お返しって難しい。
人間関係って難しい
「というか、さっきのカフェも結局割り勘でしたし。付き合ってくれたお礼しなくちゃですよね」
少し、しんみりと真面目な雰囲気になったゴンドラ内を元の調子に戻すように言う。
別にその空気が嫌なわけではないのだが。この話はしておきたかったのだ。
「別に良いわよ。餞別祝いと思ってもらって」
「え、それはなんか別に欲しいです」
「ものなんて無い方がいいでしょう。名残り惜しくなったり処分に困るんだから」
「処分すること前提なんですね。ちゃんと取って置きますよ」
「そう、なら。後で少しお土産屋さんにでも立ち寄りましょうか」
「そうですね」
思い出を形にして残すために物を買うのだとしたら、それが残っていると思い出はいつまでも残ってしまう。
多分、そういうことなんだろうけど別に俺たち別れるカップルじゃないからなぁ。
今のは先輩的にも言ってみただけみたいなところはあるだろう。
でも、何か。ただ、本当に夢かと思うような思い出なだけのお礼というのも良いかもしれない。
「もうすぐ頂上ですね」
「そうね」
キスします?なんてふざけようかとも思ったが、そういえばさっき注意されたばかりだった。それに、あんまりふざけてもうざいだろう。……今でも十分うざいかもだけど。
「少し、良い物見せて上げますよ」
俺はそっと呟いた。
「え?」
窓から下を見ていた係員先輩が俺の呟きに反応してこちらを向く。
制限を少し、解除する。
指パッチンを鳴らし、俺は係員先輩に幻想を見せる。
「え、え?宙に浮いてる?いえ、床はある」
「星景色ですけどね」
「えぇ、そう、でもガラスを踏んでるような。ここ、どこ?」
「まぁまぁ、そんなことより」
そう言って俺は上を指さす。
そこには視界を埋め尽くすような流星群があった。
一生見ることは出来ないような近さで。
これは幻想だ、でも、ちゃんとこの世界の何処かで起きていることだ。
「………………綺麗」
◇
「ん、あれ、私。いつの間にか寝てた?」
「あ、起きました?そろそろ下に着きますよ」
「え、えぇ。私どれくらい寝てた?」
「え?いや全然寝てないですよ?頂上でふと寝たと思ったら今、タイミング良く起きたんですよ」
「そ、そう」
「どうしたんですか?不思議な物でも見たような夢うつつみたいな感じですね」
「ええ、でも。夢にしては内容は鮮明に覚えてるわ。ただ、その直前の記憶が曖昧で。貴方が淡く金色に、綺麗な金色に輝いていた気がするのよ」
「何ですか、それ。それもきっと夢だったんですよ。もしくは月明かりですかね?」
「えぇ、それも。そうね」
会話が途切れるところを狙ったかのようにゴンドラが下に着く。
「ほら、降りましょ?」
そう促されてゴンドラから出る。
「そういえばパレード見えるか確認するか忘れてたましたね」
「そういえばそうね」
私は頂上の少し前に見たのだけど、少し小さかったわね。
「でも、もっと良い物が見れました」
「え?」
「先輩の寝顔です」
「…っ!そういう思わせぶりなのをやめなさいと言ったのよ」
「あ、すいません。つい」
「そう謝られるとこれ以上責めれないけど。本当に反省してるの?」
「反省はしてますよ。後悔はしてませんけど」
「ダメじゃない。はぁ、でも。私も良い物を見たわ」
そう、とても。良い物を見た。
ふと、パレードが道の先に見えた。
一応ここで働いているから地図やパレードの流れもある程度知ってはいる。
記憶によればあれは最後のところだ。
でも、私が見たときはもっと最初の方の工程だった筈だ。
「ねぇ、今何時?」
「え、何時でしょうね」
腕時計をつけているのに確認しない。
これは確信犯ね。
スマホを見てみると丁度七時になったところだった。
起こしてくれれば良いのに。
「お土産買いに行きましょうか」
「はい、そうしましょ」
◆
「ただいまでーす」
あれから俺と係員先輩はお土産屋に行って俺はあの遊園地のマスコットキャラのぬいぐるみ的なのを。というか俺が着てた着ぐるみのぬいぐるみバージョンをあげた。
先輩は地味にあのキャラが好きらしい。
「おかえりなさい」
先輩が給湯室から出てきて言う。
先輩この時間でも会社にいるのかぁ。ちょっと珍しいかも?
大丈夫なのだろうか。
とは言っても俺もこれから仕事を片付けないと行けないのだが。
デスクに座り荷物を置く。
「そのキーホルダーは、視察で行った遊園地の?」
そういえば係員先輩がくれたものを言ってなかった。
「はい、貰いました」
「ふ〜ん、噂の先輩に?」
「はい」
「へぇ」
「どうかしました?」
「いえ、なんでもないわ」
◇
少し、戻って。
駅にて。
「これ、餞別祝いに」
「え、ありがとございます」
「精々、貴方の大好きな先輩に嫌われないようにね。これからも頑張りなさいよ」
そう言って先輩は駅から出て行った。
「はい!」
流石、係員先輩。渡すタイミングも完璧だ。
お土産屋さんで渡すのは味気なかったかもしれないな。
「精々、ヤキモチ妬かれなさい」
その呟きは風にのって。
「あ、妬くのは私に対してか」
なんて閉まらない言葉と共に誰に聞かれるでもなく、夜の空気に溶けていった。
誰にってわけでもないけれど、確かに何かに向けた想い
何かを想いと一緒にその人に渡しきってしまえばきっと未練は残らない。