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猫の選択と巨神戦争  作者: ぱらだいむ
第3章:戦争編
46/47

46:布告

 一週間後。


 既に密林には多数の制御柱が設置され、簡易な居住施設までもが建造されていた。

 その施設では先遣隊員が数日ごとに交代しながら、防護服無しで当直する実験が進行している。


 前回のエンスロ掃討以降、制御柱の設置を進める途中で幾つかの集落を発見したが、殆どがもぬけの殻であった。

 何体か遭遇することはあったが、問題なく排除できている。


 特に大きな反撃・反抗なども起きていない。

 散れ散れに逃げ出したか――以前EGOが言っていたように、つまるところエンスロは人類の脅威たり得ない。明白であった。



 その日の昼。

 若い隊員は当直を次の担当者に引き継ぐと、久しぶりに防護服を着用し、幾人かの仲間と共にナノマシン制御範囲外に歩を進めた。


 なんでも、ここから南方面は地表に岩盤層が露出していて、制御柱を設置するには整地の必要がありそうなのだという。

 そのための地質調査を命じられたと言う訳だ。


 隊員達が30分ほど進むと密林も途切れ、草原が広がる丘陵地帯に入った。

 岩盤層とやらはもう少し先らしく、この辺りは一面の草に覆われている。


 緩やかな風に草が靡く。

 美しい景観だ。


 しかし勿論、油断は禁物。

 若い隊員は生唾を飲み込みながら、手元の計器に視線を送る。


 ペイルライダー……特濃。

 この一見美しい草原は、その実、致命的なナノマシンが渦巻く地獄なのだ。


「ちっ」


 彼は舌打ちし、傍らの仲間に声を掛けた。


「マザーアースでの居住テスト。聞こえは良いけどさ。これって結局、人体実験のたぐいだよな?」

「結局『上』は、観測じゃ納得しないのさ。実際に人員を送り込んで、ペイルライダーの影響を受けずに生活できる所を確認したいんだよ」


 そこへEGOが落ち着いた声で告げる。


「舌打ちの後から、司令部へ音声通信を飛ばさないようにしています。また録音もしていません」


 隊員達はドッと笑った。


「ハハハ。さすがEGO、いつもありがとな」

「いえいえ」


 そう、先遣隊は志願制とは言え、常に死と隣り合わせだ。

 その上言論統制などしようものなら、隊員達の精神健全性が担保できない。


 適度な愚痴を認めてガス抜きさせるだけの柔軟性を、EGOは持ち合わせていた。


 極めて優秀なサポート能力。いつでも冷静、的確。

 それがEGOである。


 しかしその直後に隊員達は、かつて一度も聞いたことが無い、『慌てた調子』のEGOの声を聞くことになった。


「な……に……っ!」

「ん? EGOどうした?」


 同時に隊員達の手首の機器が振動する。EGOが発した警告だ。

 いや彼等に向けて発せられただけでは無い。


 施設に当直している隊長、静止軌道上の作戦本部、果ては遙か火星の中央司令室。

 およそ量子テレポート通信網がカバーする全範囲の指示系統に、警告が発せられた。


 同時に若い隊員のバイザーに、EGOが検知した対象を指し示す矢印が浮かぶ。

 彼がいぶかしげにその方向を見やると、信じられない光景が目に入った。



 陽光の中、30メートルほど先の丘の上に、女が立っている。



 防護服を着用していない。

 ワイシャツ、黒いスカート、ストッキング、パンプス、白衣。


 真っ黒い、長い髪を風に靡かせ、腕を組んで仁王立ちしいていた。


 ペイルライダーが濃密に漂う大気の中で。

 マスクすらせず、顔を出している。


 美人と言って良いだろう。

 怒ったような顔で、こちらを睨んでいる。


 美人の怒り顔というのも中々見栄えがして良いものではあるが、それにしても奇妙極まる。

 人類が1人残らず死滅してしまったはずの、このマザーアースで仁王立ちする女。


 若い隊員は幽霊など信じていなかったが、これは何かそのあたりの、超常現象の類いと思われた。

 一行はどうにか銃を構えたが、完全に動揺している。


「え……? なんだこの状況。どうしたら良いんだ? EGO?」

「ほ、本部、隊長、応答願います!」


 ヘルメット内のスピーカーからザワザワした声が響く。

 作戦本部にも動揺が走っていた。


「こちら作戦本部。想定外の事態だ。隊長、見えているか」

「こちら先遣隊長。はい、居住テストで当直中ですが、状況モニターしています」


 それを聞いた若い隊員はフーッと大きく息を吐いた。


「ああ、隊長。こんなの聞いてないですよ。とりあえず確保ですかね? 指示願います」

「待て、先ず相手の目的が分からん。本部、どうします?」


 隊長には現場で起きる事柄に対する判断権限が与えられていたが、流石にこれは権限の範疇を大きく越えている。

 そこへ落ち着き(?)を取り戻したEGOが告げた。


「方針を出します。少々お待ちください」


 そうしている間もスピーカーから本部の混乱が漏れ聞こえていた。

 どうなっている、だの、これでは前提が、だの。


 それはそうだ。死の世界で、生きている人間がいた。この女にとって、ここは死の世界では無いというのか。

 マザーアース帰還作戦の根底、大前提が崩れる話だ。



 EGOは本部に方針を幾つか提案しながら、同時に様々な観測・分析を行ない、各員に共有していく。


・ホログラムの類いでは無く実在している。

・間違いなく生きている人間。

・10代後半から20代前半のアジア系女性。

・推定身長159㎝、推定体重49㎏。

・網膜、虹彩、他、現状判定し得る全ての生体認証情報と、記録の残る全ての宇宙移民の生体認証情報を照会したが、該当者無し。


 つまりこの人物の正体、不明。

 以下正体についての候補。


①宇宙コロニー連合系技術者の子孫。

②辺境のコロニーで誕生した戸籍未登録者が何等かの方法でマザーアースに降りた。

③トウテツによる破壊を免れたハイパースリープ装置から目覚めた過去の人間。


 注:

 ②および③に関しては既にペイルライダーに罹患しており、余命が長くない可能性有り。

 また③に関しては装置の動力維持の問題があるため、可能性は極小。


 一瞬にして、これらの情報が各員の共通認識と化した。


 特に問題なのが①の場合だ。

 未知の『ペイルライダーへの対抗策』を有している可能性がある。



 火星同盟と宇宙コロニー連合は、アステロイドベルトの採掘権を巡り、100年ほど前まで戦争状態にあった。

 その戦争は火星同盟の勝利で終結し、全てのコロニーは火星同盟の支配下に置かれる事となった。


 しかし最後まで抵抗を続けた『ラグランジュ1:コロニー』は、火星同盟の激しい攻撃により機能を消失。

 事前に行なわれた最後通告により住人の大多数が他コロニーへ疎開したため人的被害は少なかったものの、ラグランジュ1には古くからペイルライダーの対抗策を研究する施設が存在した。


 そして火星同盟の兵士達が研究所に踏み込んだ時、すでにそこは破棄されており、研究内容も、技術者も、何も残されていなかった。


 敵国に渡すまいと全ての情報を潰してしまったのか、もともとたいした研究成果は無かったのか。

 技術者達は逃げ出したか、それとも既に戦争にかり出され命を落としていたのか。


 詳細は不明だが、少なくとも火星連合はペイルライダーの対抗策について、コロニー連合側が培った情報を得られなかったのだ。

 そのこともあってか終戦後、技術者達は一か八か全ての研究資材を携え、マザーアースに逃れた……という噂が立ち昇った。

 ともすれば賭けに勝ち、全滅前にペイルライダーへの対抗策を確立したのではないのかと。


 勿論それは、戦後の混乱期によくある噂、都市伝説の類いと言えるだろう。

 行方知れずの者に、ある種の希望を見出す……よくある話だ。


 では、だとるすと、この女は何者なのか。



 その時、ピッという僅かな電子音と共に、隊員達の銃火器の安全装置がロックされた。

 同時にEGOが隊員達に告げる。


「許可があるまで発砲は禁止となります」

「わ、わかったよ、EGO」


 本部との協議の結果、先ずは穏便にこの女の正体と目的を聞き出す方針が決定されたのだ。

 直後、隊員達の防護服に取り付けられたスピーカーが外向けに設定され、EGOから質問が投げかけられた。


「あなたは何者ですか? 理解できる言語はありますか?」


 まず英語、次いでロシア語、中国の幾つかの言語、韓国語、日本語、タイ語、マレーシア語…様々な言語で、矢継ぎ早に同じ質問を飛ばす。

 すると女は腕組みを解き、腰に手を当てて答えた。


「インドネシア語で話そう。人に物を尋ねるときは、まず自分から名乗ったらどう?」


 完璧なイントネーションだ。ネイティブのインドネシア語話者に思える。

 東南アジア系というより、東アジア系の人間に見えるが……。


 僅かな時間EGOは考える。


 こちらの立場をどの程度明かすのが正解なのか。

 この点については、一応中央司令室への確認を済ませ、許可を取った。


「はい。我々は火星から来ました。マザーアース、つまり地球への帰還作戦を遂行中。私は計画の骨子を立案し運用まで受け持つ軍事用AIのEGOと申します。あなたに危害を加えるつもりはありません、ですが、幾つかの質問に答えていただきたいです」

yaはいyaはい。やっぱりね」


 何が『やっぱり』なのか。

 まるでこちらの出自が予めわかっていたかのような口ぶりだ。


「可能な限り『はい』か『いいえ』でお答えください。質問の意味が不明な場合は『わからない』でも結構です」


 女が頷き、EGOが続けた。


「まず2つ質問させていただきます。1つめ、あなたはコロニー連合の技術者の子孫ですか? 2つめ、ペイルライダーへの対抗策を持っていますか?」

「1つめ『わからない』。2つめ『はい』」


 2つめを答えた時、女の口の端が僅かに上がったように見えた。


 隊員達、および作戦本部にざわっとした気配が広がる。

 やはりこの女にとって、ここは死の世界では無いのだ。


「次の質問です。あなたは地球生まれですか?」

「ふむ。やはりこれは『20の質問』だね」


 女は右手を挙げてヒラヒラ振り、EGOの質問を打ち切った。


 本来20の質問とは、『はい』か『いいえ』で答えられる質問をおこない、20問以内で答えにたどり着くゲームである。

 適切な質問を繰り出し続ければ、20とかからず正解を導き出せる。


 今EGOは女の正体に迫ることを試みた。その狙いを看破されたのだ。


「……なるほど。つまりあなたは、なるべく自分の正体を明かしたくない。インドネシア語を話すのも、この地がかつてインドネシア領であったから選択しただけ。という事ですか」

「そうなるね。既に伝えたいことは伝えられたし」


「我々とは別系統の、ペイルライダーへの対抗策を持っている。我々はどうあっても、その情報が欲しい。イコール自分の安全を確保した」

「察しが良いねえ」


 EGOは女と話すのと同時に中央司令室との協議を行なっていた。

 つい今しがたその席上で、この女は『最重要保護対象』と規定された所だ。


「こちらに名乗るように促しながら、自分の正体は明かさない。それでいて自分の安全は確保。いささか意図が不明瞭です。あなたの目的は何でしょうか?」


 それを聞いた女は上を向き、息を吐き、頭をガシガシ掻いた。

 みるみる眉間に皺が寄って行く。


 再び顔をおろすと、強い怒りの表情であった。戦う者の顔だ。

 腕を組み直し、大きく声を張る。


「少なくともこの地上では、人類が滅びて2000年経った。それは何故だと思う? 不寛容だよ。沢山の種族を滅ぼして、同じ人間同士でも殺し合って。イデオロギーの違い、肌の色の違い、思想の違い。些細な違いを認めず、排斥する不寛容こそが、滅びの元凶。でももう、そのままでいいよ。それこそが人間だもの。そして今、この地上はあの子達の物。あんたたちがエンスロと呼ぶ、あの可愛い子達の物。種族を越えて愛し合い、協力し合うあの子達こそが、次代の主役なの」


 兵士達と、通信をリアルアイムで聞く作戦本部、さらに火星の中央司令室にまで、ざわざわと動揺が広がる。

 女が続ける。


「我々人類は、過ぎ去った世界の住人なんだよ。その生物的役割が終わり、次の世界に移り変わっている。演目を終えた役者がいつまでも舞台にしがみついて居たら、駄目なんだ」


 ざわめきが頂点に達する。

 この女は――


「最初の質問に答えてあげる。あたしが何者かって? あんたたちの敵だよ。あたしは不寛容で狭量な人間で、同じく不寛容で狭量な人間に敵対する。あんたたち全員、地球から叩き出してやるから、覚悟しろ!」


 ――この女は、人類の敵である。


読んでいただき、ありがとうございます。

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