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#21 彼が、先生であるということ。




あくる日の早朝、リンはまだ日も登らない時間にメイの元に訪れた。


部屋の扉が開く音に気付いたメイはゆっくり顔をリンの方に向ける。



 「よかった……目を覚ましていたんだね」



リンはベッドわきに置かれた小さな椅子に座る。それはまだ少し暖かかった。



 「……さっきまで誰かいた?」


 「お、リン先生するどくなったね。……ノンナちゃんがいたよ。」



メイはおどけてそういった。



 「死期が近くなると少し意識がはっきりするっていうのは知ってたけど、本当にそうなんだね。昨日ユナとユウキちゃんと話したときより頭が回る。」


 「……」



黙ってしまうリン。

メイは話を続ける。



 「私も行きたかったなぁ、フィルスターフェス。

  19にもなってせっかく高校生になれたのに。」


 「……うん」


すると、うつむいたままのリンの耳に、さっきまでかすれていたはずのメイの声が急にはっきりと届く。



 「―――――先生笑って」


 「……!」



リンの耳に、さっきまでかすれていたはずのメイの声が急にはっきりと聞こえた。



 「先生は私の『先生』でしょ。

  19人の殺し屋の前でも怖がらずにいられる、私たちの先生でしょ。」



その言葉に、笑ってと言われたのに、リンの目からは涙があふれた。



 「……僕なんかみたいな人を先生と呼ぶ、君たちはお利口すぎるんだよ」


リンの押さえていた思いが言葉になってあふれる。

メイはそれを聞いてふっと口角を上げた。


 「私たちが、お利口?……冗談でしょ。」


リンは首を横に振る。


 「力だって知識だって君たちの方が優れてるし、

  僕が何も言わなくてもみんなで仲良くできる。


  この半年で、普通の高校生と歩幅を合わせられるようにもなった。」


涙を浮かべた目でリンはメイのことを見る。



 「……それはね先生。」


メイは答えた。


 「あのクラスの誰もが、それを正しいと思ったからよ。」


 「……正しい?」


 「初めての『教室』という場所をちゃんと経験することが、

  私たちみたいな、人を殺すだけの社会の歯車を……生徒として迎えてくれたリン先生を慕うことが正しいと思ったから。


  決して間違ってはいけない世界で生きてきた私たちが、それを正しいと思ったの」



メイはそういうと、

また細く息を吸って、吐いた。



 「だから先生は笑って。何も間違っていない私たちの“先生”だもの


  ……ほら、もうみんなをハーフスター高校に送らなきゃいけない時間じゃない?」



リンは涙でぬれた顔を拭って立ち上がった。



 「また、あとで。」


 「うん。」



リンはそういって、メイの居た部屋を出る。





こんなはずじゃなかった、フィルスターフェスティバル当日だ。


パティスリーチーム、バンドチーム、演劇チーム

それぞれが開場直前まで最終調整をしている。


リンはフリルとE組の生徒にメイが体調不良で来れないことを伝えた。


L組の生徒たちはすでに監督者づてにメイの状況は知っている。

それでもハーフスター本校の校舎に散らばるL組の生徒たちは“いつも通り”を装っていた。


午前11時、ハーフスター高校の門が開かれた。

続々と来客が流れ込んでくる。




パティスリーを開いている2年E組も盛況だった。


 「あ、これメイちゃんにお願いしようと思ってた分……」


ユーリンがまだ少し残った未包装のケーキを抱えている。


 「大丈夫、僕がやるから」


ユナがユーリンのケーキを受け取る。

L組の生徒たちは、ごく自然に空いたメイの穴を埋めていた。


 「これ、メイちゃんの分」


ユーリンが売り場に置こうとしていたロリポップの形をしたケーキを、ユナの制服の胸ポケットに刺した。


 「……ありがとう。」


ユナはユーリンに笑いかけてショーケースの裏の作業台に戻った。




その頃、演劇チームは間もなく舞台本番を迎えようとしていた。

一つ前の演目中、舞台袖ではメインキャストであるノアとナイトは最後の練習中。

フリルが教室のパティスリーにいるこの時間、ここはリンが生徒たちを見ていた。



 『おかしいわ、そんなこと。

  私たちはこんなに愛し合っているのに』


ノアが言った。


 『僕だって君を愛しているさ。

  ……でも、僕には何もできない。悔しいけれど、歴史は簡単に動かせない』


ナイトが続ける。


身分差の恋愛を描く、E組L組合同の演劇チームの舞台はイータに長く伝わる名作だ。

ノアが演じる町の仕立て屋の娘と、一国の王子を演じるナイトはそうして物語の最後までセリフを確認した。


 「問題なさそうだね。ノアちゃん、なんかいつもより落ち着いて見える。

  ……すごいな。僕なんか本番が近づくほど緊張しちゃうのに」


ノアは座っている自分の足元を見る。


 「……なんだか、今日はふわふわ浮いている感じはしないわね」


ナイトは首を傾げた。


 「ふわふわ?」


 「……そう、最近はなぜか練習の時に足元が浮いている感じがしていたのに。

  メイちゃんが来れなかったからかしら。」


 「メイちゃん……体調を崩したって言ってたパティスリーチームのあの子か。

  でも、こっちのチームに関係なくない?」


 「……関係ない、どうして?」



ノアは少し恐いくらいのまっすぐな目でナイトを見つめる。



 「E組とL組の全員、39人でこれまで準備してきたことを38人でやらなきゃいけないのよ。どこで綻びが出るかわからないじゃない。


  失敗したらどうするの?」


 (……!)


二人のとなりでその会話を聞いていたリンは思わず目をつむる。

それは幾度となく彼の心を締め付けた彼らの『強さ』だった。


 「……確かに、そうかもしれないね」


ノアの内側に潜んだなにかをナイトは感じたように見えた。



体育館を埋め尽くした観客の拍手が舞台袖まで聞こえてきた。


 「さぁ、行こうか。」


ナイトが舞台袖に居た出演者たちに声をかけた。



舞台袖に掃けてくる一つ前の舞台のキャストと入れ替えに、大道具を運び入れる生徒たち。



b---------



開演を告げるブザーがなった。

彼らの舞台の幕があがる。



一つ前の上級クラスから少し客は減ったものの、客席は8割以上埋まっていた。

劇は順調に進んでいる。



そして、ノアが何度もつまずいたあの場面が来た。


 『……僕と結婚してください』

ナイトが言う。


 『はい』

ノアの返事は、健気で可憐な街の仕立て屋そのものだった。


物語は終盤、二人の結婚を祝福するシーンで全員がステージに出る。

舞台袖にはリン一人が残された。



その時、


 「……リン先生」


 (!!)


リンの半歩後ろに立っていたのはロコだった。

舞台に集中していたところに突然話しかけられ、リンはびくっと肩を震わせた。


足音は、聞こえてなかった。



 「どうしたの?」


 「……Raiseレイズ Sirサー Flagフラッグ



ロコは確かにそういった。

―――その組織の名を、彼から聞くとは思わなかった。



リンは小手先の受け答えをする。



 「……あぁ、ニューイヤーマーケットでレイチェルって人が言っていた」


 「いや、」



ロコはまっすぐ舞台の上を見据えてたまま続ける。



 「彼ら、L組のことです。」



この時のリンは、自分が思っているよりも冷静だった。



 「君は、何者なんだ?」



 「TOXICトキシック、そして……元Raiseレイズ Sirサー Flagフラッグ



リンは驚いてロコの方を向いた。

ロコは表情一つ変えずにリンに言った。



 「今からいう事は脅しです。僕と一緒にこの体育館の二階にある資料庫に来てください。」



リンとロコは静かに舞台袖を降りた。







ロコはリンを資料庫に導き、鍵を閉める。

そして、小さな注射器を一本取り出した。



 「一応僕も組織の意思でこれをやってる。抵抗しないでね」


 「……TOXICトキシックの、目的は?」


 「リン先生、あなたの『証言』だ。」


 「証言?」


 「あなたが、Raiseレイズ Sirサー Flagフラッグにされたことすべてです。

  

  バカげた貴族の命で一度殺さたことになり、社会から断絶されたこと。

  何食わぬ顔で人殺しをする彼らの先生をやっていたこと。


  彼らに脅されて先生をしていたと言えばいい。

  すべて、紛れもない事実だ。……そうすれば命の保証はする。」



彼らの先生をやることと引き換えにオーブにすがった『命の保証』。

今のリンにとって、それは彼らの生徒の実態を明るみに出す事よりも“軽かった”。



 「―――――断ります。」



 「どうして、」



ロコは声を震わせる。

怒りか、失望か、注射器を握る手に力がこもる。



 「なぜ!あなたはそれをしていいはずなのに。

  

  『リン・パレット』という名は、

  あなたの亡くなった弟さんの名前なんですよね?」



リンは目を見開く。

リンの家族が巻き込まれたその事故の真実を知る者は、居ないはずだった。

貴族院とリトルマーダー組織の自作自演によるその列車事故の被害者家族の悲しみは、金と引き換えられたから。


『ノーベル・クリス』


それがリンの一つ前の名前だった。

その事故で自分以外の家族を全員失ったリンは親戚に養子に取られ、パレットというファミリーネームすら失っていたのだ。


運がいいのか悪いのか。

再び名前を変えろと言われた彼は、真っ先に理不尽に奪われた家族とその名前を奪い返すことにした。




ロコは声を荒げてつづける。



 「あの列車事故を起こしたのは間違いなくRaiseレイズ Sirサー Flagフラッグだ。

  

  ……あなたのいる組織はそういう組織だ。

  人の命を何とも思わない。

  リトルマーダーのことも、『使えない』と判断したらすぐに捨てる。」



リンはロコが元Raiseレイズ Sirサー Flagフラッグだったと言っていたことを思い出す。



 「ロコ君は……耳が聞こえなくなった時に」


 「あぁそうさ。まだ小さくて一人で生きていくことなんかできやしないのをわかって捨てた。組織のやつは、他の子どもと同じようにくたばって死ぬと思ってたんだろう。

だけどそこで、TOXICトキシックと手を組み始めた頃の貴族院の議員の家に拾われた。


 耳のせいで戦うことは出来ない。

 だから顔を変え、名前を変え、ただ好機を待っていた。」



ロコのその言葉を聞いてリンは思った。


 (この子も、僕と……似たようなものじゃないか。)




 「リン先生、時間はあまりありません。

  あなたには生き延びる道がある。

  

  なぜ、今復讐しないんですか?

  なぜ、自分の家族が殺された事故を引き起こした組織の人間を許し、教鞭をとっているのですか?」



もちろん、家族を失ったことはリンにとって苦しい出来事だった。

オーブやアルと初めて会った瞬間、『復讐』という言葉が思い浮かんでいたかもしれない。



それでもリンはまっすぐロコの目を見て、こういった。



 「―――――それが、今のあの子たちに関係ないから。それにあの子たちはすでに『僕の生徒』以外の何者でもないから。」



彼が『教師』という仕事を選び、リトルマーダー達が彼を『先生』と呼んだことが今の彼のすべてになっていた。


ロコはまっすぐ見つめるリンから目を離さない。



 「わかりました。答えは出たってことですね。

  ……あなたはいい先生でした。きっとあの殺人鬼たちも幸せだったことでしょう」



ロコはそういって爽やかににこっと笑った。

そして、一歩ずつリンに歩みを寄せていく。



 「君も、

  僕の生徒みたいなものだよ、ロコ君。」



手を伸ばしてしまったら、その注射器が刺さってしまいそうな距離になった時、リンがそうつぶやいた。



 「……情に訴えようとしても無駄ですけど」



 「わかってるよ」



リンはそういってロコを抱きしめた。

体育館のステージの方からは、上級クラスのヴァイオリンの演奏が聞こえている。



 「……!」



 「組織が君のことを捨てたことに対して、僕が何を言っても意味がない事はわかってる。


  でも、君がもしこの瞬間までRaiseレイズ Sirサー Flagフラッグに居たら、あの子たちと一緒に舞台に立っていたのかもしれないと思うと……悔しいな」



 「……やめてください、そんなことを言ったって」



リンから、抱きしめたロコの顔は見えなかった。

ただ、少し声が震えていたような気がした。



ロコは注射器を持った腕をリンの背中に回す。

リンは半年ぶりに、明確な殺気を感じた。



その時、バタンと扉の開く音が資料庫に響く。


それと同時にロコを抱きしめていたリンはけ飛ばされ、資料の並んだ棚に勢いよくぶつかる。



 「痛っ!!」



棚から資料がリンの頭の上に次々と落ちてきた。

頭を覆っていた腕を降ろすと、そこに居たのはアルだった。


そして扉の前にジュークが立っている。



 「ごめん、リン先生。俺たち普通の高校生にはなれそうにない。」



ジュークが言った。



 「……オーブに頼まれた任務はまだ終わってなかったから」



アルがロコを睨みながら言う。

そして資料庫の前に続々とL組の生徒が集まって来た。



 「みんな、どうしてここが……」


リンが尋ねる。



 「逆に俺たちがわからないわけなくない?」

チェックが言った。


 「先生がバンドに間に合わなかったら嫌だし」

レベッカが続く。


 「……で、なんでロコがそんなことしてるの?」

ロコをじっと見つめるヴィクトは落胆とも思えるような表情でそう尋ねた。



アルに腕を掴まれたロコは項垂れている。

オーブ曰く、この国で一番敵に回してはいけない彼らが19人もそろっているのだ。



ロコは注射器を手放して言った。



 「……見たらわかるだろう。リン先生を脅して、殺そうとした。

  TOXICトキシック……君たちも十二分に僕の組織のことを知ってるはずだ。


  どうする、僕のことを殺す?」



転がった注射器がジュークの足に当たる。



 「俺らは任務以外で人を殺さない。

  ……オーブに連絡してるけど繋がらないんだ。」



ジュークがそういった時、リンの携帯が鳴った。



 「オーブ?」


 「いや、……ロゼさんだ」



―――ロゼは今日一日、生死をさまよっているメイに付き添っている。


 リンはゆっくり携帯を耳に当てた。



 「はい、リンです。」



生徒たちはリンをじっと見る。



 「……はい。生徒たちは、今全員一緒に居ます。

  ……わかりました。連絡ありがとうございます。」



リンは通話を切った。そして生徒たちの方を向く。





 「―――――メイさんが……亡くなった。」 




重たい空気が流れる。

これがただの組織の人間の死なら、きっとリブラが亡くなった時のような反応だったかもしれない。


彼らは今、『クラスメイト』を失ったのだ。



そして、ノンナが重たい口を開く。


 「ロコを殺そう……。

  メイちゃんはTOXICトキシックの実験のせいで死んだんだ」


ユウキとユナも続く。


 「私も、殺していいと思う」


 「俺も」



その時、レベッカが言った。


 「監督者がいないと遺体の処理ができない。……下手にばれるとよくないよ」



アーサーが話に割って入った。


 「いいんじゃね?もうどうせこの組織も終わるんだし。」


生徒たちがアーサーの方を睨んだ。


 「組織の体力はもうすぐ底をつく。

  監督者とも連絡が取れない。

  おまけに、俺たちは『独り』じゃなくなってしまったってことだろ。」


19人の生徒たちは黙り込んでしまう。



その時だった。


 「ふっ、ははっ、あぁぁぁ~……滑稽だな」


いきなりうつむいていたロコが笑い出した。



 「Raiseレイズ Sirサー Flagフラッグにも人の理解があるやつがいたんだ。

  『独り』じゃなくなったか。……もっともだな。


  どうだ、周りの人間が死ぬ気持ちは。

  君たちが殺したすべての人間の周りにはこうしてその死を悲しむ者がいる。

  

  その気持ちを一度でも経験してしまった今の君たちは、


  ――絶対に昨日の自分自身に負ける。」



ロコは光のないその目でL組の生徒たちに向かって言った。


ジュークは驚いたように目を見開く。

他の生徒たちも失望したような表情を浮かべる。


―――彼らの強さが音を立てずに崩れ始めた瞬間だったのかもしれない。



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