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猫の選択と巨神戦争  作者: ぱらだいむ
第2章:無双編
32/47

32:工房

 長老会議が1週間後に迫った霊樹の集落。


 ここ数日、さくらは足繁く鍛冶屋に通い、また頻繁にフローターに乗ってどこかへ出かけていた。

 何をそんなに忙しくしているのかと毛民に訪ねられるが、『まだ内緒』『楽しみにしておいて』と流すばかりである。




 朝。さくらとALAYAが鍛冶屋に向かう途中。

 大きな建物の前を通りがかると、木箱を抱えた狸の若者とシロップが何やら話しているのが見えた。


 この建物は兎族の回復術士が営む診療所。

 シロップの実家である。


 どうやら、狸は『木箱受け取って欲しい』と言い張っているようだ。

 シロップは『結構です』『もう充分受け取ったから』と断っているのだが、狸も引き下がらない。


「シロップちゃ~ん」

「あ、さくら。妖精さん」


 さくらが声を掛け、シロップが返した瞬間。

 狸は素早く診療所の戸口の横に木箱を置くと、挨拶もそこそこに走り去ってしまった。


「あ! ……もう!」


 シロップがため息交じりの声を上げた。


「何? その木箱」

「これね。牧草チモシーとか、乾燥した人参とかの、詰め合わせなのよ」


 如何にも兎の好物だ。


 断ることもなさそうな物であるが、すぐに理由に察しが付いた。

 戸口の横には、似たような木箱が沢山積まれているのである。


「ははあ。この積まれてるヤツ、全部そうなのね? なんでまた?」


 シロップによれば、霊樹の集落は『巨神の谷の目撃情報』をもたらしたシロップの祖先の出身地であり、その一族が主導する調査隊の存在も相まって、ことさら巨神発見への期待が大きい土地柄だったのだそうだ。


 それは二日にわたる宴の歓待ぶりと盛り上がりで、想像が付いていた。


 しかしその反面、期待の大きさの裏返しと、百年も巨神を発見できなかった事も合わさり、長らく懐疑的・批判的な声も多かったという。

 それを聞いたALAYAは得心したように上下した。


「なるほど、それで……」


 さくらたちが霊樹の集落に着いた時、シロップとその一族が泣きながら抱擁し合っていた事と理解が繋がる。

 これらの木箱は、批判的な声を上げていた者達がお詫びとして持って来た物なのだ。


「さくらと逢えて私達の一族は完全に報われたから。もう、いいのに……」

「にひひ。謝らないと気が済まないあたり、毛民らしいねえ。貰える物は貰っておいたら?」


 シロップはクスリと笑う。


「ふふ。そうね、いただいておきますか。兎族は大所帯だから、余ることもないでしょう」


 そう言いながら、さくらを見上げて続けた。


「今日も鍛冶屋の親方の所? そろそろ、何をやっているのか教えてくれても良いんじゃない?」

「ああ~。 長老会議で公表したいから大っぴらにしないだけで、絶対秘密って訳じゃないんだ。一緒に来るかいな」


 それをシロップは嬉しそうに手を合わせる。


「やった。勿論」




◇◇◇




 集落の正門から中央の霊樹までを繋ぐ目抜き通り。

 広い石畳の道の両脇に、様々な店が軒を連ねていた。


 酒場などもあり、活気に満ちた通りだ。

 その一角に、立派な設えの鍛冶屋があった。


「さくら殿、ALAYA殿。いらっしゃいませ。おお。診療所のお嬢さんも」


 応対に出た鍛冶屋のスタッフは、親方と同じ穴熊である。


「やっほー。どんな感じ?」

「順調です。ささ、どうぞ中に」


 戸口が開け放たれると、さくらはALAYAとシロップに先に入るように促し、自分は四つん這いになって進む。

 この鍛冶屋は毛民達の建築の中でもかなり大きい方だが、流石にさくらが立って入れるサイズではない。



 入ってすぐの所はお店になっており、カウンターの後ろの壁に様々な金属製品が並べられている。

 鍋や包丁などの食器、鋤や鍬などの農具、武器や防具などもあった。


 シロップ達回復術士が携える銅のナイフも、この鍛冶屋で作られた物である。



 カウンターの脇を抜けて奥へ進むと、工房だ。

 大きな炉が熱気を放っており、暑い。


 さくらたちが工房に入ると作業員達が挨拶しに来た。

 ほぼ、全員が穴熊だ。


 面白いことに、彼等は親族という訳ではないらしい。

 それぞれ近隣の、様々な集落出身の者達である。


 毛民達の中でも穴熊は伝統的に手先が器用で、寡黙な職人気質が多いのだそうだ。

 必然、鍛冶屋の徒弟として門を叩く者も多い。


 まるで古の伝承にあるドワーフである。



 地元民であるシロップも、工房に入るのは初めてだ。


 物珍しさにきょろきょろしていると、奥にある彫金用の作業台に向かうよう促された。

 四つん這いのさくら、ALAYAと一緒に奥にすすむ。


 作業台では親方が、極細のたがねと鎚を振るっているところであった。

 タイミング良く、作業が一区切りしたらしい。


「おう、来たな。ちょっと待ってくれ」


 さくらたちに気が付いた親方が、万力で固定していた細い金属の棒を取り外しながら言った。


「丁度出来たところだ。コイツでいったん、一区切りだな」

「頂戴します」


 金属棒を差し出すと、ALAYAが受け取って確認する。


「……素晴らしい。流石です」

「ふん、まあ金物かなものとの付き合いは長い。この手の仕事は任せてくれ」

「見せて見せて~」


 ALAYAからさくらに金属棒が手渡されると、シロップが横から覗き込む。

 それは細く四角い金属の棒で、先端の狭い面が彫り込まれていた。


 平仮名の『ん』を左右反転させた、凸版の彫刻だ。


「うん。やっぱ器用だねえ」

「え? え? 何これ?」


 シロップからすると、全く未知の物だ。

 鍛冶屋に通っていると思ったら、こんな物を作って貰っていたのか。


「さくら殿、こちらもご確認ください」


 隣の作業台から、穴熊の若者が声を掛けてきた。

 こちらでは鋳型の注ぎ口に、熱でドロドロに溶かした金属を流し込んでいる。


 型から抜いて出てきたのはやはり金属棒で、出来た先から水桶に投じられて冷やされていた。

 穴熊の若者は水桶に手を入れて金属棒を五本ほど掬い出すと、さくらに手渡す。


「おお~。綺麗に抜けてるじゃん。量産化の目処も立ったね」


 シロップが横から覗くと、今度は平仮名の『あ』が反転した凸版になっており、五本全てが同じ物であった。

 親方の作った原型を基に鋳型を作り、そこから鋳造しているのである。


「文字? よね???」

「そうそう。これは『活字』っていうんだよ。とりあえず五十音あいうえおから」


 すると穴熊の若者がALAYAに頭を下げる。


「型離れが抜群です。ALAYA殿に合金の比率を教えていただいたお陰ですね」

「いえ、採掘所と鍛冶屋で各金属をきちんと区分けしていたのが全てです。鉛・錫・アンチモンが揃っていた時点で勝ちですよ」


 人間社会で使われていた金属活字も、これら3種の合金である。

 定番の比率があり、ALAYAはそれを伝えたという訳だ。


 そこへ親方が声を掛ける。


「平仮名は終わったけどよ、漢字もやるって言ってたよな? 何文字あるんだよ……」

「にひひ。今回は平仮名だけで良いよ。漢字は追々、ね」

「最終的には常用漢字の網羅。およそ二千文字。その前に学習漢字を揃えましょう。こちらは千文字くらいですね」


 親方は楽しそうにおでこを掻いた。


「気楽に言ってくれるぜ」


 どっと笑いが起こる中、シロップは大げさにガックリする仕草をとった。


「ま、全くわからない……一体何をするつもりなの……」




◇◇◇




 工房からの帰り道、診療所の前でシロップと別れると、さくらがALAYAに聞いた。


「紙の方は?」

「はい。そちらも順調です。ちょっとズルですが、植物繊維の抽出用に私から水酸化ナトリウムを供出しました」


 霊樹の集落から少し距離があるが、川沿いに紙職人の集落がある。

 さくらとALAYAはそちらにも訪ね、紙の増産を手配していた。


 現在、ALAYAが一機紙職人の集落に残り、付きっきりで生産の効率化を図っているのである。


「おー、おー。ショートカットするねえ」

「長老会議までにある程度揃えたいですからね。水酸化ナトリウムの生産方法は、追って伝えることにします」


 基本的には、毛民達に一つ一つ理解して貰いながら物事を伝えていく方針に変わりは無い。

 今回は多少前後しても仕方が無いとの判断だ。


「初手で三大発明の一つから入る訳だからね。結構なインパクトだと思うんだよな」

「楽しみですね」


 ALAYAはくるりと輪を描いた。


読んでいただき、ありがとうございます。

続きが気になりましたら、ブックマークと☆評価をご検討ください。


※誤字脱字、表記揺れは突っ込みいただけますと幸いです。

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