あなたが誰かを見ているように誰かもあなたを見ている
大分遅くなりました。すいません。土曜日ぐらいから別のシリーズも更新していくつもりです。ブックマーク、評価、お気に入り登録お願いします!
閑話休題が続く感じで申し訳ないが、少し前の話をしよう。
時間があれば俺と先輩の出会い。つまり入社の話をしても良いのだが、それはまた今度にさせてもらおう。
今回はもっと最近の話だ。
◇
「おはようございまーす」
朝から元気の良いあいさつが聞こえてきた。
もう、聞き慣れた声。
挨拶をしたのは私が教育係を務めた後輩、ナギくんだ。
それに対して誰も挨拶を返さない。でも、それはナギくんが嫌われているという訳じゃない。学校のクラスに入ったときに挨拶しても先生ぐらいからしか挨拶が返ってこないのと同じだ。誰に言ってるのか場所に言ってるのか分からない、だから挨拶が返しづらいのだ。
まぁ、挨拶が誰にも返されていないのに続けてるということは別に良いんだろうけれど。
「先輩今日も早いですね」
隣の席にナギくんが座りながら話かけてくる。
「えぇ、今少し忙しいのよ」
「そうですか」
ナギくんはおしゃべりが好きだ。
だから話を終わらせるような返しをしてしまって少し申し訳ない気もするけれど今は忙しいので勘弁してもらおう。
◆
先輩ここのところ働き詰めな気がするなぁ。
余裕がないって言うか、目の下にクマも出来てるし。
「先輩、昼休憩ですよ?どこか食べに行きませんか?」
「え、あ、あぁ、そうね」
「どこ食べに行きます?」
「そうね、やっぱり私近くで弁当を買ってきてここで食べるわ」
「そうですか、じゃあ俺もそうします」
コンビニ弁当普通に美味しいからなぁ。
そば食べたい気分だけどつゆ溢さずにちゃんと食べれるだろうか。最近食べてないから確証がないな……。
「俺買って来ましょうか?」
流石に自分で選びたいかな。
「じゃあ、お願い出来るかしら。そうね、そばが良いわ」
おっと、そばか。しかもすぐに決まってる凄いなぁ、流石の決断力。
「分かりました。エプロンとかいります?」
「え、いや、いらないわよ」
「あはは、分かりました」
一瞬お願い仕掛けたな。
「すぐに罠をはるんだから」
と少し非難する顔を先輩がしたのも含めてなんだか楽しくなった俺はそのまま弁当を買いに行った。
「合計530円になります。こちらのおそば、温めますか?」
「え?蕎麦って温めるんですか?」
「冗談です」
くそ、思わず引っかかってしまった。まさかコンビニの店員に罠をはられるとは思わないだろ。
どこからか油断したね〜と言う煽り声が聞こえた気がするが幻聴だろう。
結局俺はそばを二つ買った。何から何まで先輩に合わせる感じになってしまったがそばが食べたかったのでしょうがないということにしよう。
「ただいまでーす」
返ってくると先輩は黙々と集中して仕事していた。
「先輩、昼休憩なんだから休みましょうよ。あんまり根をつめすぎても良くないですよ」
「えぇ、そうね」
返事はしてるけど、分かってないなこれ。
「取り敢えずご飯食べましょ」
「そこに置いといて、仕事が一段落ついたら食べるわ」
「いや、一旦仕事やめて先食べましょうよ」
なんというか、働きつめてる先輩というのが見ていて痛々しくて少ししつこく誘う。
先輩はやっと手を止めてこちらを見た。
食べるのかと思って嬉しくなったがそんな雰囲気ではなかった。
先輩が少し睨みつけるように言った。
「ごめんだけど、今、貴方に構ってる暇はないの。もう良いからあっちに行ってくれないかしら」
◇
少し、キツくあたりすぎたかしら。買ってきてくれたのに邪険に扱うような真似をしてしまった。
いくら疲れていると言っても言い訳にはならないか。後で謝ろう。
ナギくんはじゃあ、と言ってそばを持ってオフィスから出て行った。
「ナギくんもそばにしたんだ」
教育係の期間で大分私に、なんていうか、懐いた、気がする。
なんだか少し犬っぽくて可愛かった。
そばを食べた後流石に少し休憩を取ろうデスクに突っ伏した。
少しの間うつらうつらしているとナギくんが私の食べたそばの容器を片付けに来た。
あんな風に言ったのにそれでも親切にしてくれるナギくんはやっぱり優しい。
「ナギくん、さっきはごめんなさい。キツく言い過ぎたわ」
「え、いや、全然気にしてないんで良いですよ」
一瞬惚けた顔をした後、笑って言う。
気にしてないなんてことはないんだろうけど演技が自然すぎて騙されてしまいそうだ。
「それより先輩やっぱ眠そうじゃないですか。休んだ方が……」
「ありがとう、でも大丈夫よ」
大丈夫ではない、でも、私にも先輩としての意地のようなものがあるのだ。
さっきのナギくんを真似するように微笑んで私はそう強がった。
「そうですか、じゃあ仕方ないですね」
ん?何が仕方ないんだろう。
聞こうと思ったがナギくんは先に背を向けそばの容器を捨てに行ってしまった。
「先輩、お茶いります?」
返ってきたナギくんの手には二つのコップが握られていた。
本当はコーヒーが飲みたいけれど、せっかくなら頂いた方が良いわね。
「貰うわ、ありがと」
「いえいえ、全然」
麦茶でも緑茶でもないようだけれど、何かしら。
あぁ、でも良い匂い。
飲んでみると心が温まるような優しい味のお茶だった。冬ならもっと美味しかっただろう。
少しづつ飲みながら仕事を進めていると体が段々暖かくなってきた。
それに凄い、眠い……。
少しづつ意識が遠のいていって。私はいつのまにか眠りに落ちていた。
……。
…………。
ん、あれ。私寝てた?
目を開けると、黒い翼?いや、違う。
もう夜になっていたのだ。
寝ぼけてる頭で勢い良く起き上がった。
まずい、仕事が。
「あ、起きましたか?」
焦っていた心が落ち着きを取り戻すような気の抜けた声。
そこで背中にいつの間にか毛布がかけられていたことと、ここが私のデスクじゃなくナギくんのデスクなことに気が付いた。
「すいません、一服盛りました」
「え?」
「あぁ、でも大丈夫ですよ。仕事は大体やっといたんで」
待って、頭が追いつかない。
一服盛ったってあのお茶のこと?
それに仕事は大体終わった?
「あ、確認します?」
「え、えぇ」
凄い本当に大体終わってる。
「あの量を一人でやったの?」
「えへへ、まぁ。ちょっと本気だしました。仕事増えそうなんで神には内緒でお願いしますね」
「凄い、ありがとう」
「いや、まぁ、勝手にやったことなんで感謝だけもらっときます」
「ふふ、受け取るんじゃない。一服盛ったってのは?」
「あぁー、それはあのお茶に、はい」
そう、やっぱりあれに睡眠薬か何かが入っていたのね。
「あ、いやでも。睡眠薬っていうかリラックス効果とか安眠効果のあるものを入れただけですよ」
「え?」
「つまり、先輩はやっぱり限界だったってことです」
「そう、迷惑かけたわね」
とても私のことを気遣ってくれていたんだ。ずっと心配に思っていたんだろう。
なのに酷くあたって。
「ご──」
「あ、謝らないで下さいね。感謝だけで良いんで。仕事が多かったんですから仕方ないですよ。神が悪いです」
「それでも、もっと先輩らしく」
「いやいや、あんだけ疲れてちゃ出来ることも出来ないでしょ。そう言う時は真っ先に後輩をこき使ってくださいよ。それこそ先輩らしくね」
最後はふざけるように笑ってナギくんは言った。
「さぁ、帰りましょ。そんで家帰って寝ましょ。流石に疲れました」
「ありがと、ナギくん」
「えぇ、どういたしまして」
「ねぇ」
荷物を整理して帰ろうとするナギくんを引き止める。
「何ですか?」
「早速なのだけれどこき使われない?飲みにいきましょ、奢るわ」
その後、サキ先輩が酔って寝たところをナギが背負って家まで運びましたとさ。距離感バグってんな。