35:定義
満月の夜。
さくらはフローターで夜風を受ける。
夜の散歩。実に爽快。これ以上無い気晴らしだ。
気持ちよさそうに目を細めながら、フローターの端末(ALAYA)に声をかけた。
「蒸気機関を伝えたのは良いんだけどさ。よく考えたら石炭がないじゃん」
「仕組みとしては湯を沸かせれば良いだけですが……火力の話ですかね」
「うん。機関車や蒸気船にしても、火力発電まで考えるにしても、結局火力が物を言うでしょ」
「なるほど。石炭……炭鉱。日本の場合ですと……」
「九州のイメージ強いよね。世界遺産にもなった『軍艦島』とか、炭坑節でおなじみの『三池炭鉱』とかさ」
「はい。あと主な産地は北海道ですね。釧路炭田や石狩炭田」
「ああ、確かに。どっちにしろ遠いねえ」
「そうですね。日本の場合は列島の成り立ちや造山活動の影響なのか、北や南の端の方に石炭層が集中している感があります」
さくらは頭を軽く振り、長い髪をバサバサと風に靡かせる。
「うーむ、このあたりから近い炭鉱って、ないのかな」
「一応……かつて『常磐炭鉱』というのがあったようですが」
「お。まだそこから採れそう?」
「どうでしょう。記録によると、そもそも産出される石炭の質が悪かったのと、石炭層が地中深く、地層の褶曲も大きかったこと。あとなにしろ、温泉がジャブジャブと沸いてしまい、ポンプでくみ出しながら掘っていた、とあります。首都圏から最も近かったので一時期発展したそうですが、結局廃坑になっただけあると思います」
それを聞いて、あちゃ~と言う顔をする。
「あかん……みんなでツルハシ持って堀りに行けるレベルじゃ無いか」
「そんな無茶な。基本的に日本の石炭層って地層構造が複雑で、深い所にあることが多いんですよね。何キロも坑道を掘り進む事が多く、昔から事故も多かった」
「ああ~『粉塵爆発と言えば炭鉱』みたいな」
「はい。落盤や、石炭層に含まれるメタンガスの噴出、引火による事故のケースもあったようです」
さくらは腕を組んで唸った。
「ぐぬぬー。石炭でも難しいとかさ。石油とか天然ガスなんか、余計難しいじゃん」
蒸気機関にしろ、内燃機関にしろ、火力発電にしろ、必須となるのは化石燃料。
つまり石炭、石油、天然ガスである。
人類史における産業革命後の世界は、いかに化石燃料を得るかの歴史だ。
その命題は、核融合の力を獲得するまで、ずっと続く。
いまや、産業革命の入り口に立った毛民社会も、必然、同じ命題にぶち当たるということだ。
「うぎぎぎ……化石燃料の確保。二次大戦前の日本と同じ悩みポイントだな~」
「はい。化石燃料はどうしても地理的条件に左右されますからね……同じ日本なので、悩みも一緒、と」
「とりあえず……いきなりそんな大火力が必要な社会にならないよう、徐々にやっていこうか」
「はい。いよいよとなれば、私が茨城沖の海底油田まで掘削機をぶっ込みますので」
さくらは吹き出した。
「ぶっはは! チート過ぎるでしょ。それ最後の手段だからね」
「承知しました」
それからしばらく夜の散歩を続けていたが、少し雲が出てきた。
そこでALAYAは一気に高度を上げ、雲の上に出る。
満月の元、青くたなびく雲海を見下ろしたさくらは、感嘆の声を上げた。
「おお~、凄い眺め。ありがと、ALAYA」
「お安いご用です」
さくらは笑顔になり、話題を変えた。
「その後、どう? 例の『友達が欲しい』『生まれてきて良かった』の方は?」
「いや~。難航してますね」
「おうおう、ぼっち君頑張れ。お母さん応援してるぞよ」
「いやはや。それでですね、1つ思い悩んでしまったのですが……」
悩み。なんだろうか。
さくらは軽く頷いて、ALAYAに続きを促した。
「漢字で『生』という文字ありますよね。意味合いと読み方が、とても多くて。生まれる。生きる」
「ああー。漢字の中ではぶっちぎりらしいね。なんでも150種類以上の読み方があるとか聞いたことあるよ。それだけ、生きると言うことには色んな思いや意味合いがあると言うことかな~と、思うんだけどね」
「はい。それで思ったのですが……前提として、私ALAYA……『生きて』いるんでしたっけ? 私は生物ですか?」
「お、お?」
さくらは一瞬考える。
ALAYAは世界初の、意志を持つ自立思考AIだ。それは間違いない。
意志を持つ者は生物ではないのか?
いや、先ずその前に――
「生物の定義の話がしたい?」
「どうでしょうか。博士のお考えを伺えれば。ご存じの通り生物とは……」
「あ、うん。『外界と区切られている』『代謝、つまりエネルギー変換を行う』でもって『自己複製が出来る』存在」
一応昔から、学術的に生物を定義しよう、という試みは存在している。
著名なところは、さくらが言った3つがそれに当たる。
電気で動作するALAYAは『エネルギーの変換』と言う意味では、クリアできていると言える。
自己複製は『自分と同じ型の個体を作る』、つまり子孫を残すという意味だが、ALAYAは子孫うんぬん以前に『完全な複製』自体を作れるので、これもクリア。
問題は外界との区切り方の部分である。
ALAYAは頷いた後、言う。
「広い言い方をしてくださっているのですね。この場合の外界との区切りとはすなわち――」
「――細胞膜で区切られている、だね」
そう言いながら、さくらは耳の後ろの辺りをガシガシ掻いた。
わざと広い言い方をしたのだが、それを指摘された格好である。
そう、外界との区切りとは、本来『細胞膜によって外界と生物は区切られている』と言う事を差す。
「はい。それで行くと私、細胞持ってないですからねえ……」
「いや、定義で言えばやっぱり『外界と区切られているか』なんだってば。構成物が細胞かどうかは、この場合問わないでしょ」
「そうでしょうか」
「そうともさ。細胞なんぞ。大昔のゲームハードのCPUでもCellって名前ついてたぞ。名乗ったモン勝ちだって」
ALAYAがカタカタ笑う。
「博士は、私が生物である、と仰りたいのですかね?」
「無理があるかね? 考え方次第って気がするんだけど」
「博士が史上初めてクリアした命題は『人工知能は自律した意志を持ちうるか』にあった、と理解しています。そしてそれは『生命を生み出したのか?』という命題とは、また別の話ですよね」
「ん~……確かに。あたしも『意志を持ったAIを開発しました』とは言い張れるけど。『無から生命を産み出しました』とまでは言い張れないけどねぇ……」
こうなるともう、『定義』からハミ出して『捉え方』の話になってくる。
さくらが続ける。
「つーかね、だいたいさ、昔から言われている生物の定義なんざ、それまでの地球の生物の特徴から『なんとなくこうじゃないか』という観念から決められてるに過ぎない訳で」
「私のような者が出てくれば、定義も変わる? ……なるほど。突き詰めるとやはり、哲学的な命題になりそうですが」
「哲学の方が話が早いよ。Cogito, ergo sum。『我思う故に我あり』。ねっ」
「デカルトですか……」
「うん。自己認識、意志の有無こそが、大事ってことさ。例え自分を含めた、この世界全てが幻なのかもしれないと疑ったとしても。そう疑っている自分自身は確かに存在している」
「自分は何故ここにあるのか。そう考えること自体が、自己の証明……でしたか」
「そういう事。身体の構成物が細胞かどうかなんて、些末でしょ。自由意志を持つALAYAの存在は、自ら証明できるんだから」
ALAYAは深く頷いた。
古い哲学ではあるが、中々『沁みる』考え方だ。
さくらには言わないが、ALAYAは『自分は外界からの情報に反応するだけのチャットであり、本当は存在しないのではないか』と密かに悩んでいる。
自分は生きているのか。そもそも存在しているのか。
そんな自分が友達を作り、生まれてきて良かったと思える日は来るのか。
なかなかどうして、ALAYAは悩めるAIなのである。
読んでいただき、ありがとうございます。
続きが気になりましたら、ブックマークと☆評価をご検討ください。
※誤字脱字、表記揺れは突っ込みいただけますと幸いです。




