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猫の選択と巨神戦争  作者: ぱらだいむ
第2章:無双編
33/47

33:開会

 晴れた空に鏑矢が打ち上げられ、長老会議の開会が告げられた。


 会議は年に4回、3ヶ月ごとの開催と決められている。

 前回は2ヶ月前に開催されたので、今回は臨時の開催である。


 集落の東側に立派な会議場があるのだが、今回は使用されない。

 さくらから見れば手狭なのと、異例とも言える参加人数のため、青空の下で行われる事になったのだ。


 霊樹の袂にだんが設えてある。


 その横にALAYAが用意したチェアがあり、さくらが座る。

 それを囲むように沢山の木の椅子が並べられ、参加者達が座した。


 近隣の各集落から集まった者達。

 一通りの挨拶は済ませているが、大人数だ。


 集落1つから代表1名というわけではなく、例えば陽だまり集落からはフリーボーンとマルメロ。

 霊樹の集落もローノイだけではなく、工房の親方も参加している。

 また、親方の横に座っているのは活字の量産をしていた若い職人である。

 診療所の所長を務めるシロップの父親の姿も見えた。


 便宜上「長老」会議と呼ばれているが、様々な分野の識者が参加し、色々な事を話し合う場と言う訳だ。

 特に今回は、幅広く声が掛かっているのだという。




 銅鑼が鳴り、ローノイが手短に開会の挨拶を済ませると、早速さくらの登壇が促された。

 拍手が沸き起こる。


 さくらは挨拶もそこそこに、これからの展望を語り始めた。

 巨神である自分が、何を伝えるか。どういったことをするつもりか、説明しようというのである。


「大きく言うと、社会構造を変化させたい、という事だね」


 いきなり、かなり大枠の話である。

 ザワザワと声が上がる中、さくらは続けた。


「今の毛民社会は、農耕と狩猟採取が中心。経済の流れを生産・加工・販売に区分けすると、生産の比率が高い社会ね。その比率を変える事だと思って貰えれば」


 参加者の1人が挙手し、質問する。


「どうやって…という疑問はありますが、その前に、比率が変わると、どんな社会になりますか」

「そうだね。社会規模が増大し、より生命の危険が減り、毛民の頭数が増えて、仕事の選択肢も増えて、豊かな生活が送れるようになるよ」


 響めきが広がる。

 また別の参加者が挙手し、訊いてきた。


「その、かつてのプロメテウス然り、さくら殿然り。なぜ巨神族は、我ら毛民に、そこまでしてくれるのですか。……すみません、趣旨が変わってしまうかもですが、ずっと聞いてみたくて」

「いやいや、大丈夫。んじゃ、ちゃんと答えておきますか」


 さくらは楽しそうに言った後、少し真面目な顔をして続けた。


「あたしらの文明はね、悪いことが積み重なって、崩壊してしまったのだけれども。良いことも沢山あった訳さ」


 毛民達が頷く。


「偉大な発見、発明。そして膨大な技術。数千年にわたる、それらの蓄積・集積。それが『消えて無くなっちゃいました』じゃ、あんまりじゃない? ……なのでね、皆にそれを受け継いで欲しいの。そうすれば、あたしらの文明は生き続ける。後に続く者が、またその先を紡いでくれれば、ね」


「とはいえ……」


 そう呟き、ローノイが挙手する。


「とはいえ、です。実際問題、さくら殿には何を以て報いれば宜しいですか? かのプロメテウスは毛民に与えるだけ与えて、早くに亡くなってしまったと伝え聞きます。毛民としては、何かお返しできなかったのか、そういう思いがずっとある。流石に今回は、受け取る一方で済む話ではありますまい」

「あ~。なるほど。それはねえ――」


 さくらは楽しそうな表情で少し考える。

 正直な話、さくらは今充実しており、やる気に満ちている。

 この感覚、毛民達に伝わるだろうか。


「――まあ、プロメテウス氏はお礼も受け取らずに亡くなってしまったからこそ、神格化された面もあるだろうけど。おそらくね、毛民と交流しながら、色んな事を伝えてさ。毛民社会が発展していくのを見るのは、とても楽しかったはずだよ。あたしも今、めちゃくちゃワクワクしてるから」

「そ、そういう物ですか……」

「ですです。どうしてもお礼をって言うなら、思いっきり発展しちゃって。社会が発展・成熟すると『大衆文化』が花開くの。文芸、美術、音楽、それらの組み合わさった娯楽。それらを見せてちょーだいよ。あたしは、それが何より楽しみなのさ」


 そう言ってさくらは、宴の際に毛民達が奏でる楽曲を口ずさんだ。

 ケルト音楽を思わせる軽快な旋律は耳に残りやすく、すぐにお気に入りとなった楽曲である。


 毛民達は巨神が定番の曲を口ずさんだことに驚き、笑いと拍手が起きた。

 ローノイが苦笑する。


「まいりました。そういう事でしたら、承知しました」


 プロメテウスの時代から1800年。

 この新たな巨神もまた、知見を伝える見返りは『要らない』と言っているのである。


 遠からず彼女もまた、神格化されていくのであろう。

 毛民達は、そう思わずには居られなかった。


 そこへ頃合いを見たALAYAが、声を掛ける。


「博士、本題に参りましょう」

「おっけー。じゃ、どうやって社会構造なんぞを変えていくか」


 空気が少しピリッとし、聴衆が静かになった。

 さくらが続ける。


「まず、産業を生産、加工、販売の3つに分けて考えよう。簡単に言うと……例えば、ブドウを栽培するのが一次産業、ブドウからお酒を造るのが二次産業、酒場でお酒を提供するのが三次産業」


 そこまで言うと、ALAYAの方を向いた。


「……合ってる? 何しろ専門外だからさあ」

「厳密に定義されるものではないので、気にせず進めていただいて問題無いかと存じます」

「ういうい。で、これらの比率を変えようと思ったら、徹底的に効率化する必要があるのね。例えば、より少ない労力でブドウが沢山採れたら、お酒が沢山造れる。お酒造りの仕事も増えるし、より美味しいお酒を作る研究も出来るでしょ」


 また参加者の1人が挙手する。


「では、この場合の生産とは、農業だけを差すのではなく、食料の安定供給全般を指すのでしょうか」

「それだけじゃないけどね。見たところ毛民社会は、農業が強くて、漁業が弱い。肉食、雑食の毛民も多いから、漁業を伸ばそう」

「漁業というと、釣りですか?」

「にひひ。川で魚釣りという話しじゃ無くて、海洋漁業だね」


 響めきが起きた。

 船の技術が発達していない毛民達では、なかなか発想できない事である。


「海に出るの。沖で漁をすると沢山魚が採れるよ~。そのために船の製造法、あと羅針盤というものを教えるね。ま、そのあたりはおいおい」


 そこへ、親方が口を挟む。


「生産と言うからには、食い物にとどまらないんだろ?そうなると、石材や金属。あとおそらく、木材も。だな?」

「さすが親方。石材や鋼材を掘り出す。これは『鉱業』。次に木材の切り出し。建材は勿論、炭や薪にも使える。これを『林業』と言うの」


 加工の前段として、自然から直接物を得る事。

 それが第一次産業という分類である。


 先ずここまでは、毛民達も理解できたようだ。

 そこでフリーボーンが手を上げる。


「つまり農業、漁業、鉱業、林業。その全てを効率化する、という事ですかな。はてさて、およそ従事者の頭数を増やす以外に手が無いように思えるがのう」

「うん。例えば、切り出した木材を人力で運ぶ……ん? ジンリキとは言わないか。毛民が力で物を動かすことは、なんと言うの?」

「ほっほっほ。そりゃ、『毛力もうりき』じゃの」

「うは、なるほど。じゃ、物を動かすときに毛力が必要なくなる、と言う話をしようか。それで産業が、次の段階に進むんだよ」


 ざわっと聴衆が揺れた。


「なんとな。つまりその、荷車を引いたり、筏を漕いだりしなくてよくなると仰るか」

「うん。見て貰った方が早いかな。ALAYA、先に蒸気機関の方だね。準備できてる?」


「はい。少々お待ちください」


 ほどなくして、何機かのALAYAが荷物を運んで来た。


 先ず簡易な袖机、その上に荷車の模型、アルコールランプ、水を入れるタンク、シリンダーとクランクシャフトとギアが組み合わさった機構が並べられる。

 これらは工房に発注せず、ALAYAが研究所地下で作製した物である。


 さくらは荷車模型に手を伸ばし、組み立て始めた。


「ありがと。ええと。タンクはここにはめるのね。その下にランプだね」

「はい。水はこちらのビーカーからタンクに注いでください」


 それを見ていた親方と弟子が席を立ち、壇上に尋ねてきた。

 興味津々にシリンダーとクランクシャフトを指差す。


「それ、見せて貰って良いですか?」

「うん、良いよ。はい」


 さくらに手渡されると、さっそくギアをくるくる回す。

 するとクランクシャフトが連動し、シリンダー内のピストンがシャコシャコと上下に動いた。


 二人の職人が目を丸くする。


「回転運動を往復運動に変換する機構か! よくできとる」

「水車の回転から色々応用が利きそうですね。これだけでも大変な発明ですよ」

「工房でも作れるか……よく、頭に入れておくんだぞ」


 ひとしきり触って構造を理解した後、弟子がさくらにシリンダー機構を返す。

 そして荷車模型の車輪軸に取り付けられたギアを見た瞬間、ガタっと後退った。


「まさか、逆なのか。往復運動を回転運動に変換する?」


 それを聞いたさくらが片眉を上げた。


「何となくわかったかな? まあ、クランクの構造がキモで、後は単純だからね。さて、これをここに嵌めるのかな……車輪のギアと噛ませて……」

「博士、反対向きです。……はい、そこです。あとはシリンダーに、このパイプを繋いでください」

「おっけー」


「あ、あ、あ……」


 弟子が何かを確信し、ガタガタ震え始める。

 親方が怪訝な顔をした。


「どうしたんだ、お前」


 ALAYAがシャカシャカと腕を伸ばし、アルコールランプの蓋をはずす。

 そして腕の先からパチッ! と光がほとばしると、ランプに火が付いて直上のタンクを炙り始めた。


「だ、だから、親方。鍋で湯を湧かすと蓋が持ち上がりますよね」

「そりゃお前、水ってのは沸騰して水蒸気になると、体積が増えるからな。それで蓋が持ち上が……あっ!?」


 それを聞いたALAYAがカタカタ笑う。


「さすが職人組。気付きましたか」

「しぃ~、お二人さん。お湯が沸くまで待ってね」


 そう言ってさくらは、荷車――いや、汽車の模型――をゆっくり地面に置いた。


 ランプの芯は太く、意外なほど炎が大きい。

 すぐに銅製の小さなタンクが熱を持ち始めた。


 ほどなく、汽車の模型はシュッ、シュッ、と音を立て、ゆっくりと前進を始める。

 どよっと声が上がり、毛民達が立ち上がった。


 さくらが満足そうに皆に告げる。


「ほら、ね。これは魔法でも何でも無くて。こうやって蒸気の力を使えば、毛力は必要なくなるんだ」


 歓声と同時に、次々に質問とも独り言ともつかぬ声が上がった。


「た、たまげた……湯を沸かすだけで、荷車がひとりでに進むなんて……」

「蒸気の力。これは大変なことになったぞ」


「質問です! この仕組みは、その、重い物でも運べるようになるのでしょうか」

「火力と、密閉度次第だね。皆が沢山乗れる、大きな乗り物も作れるよ。シュッポッポ~ってね」


 ざわめきが大きくなる。

 そこまで大きな力が出せるというのか。


「それじゃ、石材、鋼材、木材の運搬、いや、それだけじゃない。集落から集落へ。毛民の移動、あらゆる物資の大量な往来が可能となる!」

「そう、それは貨物列車ってやつだね。物流の常識が変わっちゃうんだぜ」


「これ、荷車の後ろに鍬や鋤を固定して、がーっと引いたら、あっという間に畑を耕せるのでは……」

「はっは。耕運機トラクターの発想だね。その調子その調子」


「まさか、筏の両端に水車を付けて、水を掻かせれば、漕ぐ必要が無くなるのか?」

「それは外輪船っていうんだよ。同じ回転運動なら、スクリューってのを使うと、もっと効率が良くなるね。その辺も、おいおい、ね」


 有効な利用法を皆が発想し、提案し合う。

 会議は喧喧囂囂けんけんごうごうの大騒ぎとなった。


 実際には、ピストンエンジンの機構は蒸気ではなく、ガソリンなどの燃料を使った内燃式が本命である。


 また蒸気利用の本命はタービンを回す『発電』にある。

 さくらとしては蒸気機関車を飛び越え、電車を作る気満々なのであるが、それも追々伝えることになろう。


 ひとまず蒸気の力、ピストンエンジンの仕組みを一度に伝えるためには、汽車の模型が最適であり、それは上手く行ったようだ。


 工房の親方が頭を掻いて言う。


「てっきり、今日の会議は活字の話が本命だと思ってたんだが、やられたぜ」

「親方にも驚いてもらおうと思って。活字はこの後に、ね」


 ALAYAは楽しそうに旋回した後、腹部を開いてカシャカシャとさくらに腕を伸ばした。

 みると腕の先に、握り拳の小さな模型がくっついている。


「博士、ナイスプレゼンでした」

「お。古典的~」


 握り拳をALAYAに差し出し、拳同士軽く触れる。グータッチだ。

 さくらの時代では、すっかり古典的となったゼスチャーである。


「にひひ。さあ産業革命、開始だね」


 笑いながら、そう言った。


読んでいただき、ありがとうございます。

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