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猫の選択と巨神戦争  作者: ぱらだいむ
第3章:戦争編
44/47

44:制御

 その日の深夜。

 2000年前に『ボルネオ』と呼ばれていた巨大な島の中央付近、深い森に覆われた山中。


 木々が薙ぎ倒され、ちょっとした広場が出来ている。

 その広場は1㎞程の間隔で、正三角を成す形に3カ所、発生していた。


 1辺1㎞の、巨大な正三角形。

 そして3カ所それぞれの広場で多数の『景色の歪み』が忙しなく動き、広場に巨大な柱を突き立てる工事を行なっている。

 光学迷彩により視認できないが、重機なども投入されているようだ。


 その工事は数時間で完了し、山中に3本の柱が設置された。


 しばらくすると柱が赤紫色に発光し、ゆっくりと明滅を始める。

 それと併せるように、広場に居た『景色の歪み』の一団から声が上がった。


EGOイーゴ、いったん光学迷彩を切って貰っても良いか?」


 ややあって、スピーカーから返答が響いた。


「……はい、隊長。作戦行動に支障は無いと判断し、光学迷彩をオフにします」


 抑揚の少ない、落ち着いた感じの、不思議な声だ。

 ステーションの駐在員という訳でもないらしい。


 直後パリパリと音が響き、防護服に身を包んだ巨神の一団が姿を現した。

 同時に、隊長が声を発する。


「よし、行くぞ」

「「「アイ・サー」」」


 呼応した一団が森の中、3本柱の内側に歩を進めた。



 しばらく熱帯の森林を進みながら、この先遣隊で一番年若い男が改めて周囲を見渡す。

 周囲は夜の闇に覆われているが、ヘルメットのバイザーを通して明るく補正された景色を見ることが出来るのだ。


「すごい……」


 と、呟いた。


 鬱蒼と茂る樹木、濃密な酸素。

 節足類、爬虫類、鳥類……雑多な生物群。


 あまりにも反応が多いので、先程から生体検出センサーをオフにしているほどだ。

 ここはまさに、生命の坩堝るつぼであった。


 彼の故郷である火星とは、何もかも違った。


 あの荒涼とした赤茶けた大地は、ドームに覆われた居住区から外に出ると、満足に呼吸も出来ない。

 長期に渡る火星のテラフォーミングにより、地表には水と幾許いくばくかの地衣類、大気には酸素が含まれるに至っているが、それでもドーム外は呼吸に適した気圧に届いていなかった。


 火星の冷え固まったマントルでは磁気圏を形成できず、太陽風が大気を損なう為だ。

 人工的な磁場の生成も試みられているが、大気圧が上昇するには、まだ数世紀はかかる見通しである。


 なにより一番の違いは、生物の多様性だろう。


 火星における人間以外の生物と言えば、入植実験で持ち込まれた家畜と、数種の淡水魚、生産性の高い農産物、その土壌を支える微生物くらいな物だろう。

 愛玩動物ペットなど一匹も居ないどころか、その概念からして存在しなかった。


 他にも居るとすれば――ネズミと、ゴキブリくらいだ。

 入植実験の資材搬入の際に、奴等はどうにかして紛れ込み、居住区の用水路や下水施設などに、しっかり棲み着いていると言う訳だ。



 徴兵により軍属となった彼が『マザーアース先遣隊』に志願したのも、厳しい重力トレーニングをクリアしたのも、ひとえに好奇心の賜であった。

 数日に渡る軌道エレベータによる降下、地上に到着した直後の作戦行動……本来であればヘトヘトに疲れている筈であるが、火星の3倍近い重力下であるにも関わらず、彼の足取りは軽かった。


 いや、先遣隊のメンバーであれば、皆、似たり寄ったりかも知れない。

 例え致命的なナノマシンが渦巻く地獄であろうと、人類の好奇心と、開拓精神を止めることなど出来やしないのだ。



 一団はさらに進むと、ほどなく歩を止めた。

 目標としていた、3本柱の内側エリアの中心部に到達したためだ。


 時を同じくして、ピピッと電子音が鳴った。

 各員の手元に装着された機器が、大気中のナノマシン濃度の低下を知らせているのだ。


 トウテツ……周辺大気、防護服への付着、共にゼロ。

 ペイルライダー……防護服への付着、ゼロ。周辺大気――――ゼロ。


 隊長がヘルメットの中で軽く口笛を吹いた後、問いかけた。


「EGO、状況は?」

「はい、隊長。制御柱ピラーの効果は事前のシミュレーション通り推移。現地の風速は南西より0.2m/sの静穏。当該地域の気圧配置から突風の発生する可能性は極小。好機ですね」


 それを聞いた隊長は、頬を膨らませながら、フーと息を吐き、意を決するように言う。


「よっしゃ、やるとするか」

「はい。幸運を」


 その短いやりとりの直後、隊長は防護服の首元にある留め具を、バチンと立てた。

 そして両手をヘルメットに添える。


 一団は全員、固唾を飲んでそれを見守っている。


 隊長は暫くの間その体勢でジっとしていたが、意を決したように取り外しにかかった。

 バシュッと防護服内のエアが漏れ出す音が響き、ヘルメットをすっかり頭から抜き取ると、脇に抱え直す。


 ギュッと閉じていた目を恐る恐る開き、あたりを見渡すと、ゆっくりと深呼吸する。


「これが……マザーアースの空気か。なるほど、美味い……!」


 そう言った。

 同時に、首元のスピーカーから歓声が聞こえた。


 状況をモニタリングしていた、静止軌道のステーションに駐在するスタッフたちの歓声だ。

 いや、周りの先遣隊全員も、飛び上がり、歓声を上げていた。

 それらがごちゃ混ぜとなった大歓声であった。


 実際、ここの空気は森林の草木が放つ揮発性有機化合物フィトンチッドによる清涼感に満ち、火星の埃っぽい大気とは比較にならない。

 まさに『美味い』としか表現できない物だ。


 続けて隊員達が次々と首元の留め具を立て、ヘルメットを取り外し始めた。



◇◇◇



「あいやー」


 さくらが渋い顔をして呟いた。


「なるほどねえ。あんな感じで柱を使って、ペイルライダーを押さえ込む訳ね」

「博士の読みが当たりましたね」


 ALAYAは慎重に木々の間を移動しながら、なるべく近距離で巨神の一団を監視し、リアルタイムで動画を中継している。

 夜の闇に包まれた森の中、地上に降りて『多脚』状態になっており、おまけに光学迷彩を展開中だ。


 さらに、あらゆる索敵機器に対し、完璧な隠蔽処理をしている。

 これに気付ける者は居ないだろう。


「しかし、いったいどうやって制御しているのか。あの柱状の構造物、一度じっくり調べてみたいものです」

「ALAYAでも分からんってコトね?」


「はい、残念ながら……というか量子鍵って、そもそも『突破できる』のですね。驚きました。流石は人類2000年の英知といった所ですか」

「なんかこう、発想の転換が要るんだろうけど。人間ってそういうの得意だからねぇ」


 ペイルライダー同士は量子テレポート通信でリンクしている。

 勿論現在ALAYAが使う通信に比べれば、扱うデータ量が小さい、極めて初期的な物である。


 そうは言っても量子通信、外部からの傍受・解析・アクセスは不可能だ。 

 それでもペイルライダーが開発された当時は、展開地域や攻撃対象を決定する運用環境が存在した。


 その運用環境へアクセスするのにも量子暗号鍵が必要で、今ではその鍵を知っている者も居ない。

 また悪いことに、大戦末期に運用環境そのものがトウテツに食い尽くされ、失われてしまった。

 

 それ以来ペイルライダーのデータ網は完全にクローズド化してしまい、外部からの干渉が不可能となったのだ。

 つまり、その活動を止める手段が理論的に存在しないはずであった。


 にもかかわらず、あの柱の効果範囲内ではペイルライダーに活動停止の命令を上書きしているように見受けられる。

 うーむ、と考え込むALAYAを、さくらはツルツルと撫でてやった。


「あたしの健康を維持しているのだって、向こうからするとビックリだと思うよ。あんな柱なんか無くたって、ピンピンしてるんだから」

「はい、恐縮です」


 さくらが少し考えてから言う。


「理屈は分からんが、3本の柱で囲まれたエリアでは、ペイルライダーの活動を制御できる訳だ。うーんと、最初にさ、エリアの中心部に向かって移動してたよね? あれは何でだろ?」

「そうですね……機能要件からすると、エリア内ならば何処でも同等の効果を担保しそうな物ですが……」


「だよね。となると~、ん、ん。そうか。制御効果発揮に少しラグがあるのかな。風、だね」

「なるほど。強い風が吹いて、エリア外から新たなペイルライダーが流入すると不味い。少なくとも、制御効果発揮の前に罹患するリスクがある」


「うん。となると、体内に侵入して体組織への偽装モードに切り替わったペイルライダーは制御し難い。もしくは、できない」

「はい。覚えておきましょう。情報は多いのに越したことはありません」


 さくらは軽く頷いた。


「じゃ、向こうの次なる手は明白だ。あの柱をどんどん降ろして、どんどん設置。制御エリアを拡大していく」

「そうなりますね。エリアが広くなるほど、中心に近い区画が安全になっていきます」


「だね。極論すると、地表全てが制御エリアになれば――」

「――テラフォーミング、完遂となります」


 そういう事だ。

読んでいただき、ありがとうございます。

続きが気になりましたら、ブックマークと☆評価をご検討ください。


※誤字脱字、表記揺れは突っ込みいただけますと幸いです。

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