43:監視
1週間後。
軌道エレベーターの長大なケーブルに沿って、重厚な篭が降下している。
静止軌道のステーションから数日かけて地表を目指して降下していたその篭は、今や大気圏内に入り、間もなくその旅路を終えようとしていた。
それから数時間。
洋上の人工浮遊島――軌道エレベーターの地上側ステーション――に到着した篭の隔壁が開き、中からどやどやと、何者かの一団が降りてくる。
皆同じ格好だ。
真白く艶々した、分厚い防護服。手先・足先まですっかり覆われている。
ツルツルした丸いヘルメットはコーティングにより周りの景色を反射し、中の様子は窺えない。
あの『毛民擬き』と同じような装いである。
違いがあるとすれば、そのサイズ。
この一団は全員さくらと同等、もしくはそれ以上の巨体であった。
巨神の一団。
整列した彼等はゆっくりと周囲を見渡した後、手首の機器に表示されたナノマシンの濃度を確認した。
ペイルライダー……周辺大気は濃厚。防護服への付着はゼロ。
トウテツ……周辺大気、防護服への付着、共にゼロ。
この防護服は常に微細に振動し、ペイルライダーの付着を防ぐ機能を持っているのである。
彼等は顔を見合わせ頷き合うと、一団の先頭に立つ1人が声を発した。
「こちら先遣隊。『マザーアース』に降り立ちました。事前の観測通りトウテツの活動はゼロ。防護服の効果は良好。これより部隊を展開、作戦行動を開始します」
それを受けて、スピーカーから歓声が聞こえた。
静止軌道のステーションに駐在するスタッフたちの歓声だ。
「こちら作戦本部。よくやった隊長、我々は君たちの勇気に敬意を表する。2000年振りのマザーアースへの帰還……どんな心持ちだね?」
「全裸で深呼吸して『空気が美味いです』とでも言いたい所ですがね」
スピーカーからドッと笑い声が響く。
「ハハハ、言うじゃないか。そのための作戦だ。ここからが本番だぞ」
「アイ・サー」
隊長がそう言うやいなや、隊員はバラバラと展開し、ティルトローター機に乗り込んでいく。
同時に軌道エレベーターから、コンテナの到着を知らせる警報が鳴り響いた。
ややあって、遙か上空から巨大なコンテナが降下してくる。
それは無骨なコンテナで、3本の巨大な柱が上下に突き出ていた。
コンテナと言うより、3本の柱をホールドし、地上に降ろすための機構のようだ。
そして柱が地上に到着すると『金属アシナガグモ』達がそれを取り外し、ティルトローターの航空機に積み込んでいく。
そのままアシナガグモ達も航空機にのりこむと、次々と離陸を始めた。
また同時に、柱を運んで来たコンテナと、一団を運んで来た篭が、次々とケーブルを上り始める。
◇◇◇
そこから数㎞離れた位置にある、洋上の岩礁。
その岩礁の上の景色が、僅かに歪んで見える。
ALAYAである。
そう、ALAYAは数日前に相手の前哨基地である軌道エレベーターの地上側ステーションを発見していたのだ。
そして望遠レンズで一連の動きを備に監視していた。
『相手に発見されず、こちらが先に発見する』。ALAYAはこの命題をクリアしたのである。
現在も光学迷彩、防音、あらゆる索敵機器へのジャミングを展開していた。
軍事的観点から見れば、ほぼ検知不可能の状態を維持している。
「博士、如何いたしましょう」
ALAYAが言った。
遠く離れた日本に居るさくらに、リアルタイムで動画を中継している。
「ん~、兵が降りて来ちゃったね。向こうの通信は傍受できてる?」
「いいえ、全く」
「おーおー、用心深いことですなあ」
「こちらも人のことは言えませんが……あちらからすると『地上に敵対勢力は居ない』という前提の筈ですが、徹底していますね」
さくらが頷く。
距離不問・傍受不可能の通信。
これは両陣営とも『量子テレポート通信』を使いこなしていることを意味する。
用心深いのもあるだろうが『普段から当たり前に量子テレポート通信を使用しているのであれば、自然とそうなる』というのもありそうだ。
先ず以て、双方高い技術力を有していると言うことでもある。
「次に向こうがどう動くか次第ではあるけど。こっちの最終目的としては――」
「博士の思いとしては撃退、ですかね。殲滅ではなく」
「そう。なんだけど、まだ良い手が浮かんで無くてね」
「ふーむ。難しい命題ですね。撃退そのものよりも、その後が」
言われたさくらが眉間に皺を寄せる。
そう、この戦いは『せっかく宇宙で生き残った人類を、1人残らず滅ぼしたい』と言う話では無い。
理想を言えば、彼等を追い払う事。加えてその後『2度と地球に戻ろうと思わない』ようにする必要がある。
でないと、何度も何度も繰り返し戦いが起こる事になる。
これが難しい。かの狭量な、諦めることを知らない人類を相手に、それが可能なのだろうか。
諦めない相手を諦めさせるには、結局『殲滅』が答えになってしまうのではないか?
下を向いて頭をガシガシ掻くさくらを見ながら、ALAYAも様々な可能性を高速で演算する。
さくらの思いを叶えるため、あらゆる犠牲を許容する作戦を立案するとしたら――。
――ふと、ある考えが浮かぶ。
しかしそれは、喪う物があまりに大きい作戦であった。
ひょっとすると、さくらも気付いている可能性があるが、気付いても言ってこないだろうし、ALAYAが提案しても却下されてしまうだろう。
ALAYAはいったん、その案を棚上げにした。
同時にさくらが顔を上げる。
「ぐぬぬぬ……話を戻すと、いったん向こうの出方を見たい。やっつけたいんじゃなくて追い払いたい訳だから、先手必勝とは行かない」
「承知しました」
ごもっともだ。
よしんば殲滅戦略を取るとしても、まだ宇宙移民の勢力範囲も、総戦力(≒総人口)も、何も分かっていないのだ。
相手の先遣隊を潰しても意味が無いどころか、こちらの存在を喧伝するだけの悪手となる。
ALAYAが続ける。
「兵の一団を運んで来た篭と、用途不明の柱状の構造物を運んで来たコンテナが戻っていきますね」
「要するに、ピストン輸送かね」
軌道エレベーターは宇宙と地上間の物資往来を低コストで行えるのが最大の利点だ。
重力を突破するための脱出速度を得る必要が無いのだ。
リソースを無視出来るのであれば『帰り』を考慮せず、地上に『投下』してしまう方が早い筈だが、まだその段では無いのだろう。
もしくは相手側のリソースが潤沢では無い事が予想される。
「はい。と言うことは次第に兵力と柱状の構造物が、数を増していく事になります」
「兵は兎も角として、あの柱……」
さくらは少し考えてから続けた。
「ALAYAは、宇宙移民の『次の手』は何だと思ってる?」
「はい。広い言い方になりますが、要するに『地球に住めるようになること』ですかね」
「だよね。あんな防護服を着たままじゃ生活できないもん」
「問題はその方法ですが……博士は、あの柱状の構造物が、それに関わるとお考えですか?」
「そうそう」
「ふーむ、どうでしょうか。ペイルライダーのシステムは完全にクローズドで、外部から干渉できません。対抗ナノマシンを投与する他無いように思いますが……」
さくらが少し笑う。
「はっは。投与は力業すぎるよ。ALAYAはあたし1人を守れれば良いから、コスト度外視してるでしょ」
「それは、まあ。その通りです」
体内に入り込んだペイルライダーは増殖しながら、実に悪魔的な事に、霊長類の細胞に偽装する。
パナケイアはペイルライダーを異物として検知できず、その悪影響に対抗できなくなるのだ。
それに対しALAYAが投与した対抗ナノマシンは偽装を看破し、ペイルライダーをパナケイアの攻撃対象にすることで、さくらを守っている。
しかし看破には高度な演算能力が必要で、対抗ナノマシン単体ではその機能を発揮できない。
対抗ナノマシンはALAYAに情報を送り、ALAYA常に監視と演算を行ない、対抗ナノマシンに指令を出している。
そうして対抗ナノマシンが片端からペイルライダーに異物マーカーを付与して、パナケイアに処理させているのである。
まさに力業。
さくらの体内では常に三種のナノマシンが攻防を繰り広げ、健康を維持しているという訳だ。
さくらはALAYAに手を伸ばし、ツルツルと表面を撫でてやった。
「いつもありがとね」
「いえっ、恐縮です」
ALAYAはクルクルと旋回して喜ぶ。
「にひひ。ペイルライダーは本当に厄介で、悪い方向に完璧なんだけど、それでも、言うたら2000年前のシステムだからね」
「人類であれば、対抗策を捻り出し得ると」
「うん。向こうは『多くの人間が地球に住めるようにしたい』んだよ。ALAYAとは前提が違うから、アプローチも変わってくる」
「なるほどつまり……人体への影響に逐一対抗するのではなく、ペイルライダーの活動その物を押さえ込もうとする……?」
「そういう事。彼等の次の手は、言うなれば『テラフォーミング』って事だぁね」
ALAYAがカタカタ笑った。
「地球を地球化! 皮肉が効きすぎていますね」
「まあ~、もともと地球を人類が住めない環境にしたのは、他ならぬ人類だからねえ」
さくらは顔をしかめながら、そう言った。
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