#1 ここで殺されるか、彼らの先生になるか。
8月30日。
世の中は新学期2日前。高校教師である僕は前日までに仕事を済ませ、夏休み最後の二日間をだらけて過ごす予定だった。
(暑い……暑すぎる……)
この国【イータ】のまだ27歳の高校教師の給料なんてたかが知れている。
独り身用の質素な部屋で窓は全開、扇風機は強。
僕は打ちっぱなしのコンクリートの冷たい壁に背中をべったりつけて
8本セットで売っている小さなアイスキャンディーを口に突っ込んでいた。
(明後日からまた仕事か……)
せめて二日間の休みくらいはだらだらしてもいいだろうと扇風機の風に目をつむる僕の元に一本の電話がかかってきた。
「はい、」
「あーごめん、今日この後って空いてる?っていうか無理やり空けてでも行ってもらいたいところがあるんだよ。」
それは、務めている高校の教頭からの連絡だった。
そして、図らずも突然に
僕の僅かな夏休みの、終了のチャイムが聞こえた。
「先生、ハーフスター高校って知ってる?」
「はい、超有名校じゃないですか」
ハーフスター高校はこの国でもトップクラスの高校だ。
学力は言うまでもない、礼儀や気品をしっかりと身に着けることができる高校として王族やその他もろもろ国の重鎮たちの御用達高校である。
「ハーフスター高校が新学期から新しいクラスを開設するらしくて、そこに編入する子たちの学力調査テストをやるんだけど、その試験監督に行ってほしいんだよね。お願いしていた先生が急遽外せない予定が入ったとかで」
「……新しいクラスの担任の先生は?どうしてうちの高校なんかに」
僕の勤めている高校は特に優秀というわけではない、地元の高校生だけが通うような普通の高校だ。
ちなみに、僕はは一応ハーフスター高校の教員採用試験も記念受験している。
「クラスの開設が忙しくて手がいっぱいなんだと。ほかの先生もなんか連絡つかなくて。もう君にしか頼めないんだよ。
名門のハーフスター高校だ。先生の働きに寄っちゃあ、これからいい関係になる可能性だってある。そしたら大手柄だよ。」
一度は憧れた職場が困っているという。
もとから少ししかない夏休みが今ここで終わることくらい、と僕は思った。
「……わかりました。行きます。」
「ありがとう~助かるよ。そしたら地図送るから。そこに14時で!」
教頭はそういうとプチっと電話が切れた。
現在時刻は12時半。
僕は右手に残ったアイスキャンディーを一口で口に入れ出かける支度を始めた。
◇
それは町の中心部にあるハーフスターの本校とは鉄道で1時間半くらい離れた郊外。
地図に示された場所は思った以上に質素な雰囲気だった。
おそらく一度廃校になった校舎を再利用しているんだろう。
平屋の校舎が一つ、体育館のような建物が一つ。あとは校庭。
もとの学校が初等学校だったのか遊具もちらほらあった。
看板のない校門の前で立ち尽くしていると、同じ年くらいの青年が駆け寄ってきた。
「あなたが?」
「はい、うちの教頭に頼まれて。」
青年は手を差し出し、二人は握手を交わした。
リンと同じくらいその青年も細身であったが、その青年の手はゴツゴツとしていた。
「すみません。ちょっと時間がもうあまりなくて。歩きながら説明してもいいですか?」
「わかりました」
二人は校舎に向かって歩き出す。
「この後の学力調査は約一時間後の15時から。今回の新しいクラスの詳細は聞いていますか?」
「……いえ、新しいクラスができる事しか」
「なるほど。……このクラスはハーフスター高校の分校2年L組として新しく開設します。」
(ヌルっと説明に入っているがこの青年は一体誰なんだろう。
まぁ普通にハーフスター高校の関係者か。名門校の新学期だ、相当忙しいんだな。)
「分校と言ってもハーフスター高校とは別物と考えた方がいいかもしれません。
…実はここに編入予定の子たちはみんな『孤児』として育った子たちなんです。」
(……!)
「家庭や本人の個性の問題であまり学校になじめなかった子たちが一般社会にゆっくり慣れていくための教室。それが、ハーフスター高校2年L組の本質です。
そういう教室を新しく学校を建てるのは大変だからと、ハーフスター高校の分校として設立させよう…という大人の事情です。」
「それは……素敵な試みで」
イータ国の孤児の問題はかなり深刻である。
国民の見えないところで絶えず行われている争い、そこで生まれる莫大な資産・財産と引き換えに失われていく命。
上流階級でさえ互いを蹴落としあうための暗殺も横行しているという。
そんな中、国の有名校が新たな試みをするというのはかなりいい話だ。
僕は夏休みを返上してまで来てよかったのかもしれないと、思い始めていた。
青年は僕を教室まで案内し、そのまま一緒にテスト用紙をセッティングした。
何とか生徒たちを迎える20分前、丁度準備を終えた頃に1人目の生徒が教室にやってくる。
その後も続々と生徒たちがやってきて20人、テスト開始時刻にはきちんと全員が席についていた。
「用意、はじめ」
試験が始まった。
僕は時々机の間を巡回する。
身なりがバラバラなせいか、新高校2年生にしては幼く見えたり大人っぽく見えたりする子がいる。
(この子たちは今まで全く学校に通っていなかったのか?……その割には)
全くペンが動かない子もいたが、すらすら解けている子も多いことに気づく。
(施設によって教育に差があるんだろうな)
そんな調子で4教科それぞれ50分。
全てのテストを終えて、もうすっかり窓の外が暗くなっている中、解答用紙の整理をする。
トントンと紙束をそろえたところで先ほどの青年がやってきた。
青年の手には「学力調査解答集」と書かれた冊子。
「……え?」
僕はもう一度時計を見た。間違いない、もう19時だ。
「採点お願いします。」
「あの……担任の先生は?……というかあなたは?」
「僕はただの事務員です。担任の先生も今日は一日忙しくて。
すみません、僕も事務作業あるので職員室戻ります」
さすがにこれは……。いくらいい事をしていても少しこれは訳が違う。
(ハーフスター高校はブラックか……!)
今日一日だけだし、まぁいいかと一人教室に残って20人×4教科の80枚の解答用紙をさばき始めた。
◇
「ちょっと待って……なんだこれ」
(こんなことあるのか?もう400点中400点満点が……)
生徒たちの点数を記録した紙をもう一度見直す。
普通の高校のクラスなら1人いるかいないかのオール満点がクラスの半分を採点した段階で確かに2人。
それもこのクラスは教育を一般の学校で受けていない孤児を集めたクラスだという。
僕はは急に怖くなった。
外が真っ暗ななか蛍光灯で照らされた教室に一人、一高校教師として信じがたい事実に。
ぱっと思わず後ろを振り返るがもちろん誰もいない。
「とりあえず早く採点を終わらせよう」
そう口ずさんで机に向かった瞬間、
明確な『殺気』を背後に感じた。
背筋を伸ばす。体はもう恐怖で動かなかった。
目線を自分の首元に移すと、そこには鋭いナイフが迫っていた。
ふと、窓に映った自分の姿が目に入る。
そこには自分の首元にナイフをつきつける少年と
刃が僕の首を切り裂かぬよう、その腕を押さえる少年の二人が映っていた。
(……!)
――この国【イータ】には
リトルマーダー
という暗殺に特化した少年少女が存在する ―― ――
「こっちは任務で動いてる。こんなところでただの人助けはやめてほしい。」
「悪いけどこっちだって任務だよ。第一こんなことできるの同業だけだって少し考えればわかるでしょ。」
――殺しをいとわない彼らは、
しばしば身寄りのない孤児の中から、その素質のある者が選ばれるらしい ―― ――
自分を囲む二人の少年の会話は僕に都市伝説レベルの噂を想起させた。
(まさか、なんで僕が…!?)
「す!すいませーん!!!!助けっ!!」
僕はおそらく自分を守ろうとした少年に突き飛ばされた。
(いってててて…)
机の角に頭をぶつけた僕は揺れた視界のなかで対峙する二人を捉えていた。
「俺を止めるなら、君も殺さなきゃいけなくなる」
「できるならそうしたらいい…」
二人は間合いをはかり、今にもお互いにとびかかろうとした。
その時だった。
「二人ともそこまで」
まっすぐ通った声で二人の少年が止まった。
「「オーブ!」」
「事務員さん!」
一瞬、頭の上に?《はてな》マークが浮かんだ二人の少年が僕を見たことがわかった。
「オーブ、どういうこと?」
おそらくただの事務員ではない青年はオーブというらしい。
そして、そのオーブはスタスタと机の陰にみっともなく尻もちをついている僕に歩み寄って目線を合わせるようにしゃがんだ。
「驚かせてすみません。この子たちにこんなマネをさせてしまって。」
今の状況に全く合わない紳士的な彼のセリフに唖然としてしまう。
オーブはお構いなしに話を続ける。
「でも先生、いくら急な仕事だと言っても僅かな情報しか知らない見ず知らずの相手と何時間も一緒にいるなんていくら何でも不用心過ぎませんか?」
僕は差し出された手を取って立ち上がろうとした。
すると
(えっ!)
あろうことかオーブと呼ばれたその男は僕を掴んだ手を離したのだ。
「だから、……不用心だと言ってるんです。」
驚いておもわず目を丸くする。
ある国ではこう言う顔を「鳩が豆鉄砲を食ったよう」というらしい。
……まさにそれだ。
「オーブ、どういう事?」
僕の首にナイフを突きつけていた少年がひときわ冷静にオーブに問いかけた。
「ワカバ……」
オーブは彼の名前を呼んでからこういった。
「お前、リトルマーダー辞めるか?」
「……!」
「この間受けた国家試験、合格だって。就職先も下宿先も見つかった。」
ワカバと呼ばれたその少年の手は静かに震えていた。
「本当に辞められるのか?」
「辞められる。ここから逃げても生き残れる場所があるんだ。あとはお前次第だがな。」
一瞬、音のない静かな時間が流れる。
「……辞める。」
「わかった。ワカバ、……何回も話したけど逃げた先は一人だからな。
お前の家に新しい下宿先の住所を残しておいた。それ以上の世話はもう出来なくなる、いいな?」
「あぁ」
オーブは会話中、一度もワカバの方を振り返らない。
「そうとなったら話は早い。『Raise Sir Flag所属のリトルマーダー、ワカバは8月30日夜の任務の成功を最後に監督者の元から逃亡』」
オーブはそういって一度、深呼吸をした。
吐いた息には、それまで一度も感じさせなかった『名残惜しさ』が乗っていたようだった。
「ワカバ、お前はここまでだ。あとは俺とアルで進める。」
ワカバは手に持っていたナイフを置いて、教室を立ち去った。
尻もちをついたまま、
俗にいう『鳩に豆鉄砲顔』で、僕は二人の会話を聞いていた。
僅かに覚えていた彼らの会話を反芻する。
(……?任務の成功?)
そして、僕はさっきまでワカバと呼ばれる青年が自分にしようとしていたことを思い出した。
「ちょちょ……ちょっと待ってください!さっき言ってた任務の成功って……
彼の任務って」
「あなたの殺害です。」
「えぇぇ、それは……僕はここで……」
僕は尻もちをついたまま、後ずさりする。
「……あなたは選択肢があります。」
「選択肢……?」
オーブは僕の顔の前で人差し指を立てる。
「ここで殺されるか、」
続けて中指を立てた。
僕は息をのむ。
「今日、ここに集まったワカバを除く19人の『リトルマーダー』の先生になるか。」
(19人の……『リトルマーダー』……?)
「それって、今日集まった子たち全員が……」
「そういう事です。どちらにせよあまり時間は与えられません。
それに、二つ目の選択肢を選んだとしてもあなたという人間は死にます。
第二の人生として、名前を変え、住処を変え、彼らの先生に……」
「やります……。
なります、彼らの先生に。だから命だけは……!」
(こんなの、1択のようなものじゃないか!)
「……協力、感謝します。」
オーブはもう一度僕に手を差し伸べた。
ふと、僕はそれを掴もうと手を伸ばす。
だが、直前でその手を止めた。
そのままその手を床につけ、体を支え立ち上がる。
「同じ手には乗らないんですからね」
僕は急転直下のこの状況に半ば涙目になりながらオーブを見ると、オーブは意外そうに小さく吹きだした。
「別にそんなつもりじゃ」
「『リン・パレット』」
「え?」
「名前、変えないといけないんですよね?……『リン・パレット』にします。新しい名前。」
オーブはそれを聞くと、先ほど“僕”が突き飛ばされたときに少しずれた机を直して教室の外に向かった。
「では行きましょうか、『リン先生』。早速引っ越しです。」
オーブについていく“リン”。
「アルも行くんだよ。」
「え、帰れないの?」
先ほど“僕”を守ろうとした少年は、そういって面倒くさそうにオーブと“リン”についていく。
こうして、あと1日で新学期を迎えてしまう『リトルマーダークラスルーム』の開校に向けて準備を始めるリンであった。
本日より連載開始です。
6月末から7月上旬にかけての公募に参加する予定なので、そのぐらいの時期に完結させたいです。
現在ストック50000字程度、100000字まで駆け(書け?)抜けるぞー!
『お――――!』