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猫の選択と巨神戦争  作者: ぱらだいむ
第3章:戦争編
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39:敵影

 曙光の中、遙か南の海上を『大きな景色の歪み』が飛行しながら更に南に向かっている。


 やがて目的地に近づくと、パリパリと音が響き、景色の歪みが剥がれて行く。

 ほどなく恐ろしい速度で飛行する、ティルトローターの巨大な航空機が姿を現した。


 機体は全体的に艶の無い黒色で、窓も操縦席も見受けられない。無人機だ。

 その無人の航空機は目的地――赤道直下の海域に浮かぶ人工島――の上空に到達すると、両翼のローターを垂直に向けて、静かに着陸する。



 ややあって東西や南の方角から同型の航空機が幾つも飛来した。

 それらが綺麗に整列される配置で次々と着陸して行くのだ。


 そして最後の1機が着陸するとほぼ同時に、各航空機の後方下部のハッチが一斉に開く。

 すると中から『金属アシナガグモ』と『毛民擬き』がぞろぞろと出てきた。


 アシナガグモの内一体は、蝕腕の一本が手首のあたりで切り落とされている。



 擬き達はすぐ近くにあるトラックの荷台ほどの大きさの長方形の箱に入っていく。

 そこそこの頭数が居るが、充分に収容できるようだ。


 箱の中には小さな座席が所狭しと並んでおり、擬き達が次々と着座すると、後ろからコードが伸びて来た。

 直後、コード先端のプラグが首の後ろのスリットに差し込まれると、擬き達はピクリとも動かなくなる。


 同時に箱の出入り口が閉じると、内部が冷却効果を持つガスで満たされていった。



 一方、金属アシナガグモ達はガシャガシャと人工島の中央部に向かう。

 そこには巨大な台座があった。

 

 台座からは極太のケーブルが真っ直ぐ空に向かって伸びている。

 奇妙なことにケーブルは台座以外に何の支えも無いのに関わらず、ひたすら天高く、何処までもピンと張っているのである。


 台座の上、ケーブルの根元には大きなコンテナが取り付けてある。

 アシナガグモ達は収集した物を収めた箱を背中から卸し、コンテナに収めて行く。


 やがて全ての収集物がセットされると、コンテナがケーブルを伝って上に昇り始めた。

 そしてある程度の高度に達すると、バシュッと音を立てて一気に加速し、あっという間に空の彼方に見えなくなる。



 そのケーブルは何処までも、何処までも、果てなど無いかのように伸びていた。

 いつしか大気圏を越え、35,786㎞上空、静止軌道上に在る人工衛星(静止衛星)に接続されているのだ。


 さらに静止衛星の後方の宇宙空間にもケーブルが伸びており、その先には無骨な紡錘形の機構が取り付けられている。

 この紡錘はカウンターウェイトとなり、重力の影響が少ないこの位置では遠心力によって地球から離れる力が強く働く。

 その力で、地上まで伸びるケーブル自体の重さを支えているのである。



 一般的に地上からの建築では、宇宙空間まで達する構造体を作ることは不可能だ。

 しかし静止衛星からカウンターウェイトでバランスを取りながら、地上に向けてケーブルを垂らして行くことで、地上と宇宙空間を繋ぐこの構造体――『軌道エレベーター』――を実現することが可能となる。



◇◇◇



 その前の晩、霊樹の集落。

 さくらは気絶したベルハイドを抱え、走りながらALAYAに聞く。


「兎族の治療院?」

「いえ、自室にお戻りください。私が対応します」

「わかった」


 バタバタと自室まで走りドアを勢いよく明けると、さくらは驚きの表情になった。


「~~ッ!?」


 居間の床が大きく開き、下から透明な筒が突き出している。

 ハイパースリープのシステムに似ていたが、少し違うようだ。


 ゴポゴポと音を立て、青みがかった液体で満たされていくのが見える。

 ALAYAが言う。


「博士に万が一の事があった時のために備えていた、治療システムです。これを使います」


 天井や床から多数のアームが伸び、ベルハイドが身につけている装備をすっかり外す。

 呼吸を確保するために鼻と口を覆う酸素マスクを装着すると、ゆっくり筒の中の液体に沈めていく。


 ベルハイドの体液の浸透圧に合わせて調整された無菌の液体は、たっぷりとユビキタスとパナケイアが含有されている。

 さくらは沈痛な表情で目を閉じ、透明な筒にゴツンと額を当てて、呟くように言った。


「ああ……ベル。ベルハイド。……お願いALAYA、助けて……お願い」

「承知しました」


 やはり、さくらは少々『猫のベル』と『ベルハイド』を混同、同一視しているのかも知れない。

 愛猫ベルとの別れは、ハイパースリープの被験者となるときに仰々しいお別れ会を開き、納得していた筈だというのに。


 いずれにせよ、この治療は『さくらからの懇願』である。

 大変なことだ。ALAYAにとっては至上命令に等しい。


 全能力を傾注してでも、必ず救わなくてはならない。


「火傷の処置も平行……体内にもパナケイアを大量投与。ユビキタスも併用し、体の内外から同時に処理を行います」


 ALAYAがそう言うと、治療液の中に3カ所の傷口から血煙のような物が立ち昇った。

 焼け焦げた組織が剥離されているのである。


 熱によるダメージは体組織がグラデーション状に駄目になるのが厄介な点だ。

 パナケイアによって細胞の状態を判定し、駄目になった物をユビキタスで剥がしていく。


 見ようによっては、体に開いた孔が血煙と共に広がって行くようだ。


 だがそれは駄目になった細胞の剥離であり、治療への道筋なのである。

 浸透圧を調整した治療液に浸かっているため、血が派手に噴き出すこともない。


 それでも見る間に孔の直径が広がっていくのを見たさくらが辛そうに眉をしかめ、尋ねる。


「欠損部分の対処は?」

「取り急ぎ、必要なだけ人工血管と人工骨を割り当てて対処します。とにかく心肺機能の維持と、血流の確保を最優先します」


 ALAYAがそう言うと、筒の中に大小様々なアームが伸びる。


 ベルハイドの右肩に穿たれた孔は腕と胴体を繋ぐ骨をごっそり断ち切っており、治療液の中で右腕がゆらゆらと揺れている。

 当然血管も焼失しているため、ぼやぼやしていると腕自体が壊死してしまう。


 なるほど、先ずこれに対応しなくてはならない。



 既にALAYAは欠損部分に対し3Dスキャンを済ませており、同時進行で失った骨とピッタリと合う形状で人工骨を削り出していた。

 それがアームに手渡され、次々と接合されていく。


 程なく根元の骨格を取り戻した腕は、過度に揺れることなくいつもの佇まいを見せるようになった。

 中々奇妙な情景だ。

 体に大きな孔が開いているが、開いた箇所に骨だけが橋渡しされ、繋がっている状態。


 そしてそれは左脇腹の肋骨、左腿の大腿骨も、同様に処理された。



 次いで、恐ろしく細い小型のアームが大量に伸びてきて、大小様々な人工血管が手渡されていく。

 それらがすさまじい勢いでチャカチャカと動き、失われた血管網を再建していくのだ。


 しばらくすると主要な血管が全て接合され、体に開いた孔から骨格と無数の血管が見える状態となった。

 これで少なくとも、血流不足により連鎖的に各部位が壊死する心配が無くなる。


「これで良し。左腿も同様に処置。その他の筋肉、腱、靱帯、神経、リンパ管、脂肪、皮膚組織は無事な部位から少しずつ拝借して構築を試みます。問題は――」

「――脇腹?」


 さくらの適切な問いに、ALAYAが頷く。


「はい。内臓のダメージ。小腸の方はともかくとして、腎臓が損傷しています」

「んー。多能性幹細胞、行けそう?」

「行けます。既にベルハイドの無事な細胞を採取して、分化万能性を持たせるところまで出来ました」


 それを聞いたさくらは上を向き、ふー……と長い息を吐いた。


 21世紀の初頭に発見された『人工多能性幹細胞』は、患者自身から採取した体細胞に特定の遺伝子を導入することにより分化万能性を持った細胞を作る技術である。

 この細胞はおよそ身体全ての組織や臓器を作り出す(分化誘導する)ことが可能であり、失った臓器の再生医療に多大な貢献を果たした。


「ありがと。じゃ、新しい腎臓が出来るまで、透析しながら待ちますか」

「はい。並行して透析は行いますが、腎臓の再生は一晩で済ませます。培養した多能性幹細胞を直接患部に投与。腎臓組織への分化誘導はパナケイアと連携して体内で直接行います」


 どうやら、ベルハイドは何とか一命を取り留めそうである。


 ようやく少し安心しかけたさくらであったが、軽口を効く暇もなく表情を曇らせる。

 押さえつけていた別の感情が顔を出しつつあった。


「どこの……どいつが……」


 そう呟くと、治療システムに添えられていた右の掌を少し離し、指を曲げて爪を立てると、ギリギリと掻き下げていく。


「ベルを、ベルハイドを、よくもこんな目に。それにシロップちゃんまでも……」


 眉間に皺が寄り、眉と目尻が吊り上がっていく。

 怒りだ。激しい怒りが渦巻いている。


 それを見ていたALAYAが、言い難そうに告げた。


「ベルハイドが受けたこの傷は、かなり深刻なダメージでした。シロップが同種の攻撃を受けたのであれば、私の治療を受けることができていないこの状況は、かなり厳しいと言わざるを得ません」


 さくらはぐぶっ! と大きな声を上げた後、盛大に胃液を吐いた。

 パナケイアによる生体恒常性ホメオスタシス維持機能により常に万全の体調に保たれているさくらであったが、この瞬間のストレスは、それをあっさり乗り越えたのだ。


「博士!」


 ALAYAがすかさずパナケイアに働きかけようとするが、さくらが手を挙げてそれを制した。


「げぇっ、げほっ……! いい、ALAYA。このままでいい! このムカツキは、あたしのもの」

「は。しかし……」


 さくらに止められた以上吐き気の治療はできない。

 ならばせめて……とユビキタスに働きかけ床の吐瀉物と口端を伝う胃液を清掃・処理した。


「ごほっ、この傷口……レーザー……だよね?」

「はい。この傷痕はあきらかにレーザーの物です」


 さくらは唸った。


「ぐううう……いったい何が起きてる……」


 あまりに怒り心頭で、考えが上手く纏まらない。

 さくらは両手の中指をこめかみに押し当てた。


 集中力の振れ幅が大きいさくらは、集中の波が来ないときは凡骨ポンコツ呼ばわりされることも多い。

 下振れたら一般人以下だの、平均すると普通の人だの、うっかり番長だの。


 だが実は、ここぞという時は無理矢理集中モードに入ることが出来るのだ。

 脳がブドウ糖を爆食いして血糖値がダダ下がりになるのが嫌なのと、疲れるのと、面倒くさいので、内緒にしているが。


 ぎゅっと目閉じ、眉間に皺を寄せる。



 しばらく後、すっと穏やかな顔になり、ゆっくりと半目を開けた。

 まるで仏像の表情である。


 雑念を捨て集中モードに入ったのだ。

 さくらは考える。


 レーザー傷痕。

 これは毛民からの被害と言うことはあり得ない。

 この蛮行は人類の手による物。それが前提となる。


 だがALAYAに気付かれずに、兵器を携えた人間がこの世界に存在できるだろうか。


 多数の観測機を展開しつつ周辺地形の詳細なマッピングを行っている。

 マッピングが終わった地点にもセンサーを設置し、定期的な情報更新も怠っていないという。


 ALAYAに検知できないと言うことは、ALAYAと同レベル、もしくはそれ以上のステルス能力を有していなくてはならない。

 しかし、ペイルライダーとトウテツの渦巻く世界で、人間が高レベルの文明を維持しながら過ごすことは、不可能だ。


 長い眠りについていたさくらと、それを守護するALAYAの組み合わせが、トウテツの勢力外に居たこと。

 これは例外中の例外である。


 ……いや、できない前提で考えていては答えにたどり着けない。

 結果ありき。実際にベルハイドとシロップは、人類の扱う兵器で攻撃されているのだ。


 考えの枠を広げるのだ。

 起きた事象から答えを逆算しなくてはならない。



 さくらはふいに目をカッと開くと、ぎろりと上を見上げた。

 天井を眺めているのではない。

 視点は天井よりも先、空のさらに先、遙か遠くを見据えている。

 

 そして眠りにつく前の世界に思いを馳せた。



 21世紀の初頭、電気自動車と太陽光発電で名を馳せた大起業家が火星移民計画を推進し始めた。

 同時期、世界最大のオンラインストアの創始者がスペースコロニーによる宇宙移住構想をぶちあげた。


 2つの計画は互いに影響し合い、また競い合い、『人類の未来と発展は宇宙にあり』と、計画を立ち上げた者達が亡くなった後も、長期にわたりほぼ青天井の予算が投じられ続けた。

 その結果、21世紀後半――あの戦争が激化する直前、さくらが眠りにつく頃には――人類はラグランジュ点の大コロニー建築、月、火星への進出を果たすに至る。


 入植の記録が残っているだけでも、5桁に迫る人数。

 世代交代検証や受精卵の持ち込みによって子供達もずいぶん生まれていたので、実際にはもっと多くの人間が宇宙に居た。



 だが不幸にも、ペイルライダーとトウテツの暴走と蔓延により、彼等の帰還は叶わなくなった。

 地球から隔絶した世界で2000年……。



 さくらはALAYAに目を向け、ちょいちょいと上を指差した。


「宇宙移民。2000年間、生き残れると思う?」

「!」


 ALAYAも敵の正体について考えていたが、先に『さくら以外の人類が地上に残っていた可能性』の推論をまとめていたので、さくらの質問には少し驚いた。

 あり/なしで言うと、実際にさくらという前例がある地上生存説の方があり得ると思っていたからである。


 急遽、宇宙移民生存の可能性を考える。

 確かに、そう考えた方が辻褄が合う面はある。しかし……。


「その、難しい……と思っているのです。コロニーも、月も、火星も、完全に独立した生態系は確立できていませんでした。地球からの支援と補給無しで、2000年」

「それは、そう。でも『あり得た』『成し遂げた』ものとして考えると?」


 そう考えたとて、いったいどのようにして、地球から隔絶した宇宙で2000年もの時間を過ごしてきたのか。

 全員ハイパースリープで眠りについていたとでもいうのか。


 いや、それではジリ貧となってしまい、結局立ち行かなくなる筈だ。施設の老朽化に耐えられない。

 生き残るには、世代を繋ぎ、頭数を増やし、知識を繋ぎ、技術発展と革新を繰り返しながら、あらゆる問題に立ち向かい続けるしかないのだ。


 そして宇宙から、地球環境を延々と監視し続けていた。

 ナノマシンの濃度が低下するのを、今か今かと待ち続けていた。


 そう、ペイルライダーとトウテツの自己複製は完璧では無い、という研究結果は当時から存在した。

 対抗策として『時間を置こう』というのは、かなり有力視されていたのである。


 だからこそ、さくらはハイパースリープの被験者になったのだ。


 それから2000年。結果的にトウテツは沈静化、ペイルライダーは現在も存在。

 半分正解という所だが……しかし2大ナノマシンが揃い踏みしないのであれば、話が変わってくる。


 少なくともトウテツがなくなった場合、科学力でペイルライダーへの対抗策が取れる筈なのだ。


「仮に宇宙で生き残っていたとするのであれば、文明を維持したまま『時間を置く』という条件を満たせます。それにより少なくともトウテツの驚異が去りました。つまり――」

「――地球に戻ろうと考える、かな」


 無論、最初は無人機による調査からだろう。


 空気、水、土壌、草木、そして生物。

 あらゆる地点でサンプルを採取し、徹底的に調べ尽くす筈だ。

 このあたりはベルハイドの証言とも一致する。


 平行してペイルライダー対抗技術の開発を進める。

 慎重に、しかし確実に。人類とはそういう物だ。


 色々な機が熟し、いよいよ地球への介入が始まっているのだとしたら。


「……なるほど。相手が『科学技術を保持した人類』と言うことであれば『生き残りを成し遂げた宇宙移民』というのは筋が通ります」

「うん。難易度が高いのは承知でさ。事象から逆算すると、ね」


 ALAYAは深く頷いた。


読んでいただき、ありがとうございます。

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