか?
……それ、運ぶの手伝いますよ。」
オーブはリンの横に積まれた大量のブルーシートを担いだ。
二人は倉庫に向かって歩き出す。
「オーブ先生って意外とロマンチックですね」
リンがいたずらにそういうと
「あまり殺人鬼に期待しない方がいいですよ。」
とオーブは吐き捨てるように、そう答えた。
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壁に規則的に穴のある防音室に流れるクラッシック。
10平方メートルほどしかない部屋にグランドピアノが一台。
大きなピアノの陰になる位置、部屋の隅にぐったりとしている女子高生。
腹部に突き刺さったナイフの周りには、べったりと赤い血がついている。
彼女の傍から一人の少年が立ち上がった。
“ハーフスター高校2年L組、出席番号2番。アル・ピアット”
彼は今学期から学生というステータスを得ていた。
動かなくなった彼女を見下ろした少年はボディバックから小さな袋を取り出し、その中に入った髪の毛を数本遺体の傍に落とした。
2,3秒遺体の様子を確認した後、血の付いた手袋を付けたまま防音室の重たい扉を開ける。
室内に流れていたクラッシックはこの音楽教室のフロアと同調していたらしく、ドアの開く音がかき消される。
ボディバックから靴を取り出しそれに履き替えた少年はクラッシックの響く音楽教室の建物を後にした。
アルは雑居ビルの立ち並ぶ深夜の路地を歩く。そして、耳に取り付けられた通信機に手を当てる。
「ミッションコンプリート、ジャックス駅のタクシー乗り場でピックアップお願い」
急行列車が止まらないジャックス駅のタクシー乗り場は閑散としていた。
少年はまるで何もなかったように駅のタクシー乗り場に立ち、何もなかったようにそこに来たタクシーに乗った。
運転手の格好をした男はアルが何も言わずとも車をだす。
「家にまだカップラーメンあったっけ?」
アルは男にそう告げると、運転手はかぶっていた帽子を助手席に置き、こういった。
「さっき食べてきたから豚骨しかない」
「最悪」
「……わかったよ。帰りにコンビニ寄ろう」
タクシーは『24時間営業』の看板が光るコンビニの駐車場に停まった。
男は再び帽子をかぶり車のドアに手を掛ける。
「オーブ!」
“オーブ”は後部座席に座るアルの方を向いた。
「シーフード3、トマト3、カレー2」
「はいはい」
オーブは車を出て勢いよくドアを閉める。
数分後、袋一杯のカップラーメンを抱えて車に戻ってきたオーブは再び車を走らせた。
高級高層マンションの一室に、まるで似合わないカップラーメンをすする音。
お風呂上がりで髪に濡れた少年が、半袖短パンでシーフード味のカップラーメンを貪っている。
「おいアル!床が濡れるだろ。髪乾かしてから食えよ」
オーブはアルの濡れた頭にタオルを乗せ、ガシガシと拭く。
「ねぇ、頭動く!」
ため息をつくオーブ。しょうがなく部屋に投げ捨てられたボディバックを回収する。
「俺、モノの処分行くから」
「うん」
「明日も9時にここ出るからね」
「……」
「9時ね」
「わかってる」
その返事を聞いたオーブは家を出た。
思いっきりカップラーメンをすすったアルは時計を見る。
時刻はもうすぐ2時になりそうだった。
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9月1日 晴れ
当番:ノア・ワール
今日は念願の高校初登校。
今まで読んだどんな漫画よりも小さな校舎にボロボロの体育館だったけれど、やっぱり実際に高校生になってみるのは読むのより楽しいものなのね。ペインティング対決も楽しかったし、担任のリン・パレット先生のかわいらしい寝顔を拝見できてうれしかったわ。
ところでこの学校の制服はどなたが考えたのかしら?
私、とても気に入りました!任務の時にはどうせ汚れてしまうからと、あまり服に愛着を持てないのだけれど、この服は一日しか来ていないのにもう大好きよ!
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ノアさん。今日はいろいろとクラスの運営を助けてくれてありがとう。委員長決めの時に助言してくれたのも、学級日誌を率先して受け取ってくれたのもとてもありがたかった。
ちなみにこの制服はハーフスター高校の標準制服で、僕もとてもいいと思ってるんだ。
特に色がいいよね、深い茶色で気品がある。ループタイと帽子もみんなよく似合ってたと思うよ。これから、どうぞよろしく。
担任:リン・パレット
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