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猫の選択と巨神戦争  作者: ぱらだいむ
第3章:戦争編
47/47

47:示威

 その場に困惑した空気が流れた。

 若い隊員が苛々(いらいら)しながら呟く。


「何言ってんだ、こいつ…」


 この女が推論通りコロニー連合系技術者の子孫であるとするならば、敗戦国の人間だ。

 戦勝国である火星同盟の兵士である自分達に対して、あまりに不遜な態度ではないか?


 しかも隊員は皆、訓練と投薬、さらにゲノム編集でシナプス可塑性を極限まで効率化しており、高水準の反射神経と運動能力、なにより相当の戦闘力を有している。

 そんな先遣隊全員をマザーアースから叩き出す? 出来るわけが無い。


 そう、敵だというなら話が早い。

 射殺命令が下れば2秒で蜂の巣に出来るし、拘束命令なら手足でも撃ち抜いてから確保すれば1分もかからないだろう。


 そんな空気をEGOが諫める。


「お待ちください」


 そして冷静に、女に語りかけた。


「あなたはエンスロ側に立っているとお見受けしました。であれば申し訳ない、地球への帰還作戦の途上、少数ですがエンスロの犠牲者を出してしまいました。その点は深くお詫びいたします。どうでしょう、今後一切エンスロの犠牲は出さない。むしろ共生・共存の道を模索する事をお約束します。それを条件に、対話に応じていただけませんか?」


 上手い。

 EGOはここまでの会話の流れから、ベストと思える提案をした。

 しかし女はゆっくりと首を横に振る。


「断る。人類が人類である以上、この問題は解決出来ない。何を言われようがこちらのスタンスは『お前等全員地球から叩き出す』一択だよ」

「困りましたね。それは現在地球で生活する者達の総意なのですか? なにかこう極めて個人的な意志のように思えます。あなたはその一団のトップ、もしくはまさか、あなたは『独り』だとでも言うのですか?」


 女は表情を変えない。この問答のどこまでが想定の範囲なのか。

 両手を腰に当てて、少し顔を前に突き出し、探るように聞き返してきた。


「さあね? そうだとしても、そうでないとしても……『では、どうする』つもり?」


 その時、ピッという僅かな電子音と共に、隊員達の銃火器の安全装置が開放された。

 本部側からの操作だ。


 作戦本部と中央司令室が痺れを切らし、『女を確保しろ』との命令が下る。

 即座に隊長が呼応した。


「アイ・サー。後は現場で対応します。EGO、サポートを」

「承知しました。レーザーの出力を最低限に設定。照準も補助します」


 続けてEGOは女に語りかけた。


「あくまで『敵である』と仰るのであれば、やむを得ません……拘束します」


 それを聞いた女は心底呆れたように言う。


「ほ~らね。相手が意に沿わなければ即座に実力行使。対話なんて何処へやら。ああ、それでこそ『人間』だ」

「命は保証しますので、なるべく抵抗しないでください」


 また僅かに女の口の端が上がったように見えた。


「やれるもんなら、やってみな?」


 言われたEGOは少し考える。

 ここまでの会話は女に主導権を握られないように進めてきたつもりだが、どうも流れを誘導されている気がしてならない。


 そこに隊長の指示が響いた。


「総員、構え。射撃成績トップは確か――」

「――スコアで言えば、自分です」


 若い隊員が即応した。


「よし。脚を撃って無力化してから確保しろ」

「アイ・サー」


 すかさずEGOのサポートが入る。


「最重要保護対象につき、確保した後は速やかに『アスクレピオス』を投与します。即死さえさせなければ問題ありません」

「わかった、任せてくれ」


 アスクレピオスは火星同盟に流通する治療用ナノマシンの名称である。


 若い隊員は滑らかな動作で照準を女の腿の辺りに合わせた。

 すると女は爪を見せるように中指を立て、ちょいと動かす。『来な』というゼスチャーだ。


「ちっ」


 彼は舌打ちして引き金を絞った。

 バシュッとレーザーの発射音が響く。

 舐めた態度を取られたのは気に喰わないが、どうせこの一発で女は脚を押さえてうずくまる結果となるのだ。


 しかしその刹那――まさにレーザーが発射されたと同時に――女の周囲に鏡のような物が複数出現した。

 キキキン! と甲高い音が響き、その鏡はレーザーの閃光を3回ほど反射させながら、綺麗に女の周囲を迂回させ、後方の虚空へと飛ばす。


「「「なっ!?」」」


 隊員達が一様に驚きの声を上げた。

 隊長の指示が飛ぶ。


「落ち着け、第二射」

「あ、アイ・サー」


 余裕の態度を崩さない女に向けて、再びレーザーを発射する。

 するとまた甲高い音が響き、今度は女の周囲を複雑に乱反射した後、隊員達の方向に弾き返してきた。


 ばすっ! と音がして若い隊員のすぐ足下に閃光が着弾し、派手な土煙が上がる。


「「「うおおおおっ!?」」」


 驚愕の声が上がる。

 同時に隊長からEGOに質問が飛ぶ。


「なんだこれは……何が起こっている、EGO?」

「はい、隊長。これは対レーザーのAPSと思われます。しかし……」


 APSとはActiveアクティブ Protectionプロテクション Systemシステムの略で、自身に向かってくる攻撃を無力化する、動的な防護機構を意味する。


 攻撃を瞬時に検知する監視網と、対応する防護の即応性に、高いレベルが求められる機構である。

 火星同盟にも似たような物は存在するが、膨大な計算コストと大がかりな仕組みが必要となるため、もっぱら拠点の防衛システムとして運用されていた。


 しかしこのケース、あきらかにこの女個人を防護している。

 普通の格好で草原に立っているようにしか見えないのに、如何にしてこれだけの防衛力を実現しているのか。


 女を取り囲んで浮遊する、鏡状の機構。

 EGOはそれを注視し、分析を試みていた。


 すると女はそれを見透かしたように、べぇと舌を出した。

 それと同時に鏡の機構がズルリと姿をかき消す。


 極めて高水準の光学迷彩。僅かな景色の歪みすら無く、完全に姿を消してしまった。


 観測者の方向を特定しているため、その向きに対して完璧な隠蔽を行なっているのだ。

 さらに赤外線をはじめとしたあらゆる索敵機器からも検知が出来ない。


 煽るような表情で女が言う。


「あたしにレーザーは効かないよ」


「ちっ、実弾を仕え」

「アイ・サー」


 即座に隊長から指示が飛び、若い隊員が背中にホールドされたサーマルガンを取り出して構える。


 これはプラズマの膨張圧によって弾を射出する電磁砲の一種である。

 レールガンと比較すると弾速は劣るが、消費電力のコストに優れている。


 火薬による射出とは比較にならない威力を誇るため、先程姿を見せた対レーザーAPS機構も粉砕できるはずだ。


 若い隊員は照準を女の腿に合わせると引き金を引く。

 その直前、女が言った。


「まあ実弾も効かないんだけどね」


 その瞬間『ぱきゅっ』というプラズマ膨張独特の音が響き、同時に『ぎぃん』と派手な音が鳴り、射出された弾はすぐ目の前で火花を散らしながら起動をずらされて少し先の地面に突き刺さった。


「「「!?」」」


 よく見ると銃口のすぐ先の空中に何か浮かんでいる。


 ユラユラと景色を歪めているが、どうやら頑丈そうな紡錘形の機構のようである。

 光学迷彩で隠蔽されていたらしい。これが弾道を逸らせたのだ。


 その機構は少しの間姿を見せていたが、またズルリと姿が見えなくなった。


「実弾へのAPSも備えるとは……」


 EGOが言った。どういうシステムなのか。

 APSの主要件である『向かってくる攻撃を無力化する』どころではない。


 あまりにも防護の即応性が高い。

 射出と同時に、いや射出した時には既に対応されている。


 何かこの場の全てを仔細に観察・分析されているかのようである。

 すかさず隊長の指示が飛ぶ。


「やむを得ん。総員、直接拘束しろ」

「「「アイ・サー」」」


 相手が凶器を保持している場合があるので、できれば脚を撃って無力化してから確保したかったが仕方ない。

 皆、軍隊格闘技の訓練を積んでいる優秀な者ばかりだ。あんな細っこい女1人、訳なく制圧するだろう。


 隊員達が女を取り囲むべくジリジリと動き始めたその時だった。

 女がこちらを指差し、短く言い放った。


「動くな」


 すると、どうしたことか。

 全ての隊員の動きがピタリと止まったではないか。


「うぐ?」

「なんだ……?」


 口々に困惑の声が上がる。

 隊長もすぐに異変に気が付いた。


「総員どうした!?」

「はい、隊長、動き、その、動けません」


 まるで女の一言で、全員が麻痺してしまったかのようだ。


「EGO、どうなっている?」

「はい、隊長。各員の動きから分析すると、身体の要所を拘束されている様です。しかし……」


 どうやら縛られているようだが、何で縛っているのか。検知できないのである。

 だが意外なことに、女がアッサリと種明かしをした。


「隠蔽した超強度のナノワイヤーで捕縛した。ああ、無理に動かない方が良いよ。その防護服ごと輪切りになりたくなければね」


 それを聞いた隊長が慌てて指示を飛ばす。


「なんだと? 総員止まれ!」

「「「あ、アイ・サー」」」


「まあ輪切りが見たいわけじゃ無い。要するに『あたしを制圧する事は不可能』。わかったかね?」


 女はこちらを指した指を上に向けると、指先で円を描くようにくるりと動かす。

 するとそれだけで拘束が解かれ、隊員達が開放された。


 隊長が机を叩く音が響く。


「なんてヤツだ。ただ立っているだけの相手に何もできんとは。何か手は無いか、EGO?」

「隊長、現在の兵装だと打てる手に限りがあります。加えて、相手は任意の対象に対し自在に光学迷彩を展開できるようです。つまり、まだ他に何を隠しているのか不明。ここは慎重を期すべきでは」

「ぐ……」


 彼は頭を抱えた。


 無理も無い。『女を確保しろ』は中央司令室からの命令だ。

 遂行できなければ責任問題に発展しかねない。


 いや、きょうび作戦展開域で何が起こっているのかは、克明に記録される。

 リアルタイムで上も状況を見ている。


 そうそう現場の責任という話にもならない筈である。

 ただ、責任論というモノは得てして上の心証に左右されるモノでは無いか?


 そんな想いが脳裏を去来する。

 いや、何でも良い。手を考えろ。次の指示を出すのだ。



 そうこうしていると、突然、女の背後から強い風が吹き始めた。

 長い髪と白衣が、ばたばたと此方へ靡いている。


 奇妙な風であった。

 女は丘の上に立っているが、その後ろ、丘の下から吹き上がっているのである。


 異変を分析したEGOが呟く。


「これは……馬鹿な……」


 その時、女の背後に巨大なマルチローター機がゆっくりと浮上しながら姿を現した。

 4つの旋回翼を持つ、真っ黒な戦闘ヘリ――いや、常軌を逸したサイズのドローンのようにも見える。


 その場の隊員達、隊長、作戦本部、中央司令室の反応も、EGOと同様であった。

 そんな馬鹿な、これは一体、と言う声が口々に上がる。


 この女がどうやってこんな所までやって来たのかの謎は解けたが、何より信じがたいのは、こんな巨大な航空機が居住テスト基地からわずか数㎞の地点に飛来していたことを検知できなかったことだ。

 マザーアースへの帰還作戦は慎重を期して運用されており、基地の周囲には警戒網が幾重にも展開されている。それら全てを掻い潜ったと言う事になる。


 そこへ女が告げた。


「とりあえず今日の所はこの辺で」


 それを聞いた隊長がガタンと椅子を弾き飛ばして立ち上がった。


 立ち去る気か?

 不味い。確保命令の出た最重要保護対象を取り逃がしたとあっては軍法会議ものだ。


「そ、総員構え!」

「「「アイ・サー」」」


 隊員達がガシャガシャと一斉に銃を構える。

 時同じくして、作戦本部からも『逃がすな』という指令が入った。


「ヘリを狙え。総員――撃て!」


 命令と同時に、幾重ものレーザーと実弾がドッと放たれた。

 しかし女は余裕の表情を崩さない。


「無駄無駄無駄無駄無駄ァ~」


 その瞬間、ヘリの周辺にあのAPS機構が一斉に姿を現した。

 そして甲高い音が鳴り響き、降り注ぐレーザーと実弾の掃射をすべて逸らせてしまったではないか。


 傷一つ付けることが出来ない。


「ば~~~~~っかじゃねえの? あたしに攻撃が当たらないのに、何故ヘリに当たると思うのだ?」


 女が煽るように言うと、隊員達が悔しそうな声を上げた。


 直後、APS機構の姿が掻き消えると同時に、ヘリの下部ハッチが開く。

 すると女はくるりと踵を返し、スタスタとハッチの方に歩き出した。


 そして歩きながら少し顔を此方に向ける。


「あ、そうそう。さっき『今後一切エンスロの犠牲は出さない』と言ったね? その点は守った方が賢明だ。でないと――」


 そう言いながら女が手を挙げると、ガシャンと音がしてハッチの両脇にロータリーキャノンが展開した。

 細いレーザー砲を幾重にも束ねた、巨大なキヤノンであった。


 それが唐突にキュキュキュキュ! と怪音を発しながら多数のレーザーを一斉に発射してきた。


「「「うわあーッ!」」」


 隊員達の絶叫と共に、彼等の居る辺りに着弾し、派手な土煙が上がる。

 隊長も堪らず声を上げた。


「総員、無事か!? どうなった!? EGO!」

「はい、隊長。幸い威嚇射撃だったようです」


 土煙が晴れると、へたり込んだ隊員達の周囲の地面が派手に抉れている。

 全員無事のようだ。


 女が続けた。


「――『全員叩き出す』から格上げして『全員ブチ殺す』。覚えておきな。……あれ? 格上げ? 格下げか? ま、いいや」


 挙げた手をヒラヒラ振りながら、ヘリに乗り込む。

 同時にキャノン砲が収納され、ハッチが閉じて行くと、ヘリ全体の姿がユラユラと歪み始めた。


 光学迷彩だ。さらにヘリのマルチローターが発する派手な風切り音が、どんどん小さくなって行く。

 そうしてヘリがすっかり姿を消すと、その音も殆ど消えてしまった。


 奇妙な光景だ。

 何も無い空間から音も無く下向きに突風が発生し、下草を放射状に激しく靡かせている。


 EGOは抜け目なくレーダー、ソナー、赤外線センサー、光学センサー、あらゆる索敵機器を展開したが、そのどれにも掛からない。

 自分(火星同盟)が行使するステルス機能と同等か、もしくはそれ以上か。


 程なくして検知不可能な航空機は高度を上げ、いずれかに飛び去ってしまった。

 どの方角に向かったのか、それすら検出できなかった。


 此度のマザーアース帰還作戦は、当然ながらあのような敵対勢力の存在は想定していない。

 しかし当然、人類は引き下がったりしない。計画を練り直すしかない。



 へたり込んだままの若い隊員が、ほうけた顔で呟く。


「え……これ現実……?」


 彼は幽霊など信じていなかったが、やはりこれは何かそのあたりの、超常現象の類いではないのか?

 そう思った。


読んでいただき、ありがとうございます。

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※誤字脱字、表記揺れは突っ込みいただけますと幸いです。

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