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猫の選択と巨神戦争  作者: ぱらだいむ
第2章:無双編
34/47

34:変革

 会場の興奮冷めやらぬ中、さくらは改めて霊樹の周りに広がる町並みを見渡す。


 綺麗な石畳、建物。

 外周をぐるりと囲む、高い壁。

 これらは滑車、梃子などの力学の理解なくしては成し遂げられない。


 そして火や金属の取り扱い、料理の文化と工芸品の数々。

 見事な物だ。


 毛民達の地力は高く、人類と比べても遜色ない。

 あと一押ししてやるだけで、この社会は一気に発展するはずである。


 さくらが続けた。


「で、だね。第一次産業の効率化と平行して、子供達に時間を作ってあげるのさ」


 ざわめきが広がる。

 確かに労働の効率が上がれば、子供達が労働に従事する必要が無くなり、時間の余裕が出来るはずだが……。

 また方々で手が上がり、質問が飛んだ。


「あの、それで子供達に、いったい何を?」

「そう思うよね~。ひっひっひ」


 笑いながらローノイ、フリーボーン、マルメロらが座る席に問いかける。


「今の、毛民社会の識字率って、どれくらい?」


 長老達が顔を見合わせ、ローノイが答えた。


大凡おおよそですが、2割前後……と言うところですか」

「お~。それくらいなんだ。なかなかだよ」


 フリーボーンとマルメロが補足する。


「左様。書状をやりとりする各集落の代表、説法を行う導師、伝承から技術的な記述を読み取る職人などが主じゃな」

「ヒョヒョ。たまに、伝承に深い興味を持って、熱心に学びたがる子供も出で来ますじゃ」


 それを聞いたさくらは頷き、ALAYAに言う。


「優秀優秀。だね?」

「はい。『産業革命前の中世社会』という見方であれば、20%は充分高い数値です」


 おそらくマルメロが言う『熱心に学びたがる子供』が相当数居ると言うことだろう。

 良い傾向である。


 さくらは全体に向き直り、少し声を張った。


「時間の出来た子供達に、文字の読み書きを教えるの。それで、やがては毛民社会の識字率を10割にするのさ」


 ざわっと響めく。

 また、とんでもないことを言い出した。そんな空気である。

 方々で声が上がる。


「じゅ、10割……全員!?」

「社会が変わるったって、そんな風になる物か?」


「勿論、すぐには無理だよ。同じ年に生まれた子供達を集めて、何年か掛けて1から段階を追って読み書きを教えて行くの。次の年にはもう少し高度な読み書きを教えるんだけど、同時に1歳下の子供達が、また1から学び始める。それを繰り返せば……はい。識字率100%社会のできあがり」


 それを聞いた毛民達が、また何人も手を上げた。

 識字率を上げて、何を成そうとしているのか。それが聞きたいのだろう。

 さくらは掌を掲げてそれを制しながら、続ける。


「読み書きだけじゃなくて、伝承も全部教えちゃうのさ。しかも今ある伝承に、あたしとALAYAから伝えたいことを加える。そりゃもう、すごい情報量になるわけ。それをきちんと修めるには、何年もかかると思う」


 ざわめきが大きくなる中、さすがにフリーボーンが手を上げた。


「伝承全部とおっしゃったか。しかも、さくら殿による新たな伝承も加えると」

「そうだね~、もう『伝承』って呼ぶのやめようか」


「なんとな。では何と?」

「にひひ、『教科書』だね。そして子供達の通う学びが『学校』だよ」


 さくらは続けた。


 子供達が通う『学校』を作る。

 そして『教科書』を大量に作り、子供達に配布する。


 全ての子供達が学校で、教科書で、様々な知識を学ぶ。

 やがていつの日か、皆が文字を読めて、皆が知識をもつようになる。


 そこから、皆で新しい物を考え出す。

 新たな技術、文化、芸術が生み出される。


 それが新しい、次の社会となる。



 教育がもたらす、社会変革のビジョンであった。

 それを聞いた毛民達の響めきが最高潮に達する。


「よろしいですか」


 ローノイが手を上げた。


「伝承の編纂。『教科書』を大量に作る。ここが一番、想像がついていません」

「さすがローノイ長老。そこに疑問が湧くよね」


「書物を大量に作る。書き写すのでは、現実的とは言えない。そういうお話ですね」

「うん。例えば『版画』って毛民の社会にもある?」


「はい。昔から、伝承の版木を作るべきではないか、という議論があります。しかし手間が掛かりすぎる。1文字掘り間違えたら御破算。ましてや、伝承全てとなると、どれだけの版木が必要になるか」


 それを聞いたさくらと、工房の親方が視線を合わせる。

 二人は同時にニヤリと笑った。


「この、おあつらえ向きの展開……!親方、出番だよ」

「へっへ、まってたぜ」


 親方は嬉しそうに立ち上がると、弟子を伴って中座する。

 職人二人が戻ってくる間、さくら袖机の引き出しを開けると、何やら小さい紙束を取り出した。


 そしてその紙束を、ひょいひょいと聴衆の前列に配り始める。

 それは綺麗に切り揃えられた20枚くらいの紙を糸で綴じた冊子――かなり薄いものの――『本』と言える物であった。


 その本を受け取った毛民達が表紙に目を向けると、そこには『しょうがく1ねん こくご』と記されている。


「これは……」


 ローノイが呟いた。

 中を見ると、最初の頁は50音が記載されている。

 次の頁には『はるが きた』『いい てんき だな』など、簡単な文言が並んでいる。


「プロメテウス伝承の1章、50音。次に簡単な口語……これは、さくら殿が加えた物、か……!」


 どよどよと、毛民達の声が広がっていく。

 長老達が顔を見合わせ、それぞれに配られた本の頁を見せ合いながら比べる。


「こいつはたまげたの。この文字」

「寸分違わぬで。書いた物では無く、判で押したようですじゃ。しかし……」


 さくらが笑顔で長老達に伝える。


「これが『教科書』。とりあえず今回はサンプルで、冒頭20頁分を用意したよ」

「いったい、どうやってこれを……?」

「それは職人組にバトンタッチしようかね。お。きたきた……」


 さくらが見やると、親方と弟子が大ぶりな機械を荷車に載せて、慎重に運んで来ている。

 かなり重い物らしく、到着したころには、二人は息を切らしていた。


「ふう、またせたな」

「重たすぎますよ。運ぶのには適していませんね」


 そういいながら、荷台から降ろすのに悪戦苦闘している。

 さくらも手伝って、ようやくその機械が毛民達の前に姿を見せた。


 それは奇妙な机であった。

 大きなスクリュー・プレスが取り付けられており、机の天板に当たる物が2枚ある。

 その天板2枚を強力に挟む、万力まんりきの構造だ。


 引き出しの上に金属板がセットされており、親方がその金属板にペタペタと墨を塗る。

 次にその上に紙を乗せ、引き出しを天板の間に押し込んだ。


 職人二人が万力の取っ手をギリギリと回転させると、天板が下がり、紙が均一に金属板に押しつけられる。

 なるほどこれは、強く、正確に、そして均一に判を押す機械というわけだ。


 ALAYAがカタカタ笑って、さくらに言った


「概念だけ説明したら、上がってきたのがこれですからね。グーテンベルクの印刷機、まんまで驚きました」

「うん、面白いもんだねえ。必要な機能を形にすると、同じ所に行き着くわけだ」


 一通り取っ手を引き絞った後、くるくると戻すと天板が上がっていく。

 親方が金属板と紙を引き出し、紙を剥がすと、ローノイに手渡した。


 それには50音が記されている。

 つまり、教科書の最初の頁であった。


「金属の版……まさか、こんなことが」

「おう、キモはコイツなんだ」


 そう言って親方は前掛けのポケットに手を突っ込むと、じゃらじゃらと金属の棒を掴み出した。

 それを長老達に配る。


「こうやって、一文字一文字バラで作る。組み合わせて文章を作り、版にするんだ。これを『活字』と呼ぶんだとさ。」

「今日はたまげてばかりじゃの。組み合わせで教科書全頁の版を作るんかい」


 これには弟子が答える。


「活字の組み合わせた物をそのまま使うわけではありません。それを雛形にして一度凹版を作ります。その凹版にまた鉛を流して、最終的な一塊の凸版を作ります」

「そうやって、活字はまた次の頁を組み合わせる、と言うことかの?」


「はい。活字を組み合わせて、型を取る。また次の頁の文章を組み合わせて、型を取る。それを繰り返すと――」

「――全頁の凹版が作られる。なるほどのう」


 これは凹版さえ無事なら、凸版がいくらでも複製できるという事を意味する。


 教科書のサンプルが手渡しで聴衆に回覧されると、にわかにざわめきが大きくなって行った。

 そろそろ皆、この技術の異常な有用性・発展性に気付き始めたようである。


「まさか……伝えたいことが全て刷られ、複製される……?」

「それを広められる……」


 次々呟くように声が上がる。

 さくらがそれに答えていく。


「そう。知識や情報はね、複製して、拡散できるんだよ。そして行き渡ると、失われることがなくなるの。伝聞による劣化や原本の消失を恐れることもなくなる」


 それを聞いたマルメロが何かに気付き、よたよたとさくらに近づく。


「お、お、お、さくら殿」

「うん、おばあちゃん」

「教義、説話……ババはの、信仰に関する口伝を纏めたいですじゃ」


 さくらが指をパチンと鳴らす。

 ALAYAも深く頷いた。


「大正解だよ。作ろう! 毛民達の『聖書』!」

「来ましたね。最強の組み合わせ」


 人類史上、元も多く発行された本。

 最高最強のベストセラーは、『聖書』である。


 その累計、実に4000億冊弱。


 およそ印刷技術と信仰教義の組み合わせは切っても切り離せない。

 むしろ聖書の存在こそが、印刷を三大発明の1つに押し上げたとさえ言える。


 そこへまた別の声が上がる。


「そうだ、この会議の内容自体を版で刷り上げて、皆に伝えれば良いんじゃないか!?」

「にひひ、それは『新聞』だね」


「教義だけじゃない……楽しい寓話だって残していける。いや、新しく物語を書いて皆に読んで貰うことだって、できる!」


 ALAYAがカタカタ笑った。


「それは『文芸・小説』の分野ですね。素晴らしい」

「ぬは~、楽しみすぎるね」


 会議は再び、喧喧囂囂けんけんごうごうの大騒ぎとなった。

 さくらが手を翳し、大きな声で告げる。


「以上。これを『活版印刷』と言います」


 大歓声が上がる中、満足そうにALAYAに言った。


「初回はこんなもんかね。『蒸気機関』と『活版印刷』。盛り上がって良かったよ」

「いきなりこの2つ。飛ばしすぎじゃないですか?」


「むぁだむぁだ。次回、『造船』。しかも『蒸気船』と『スクリュー』まで行くよ。んで『羅針盤』と『遠洋漁業』だぜ~」

「緩める気、無し。承知しました」


 ALAYAがクルクル回る。

 こうして後の世において『第二の暁の起点』と称される長老会議は幕となった。


読んでいただき、ありがとうございます。

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※誤字脱字、表記揺れは突っ込みいただけますと幸いです。

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