45:蹂躙
熱帯の森林の中、巨神の一団が談笑している。
ALAYAは何人かの口元をズームし、唇の動きを読み取った。
「バラバラの言語です。こちらに居る、隊長と思しき男性は英語。一方こちらの若い男性は日本語。その隣は……ドイツ語のようですね」
それぞれの言語がリアルタイムで翻訳されて、問題なく会話が成立していた。
さくらが難しい顔をしながら言う。
「そりゃあ、バベルの塔が建つ訳だ」
バベルの塔は旧約聖書に登場する、天を目指して建造された巨塔の事である。
神はその傲慢さに怒り、人間達の言葉をバラバラにし、意思の疎通を不可能にしたという逸話だ。
それによって協力することが出来なくなった人間達は塔の建造を諦め、各地に散ったのだという。
だが今や、人類は成し遂げたのだ。天と地を繋ぐ巨大な塔、軌道エレベーターの建造を。
さくらはそれを、旧約聖書の巨塔に準えた訳である。
とはいえリアルタイムの翻訳は、さくらが眠りについた時代でも、相当に発展していた。
それから2000年が経過した現在では、より高度化していて当然だ。
むしろ興味深いのは『わざわざ色々な言語を保全した』点だろう。
地球への帰還が叶わなくなった、多国籍の集団。
生き残るために、あらゆる面で効率化を徹底する必要があったはずだ。
例えば言語などは、真っ先に英語あたりに統一されそうな物である。
さくらが少し考えてから、続けた。
「むしろ逆か。文化を喪いたくない、と」
頭の回転が速いさくらは、多い口から出る言葉の文脈が飛躍することが多い。
ALAYAも慣れたもので、さくらの思考の流れを類推し、さらりと合わせた。
「はい。いつか必ず地球に帰還し、また各地に散って、再び様々な言語圏・文化圏を形成するという、強い意志を感じます」
「そうだね~」
「彼等の唇の動きから、会話内容を再現・音声化します」
「うい。よろしくね」
◇◇◇
若い隊員が尋ねた。
「そういや隊長、あの話本当なんですか?」
「ん? どの話だ?」
「ほら何か動物が進化して喋るとか何とか」
「ああ、奴等は『Anthro』と呼ばれていてな。昔から軍部は把握してたんだが、本当の話だ。そうか、配属の時に聞かされたら驚くよな」
Anthroとは『獣人』を指す語句である。
「いやはや、冗談キツイですよ。なんでそんな存在を、民間には秘密にしているんですか?」
「そういやそうだな?」
隊長と隊員の疑問を受けて、首元のスピーカーからEGOの声が響く。
「それはつまり、帰還計画への『反対派』『慎重派』が生まれないか、懸念があると言うことです」
「ははーん。『エンスロを保護しよう』だの『人権? がどうの』って事か」
「はい。そうした議論や調整にかかるコスト。それらは帰還という大目標からすると無駄極まりない、という判断です」
「なるほど。しかし、そんな心配は必要ないと思うが。なあ?」
隊長が若い隊員に水を向ける。
すると隊員は顔をしかめ、舌を突き出し、吐くように言った。
「オエ……まじで喋るんですね……気持ち悪……」
彼の脳裏には、あの火星の下水路に棲み着いた、汚いドブネズミが浮かんでいた。
ドブネズミが二足で立ち上がり、何やら喋りながら、大挙して襲ってくると想像する。最悪だ。
「だよな」
隊長が相づちを打つ。
彼等からすると、人間以外の生物は基本的に人間のために存在しているのだ。
人間こそが万物の霊長、全生物の頂点。
遙か入植時代、火星に持ち込まれた、牛も、豚も、鶏も、魚も。
全て『繁殖して数を増やし、人間の糧になるべきもの』だ。
人間以外の生物を愛でたり、大事に扱ったりする感性は持ち合わせていない。
ネズミやゴキブリに至っては、何のために存在するのか意味不明である。
百歩譲って存在しているだけならば問題無い。
ただもしも、そんな奴等が帰還計画に抵抗などしようものなら。許されない。許されるはずが無い。
「頼もしいですね」
と、EGO。
言われた若い隊員は頭を抱えた。
「想像しただけで気分が悪い。相手の戦力は、どの程度なんだ?」
「作戦要綱に纏まっていますが――隊長、必要な情報はしっかり伝達してください。ブリーフィングの内容は明らかに不足しています」
隊長は苦笑し、改めて隊員に告げた。
「すまんすまん、やつらへのスタンスは明確なんだ。『見つけ次第、排除して構わん』。OK?」
「アイ・サー。それは精一杯務めます」
すかさずEGOが補足する。
「トウテツの沈静後、相当数のサンプルを採取。生体実験と解剖を重ね、理解が進んでいます。つまるところ人類の脅威たり得ません。しかもそれらのサンプルは既に――」
その時である。
先遣隊全員の手元の機器が振動した。
音を立てずに警告を伝える機構だ。
同時に骨伝導イヤホンからEGOのアナウンスが入る。
「ヘルメットを装着してください。奴等が来ます」
「「「!」」」
全員が一斉に立ち上がり、素早くヘルメットを装着する。
直後、隊長から指示が飛んだ。
「総員、武装のセーフティ解除。EGO、視覚サポート」
「承知しました」
隊はガシャガシャと武器を構え、死角が無いように円陣を組む。
よく訓練された動きだ。
次いで、各員のバイザーを通して見える景色が明るく補正された。
それだけではない。
生体センサーの検知表示から、ある程度のサイズの生物、しかも組織的な動きをする物を検出し、それら1体1体の輪郭を明示した。
つまりそれらが奴等、エンスロというわけだ。
「ちっ」
隊長が舌打ちをする。
かなりの数だ。
ほどなく先遣隊はエンスロに取り囲まれた。
森の暗がりの中、木立や岩陰に、巧みに身を隠している。
視覚サポートが無ければ、殆ど視認できないだろう。
同時に何体かのエンスロ――毛民が、隊の前に歩み出た。
ジャコウネコ。
ビントロング。
マングース。
やや大型の個体は、ウンピョウか。
皆、鳥の羽や綺麗な石を加工したネックレスやブレスレットで飾り立て、それぞれ槍や弓矢、投石紐などで武装している。
いずれも、古くからこの地域に生息する動物から進化した毛民である。
いわゆる『暁』は、この地にも及んでいたのだ。
この地の毛民達も基本的に『不殺』なのか。
正体不明の相手に対しても、不意打ちや先制攻撃をする事は、無いようだ。
彼等は慎重に武器を構えながら、先遣隊に何か問いかける。
未知の言語であった。
日本の毛民達と違い、言葉を教えてくれる者も居なかったのだろう。
独自に発生した言語らしかった。
先遣隊のシステムをもってしても、翻訳――つまり意思の疎通は――不可能である。
それが災いした。
「こっ、こっ、この……っ!」
若い隊員が呟きながら、ブルブルと震えている。
ナノマシンの渦巻く環境、夜の闇、熱帯の森の中、武器を構えた未知の原住民に取り囲まれた、異様な状況。
そこへ先程聞いたシンプルな命令『見つけ次第排除して構わない』。
色々な条件が合わさって、トリガーにかかった指は驚くほど軽く動いた。
「この糞土人どもがァーッ!」
そう叫んだ瞬間、ばすっ! という派手な音と一条の光が迸る。
次の瞬間、毛民の先頭に立っていたジャコウネコの首から上が、すっかり消し飛んでいた。
しゅうしゅうと白い煙が断面から上がり、ジャコウネコはドッと倒れ込んだ。
「「「!?」」」
先遣隊を囲む毛民の群れに動揺が走る。
次の瞬間、隊長から短く命令が飛んだ。
「撃て」
途端に、ばすばすばすばす! と音が響く。
森の中がレーザー光で明るくなるほどの斉射であった。
体に大穴が空いた毛民が、ばたばたと倒れていく。
一瞬にして毛民達は大混乱に陥った。
さらに次々と隊長の命令と、EGOのサポートが積み重なる。
「総員、陣形乱すな。対象が射線に入ったら即撃て。EGO、インセクトをこっちに寄越せ」
「はい。既に向かわせています。あと10秒で到着。併せて光学迷彩、展開します」
ほどなく現場に到着した金属アシナガグモが戦闘に参加し、次々と毛民にレーザーを放つ。
同時にずるりと、先遣隊全員の姿が見えなくなった。
◇◇◇
「ああああああっ!」
モニターに齧り付いたさくらが絶叫した。
「駄目っ! 何やってるの! 逃げて、勝てっこない!」
光学迷彩に隠れた一団に対して、幾つか矢と石が飛んだが、全て打ち落とされる。
金属アシナガグモが飛翔物の軌道を計算し、迎撃しているのだ。
戦力差は歴然である。
しかし毛民達は逃げ出さなかった。
彼等は争いを好まないが、臆病というわけでも無い。
倒れた仲間を助けようと歩み出て、次々とレーザーに打ち抜かれていく。
「ぐぶっ……げほっ!」
「博士!」
さくらは嘔吐し、ALAYAが心配そうに声を掛ける。
「おのれ宇宙移民、一度ならず二度までも、博士に嘔吐させるとは」
「ALAYA、げほっ、ALAYA! どうにかならないの!?」
「むむむ、お待ちください」
ALAYAは唸った。
この状況で、毛民の被害を減らす。しかも先遣隊の一団に、自分の存在を悟られずに。
無理難題もいい所だが、最愛の主の命令だ。応えなくてはならない。
ALAYAは改めて光学迷彩と防音、各種ジャミングを最大限に張り直す。
同時に、先程から収集している『毛民達が発する語句』を分析した。
そして物陰から飛び出し仲間の元へ駆けつける際の発声を『神や精霊への祈りの語句』と類推する。
また意を決して矢を放ち投石する際の言葉を『相手を追い払うまで、我々は逃げない』といった意味であると、あたりを付けた。
分析しながらシャカシャカと動き回り、微弱な指向性音響で『我は精霊』『逃げろ』と言った意味の語句を、毛民達に耳打ちしていく。
耳打ちされた毛民はビクッと反応し、きょろきょろと辺りを見渡す。
ALAYAは反応を見ながら語句を調節しつつ、次々と耳打ちしていった。
暫くすると徐々に毛民達が撤退していく。
苦労の甲斐があったようだ。
やがてモニター越しに先遣隊の光学迷彩が解かれ、同時に隊長が右手を挙げ『撃ち方やめ』の命令を出すのを見届けると、さくらは天を仰ぎ、ああ……と呟いた。
眉間に皺を寄せ、難しい顔で考え込んでいる。
ALAYAも悩ましげに、ユラユラと空中を漂った。
さくらが考えていることは分かる。
『宇宙移民を追い払う』
『2度と地球に戻ろうと思わせない』
この命題に、もう一つ条件が加わった。
『毛民の被害を最小限にしながら』である。
難問だ。
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