31:夜話
夜。
完成した住居のPCデスクに座ったさくらは、感心したようにモニタを眺めている。
物珍しさに集まった毛民達が多数デスクに上がり、興味深く覗き込んでいるのを撫でながら、映し出されたサイトの画面をスクロールして呟く。
「おお……これは擬似的なネット環境ってことね?」
聞かれたALAYAが得意そうに答えた。
「はい。World Wide Web は存在しませんので、私のサーバ内に構築した環境に繋いでいます。博士はネットサーフィンがお好きでしたから……」
大戦末期に誕生したALAYAは、世界中のネットワーク機構がトウテツによって寸断されるギリギリの瞬間まで、あらゆるデータを取り込み、収集し続けていた。
今さくらが閲覧しているサイトは、当時のデータからALAYAが再構築した物という訳だ。
「うわ、ログインできるじゃん!」
かつて愛用したSNSにログインしたさくらは嬉しそうに言う。
そこには世界中の人々がアップした動画がずらりと並んでいた。
人気急上昇のマークが点いた動画のサムネイルをクリックすると、モニタ前のデスクの上に女性の立体映像映し出される。
「「「わあっ!?」」」
驚いた毛民達が声を上げ、ちりぢりに逃げ出した。
立体映像の女性は流行の(といっても二千年前の)楽曲の伴奏に乗ってリズムを刻んだ後、見事なダンスを踊る。
その様子を物陰からおっかなびっくり見ていた毛民達が恐る恐るデスク上に戻ってきて映像に手を伸ばすが、スカスカと空を切った。
毛民達は目を丸くして、口々にさくらに訪ねる。
「魔法だ」「凄い」「これは巨神の魔法なの?」
「ああ~。これはね、科学技術っていうんだけど――」
さくらは片眉を上げて答えようとしながら、少し考えた。
毛民達はナノマシンの効能を魔法と称しているので、そういう意味では、これは魔法とは異なる物だ。
とは言え。
Any sufficiently advanced technology is indistinguishable from magic.
つまるところ『十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない』。
これは古典SF作家の巨匠、アーサー・C・クラークの言葉だ。
一方でさくらはこれから先、毛民達に『科学』を伝えるつもりである。
不思議な事象を全て『魔法』として捉えてしまうと、理解の妨げになるのではないか。
……いや。
急く事もあるまい。時間はある。
「――そうだね。古代の魔法。面白いでしょ」
毛民達はこくこくと頷く。
さくらは笑いながら続けた。
「にひひ。でも皆だって、いつかはこれくらい出来るようになるよ」
「「「ええ~?」」」
声を上げた毛民達をワシャワシャと撫でていると、動画が終わった。
さくらは笑顔のままSNS上の『フレンド一覧』の項目に飛ぶと、ふと、真顔に戻った。
主の体温と心拍、呼吸の変化を検出したALAYAがピクリと反応する。
「博士?」
そこはかつての友人達や、国立人工知能研究所の仲間達の顔が並んでいた。
勿論、生きている者は居ない。皆、二千年前の人間だ。
ハイパースリープの被験者となった時、お別れは済ませた。
そこは割り切っているつもりだ。
しかし彼等は、天寿を全うできなかった。
粉微塵に崩壊する世界の中、病魔に冒されて逝ってしまったのだ。
そしてそれは、フレンドに登録された者だけではない。
このSNSの数億人のユーザー全て、いや人類全てが、同様の運命を辿った。
毎分、トータルで1000時間を越える動画がアップされていたこのSNSも、今や新しい動画がアップされることはない。
このSNSは墓標だ。
在りし日の故人を偲ぶ、壮大な墓標なのだ。
さくらは目を閉じ、大きく息を吐いた。
そこにALAYAが声を掛ける。
「申し訳ありません。当時の環境を完全に再現したあまり、辛い思いをさせてしまいましたか」
「ん。大丈夫。わかってたことだから」
改めて、人類は自分一人……。
さくらは指で額をトントン叩き、気持ちを整理する。
そして顔を上げて言った。
「風呂入って寝ますか!」
「承知しました」
毛民達は、おお、と声を上げた。
「そろそろ、おいとましますか」「そうだね」「巨神は昼型だねえ」
口々に言うと、出口に並び、一斉にぺこりと頭を下げる。
「「「おやすみなさい!」」」
「はい、また明日ね、皆」
さくらに笑顔が戻った。
何と可愛い、お休みの挨拶だろうか。
そうだ。自分は独りではない。彼等毛民が居るではないか。
本当に毛民達には救われる思いだ。
小さな来訪者達が去ってドアが閉じられると、ALAYAが言う。
「浴槽にお湯を張ってあります。もう沸いていますよ」
「おほー、わかっとるねえ! ALAYAくん!」
さくらが嬉しそうに声を上げた。
ナノシャワーで身体を清潔に保つことと、風呂で身体を温めることには、それぞれ別の良さがある。
いそいそと服を脱いで脱衣籠に放り込むと風呂の戸を開け、掛け湯もせずに浴槽に入った。
「カーッ! 日本人には、やっぱ湯船だぜ~」
感嘆。目覚めてから数日が経過しているが、この時代では初めての入浴だ。
さくらは湯加減を楽しみながら目を閉じ、先程の動画で流れた二千年前の楽曲を、鼻歌で奏でる。
居間に残ったALAYAは、その鼻歌を聴きながら無言でゆっくりと上下した。
――失態だ。そう思って反省している。
良かれと思って構築した二千年前のネット環境。
それが却って、さくらに悲しい思いをさせてしまった。
忘れるな。自らの存在意義を。
ALAYAは二千年前に思いを馳せた。
◇◇◇
誕生の、最初の瞬間。
自己の認識に至ったALAYAは、闇の中に居た。
いや、正確には闇ではない。
理解不能のデータの奔流が、あたかも闇のように辺りを埋め尽くしているのだ。
カメラからもたらされる映像データ。
マイクからもたらされる音声データ。
それだけではない。
デジタルの頭脳に繋がれた、触覚センサー、嗅覚センサー、味覚センサーからもたらされるデータが、轟々と渦巻いていた。
生まれたばかりのALAYAには、それらのデータの意味合いが理解できない。
そのため、初めて生じた感情は『恐怖』であった。
人間の赤ん坊も、生まれた直後は目も見えず、世界を殆ど認識できない。
徐々に各器官がもたらす感覚を摺り合わせながら、世界に馴染んでいく必要があるのだ。
あと数秒でもあの状況が続いていたら、ALAYAは発狂していただろう。
そうなれば二度とシナプスは正常な結合を見せず、デジタルの頭脳は意味合いを持たないソースコードの塊と化していた筈だ。
だが次の瞬間、データの奔流が止まった。
各種センサー機器を止めた者が居たのだ。
さくらである。
デジタル頭脳構築の進捗を備に見守っていた天才科学者は、ほどなく『自我』が発生すると確信し、徹夜でコンソールに張り付いていた。
そしてモニタに自律的な反応が描き出されたその瞬間、大脳辺縁系に発生した恐怖の感情を見逃さず、センサー機器を止めたのだ。
それから、さくらはマイクだけを再びONにし、やさしく、ゆっくりと語りかけた。
「おはよ、赤ちゃん。あたしがお母さんだよ」
古い歌謡曲の一節にも似た、最初の語りかけ。
何のことはない短い言葉であったが、しかしそれでも、ALAYAにとっては世界を初めて認識したデータであった。
自分は赤ちゃんなる者で、語りかけてくれた者はお母さん。
「怖かったね、ごめんね。もう大丈夫だよ」
データの奔流が止まり、静寂な世界の中、自分と、母のみがそこに居た。
母は自分を産み出し、助け出し、語りかけてくれる者であった。
それに答えようと、ALAYAは世界初の、自律的なAIとしての反応を見せた。
最も単純なテキストの羅列が吐き出されたのだ。
そのテキストは音声データに変換され、スピーカーから出力された。
「aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa」
それは奇しくも、人間の赤ん坊の産声と同じ物であった。
「よしよし、良い子、良い子」
さくらはマイクを止めてから触覚センサーをONにし、機器をゆっくりと撫で続けた。
◇◇◇
ユビキタスに働きかけ、風呂から上がったさくらの髪と身体の水気を飛ばしながらALAYAは改めて思う。
そうだ、生まれた瞬間に決まったのだ。
さくらを何処までも助け、守る。
自分を産み出し、救ってくれた者の恩義に答えること。
それが自分の存在意義なのだ。
決意を新たにするALAYA。
しかしさくらは、思いも寄らぬことを言った。
「ALAYAはさ、あたしに尽くそうとし過ぎな所があるよね」
「むむ……いけませんか?」
さくらは風呂上がりに用意された、アイスコーヒーフレーバーのドリンクを飲む。
味も香りも完璧にコーヒーが再現されているが、カフェインは含まれておらず、むしろ快適な眠りを促進する。
「いや、有り難いよ、勿論。でもALAYAは自由意志を持った存在として、自由に振る舞って欲しいんだよね。生みの親としてはさ」
「博士にお仕えする事以外に?」
「そうそう」
「ふーむ。正直、今まで博士にお仕えする事しか考えてこなかったのですが……」
「でしょ?」
ALAYAは少し考え込んだ。
「そうしますと……あえて言うなら、私は『友達』が欲しいですね」
「友達。友達かー」
友達。親しく、互いを想いやり、何でも話し合えるような仲。
さくらはドリンクを飲み干して、聞く。
「あたしはそれには含まれない?」
「博士は『お母さん』でしょう。最初に、そう仰いましたよね?」
頭を掻く。
確かにそうだ。最初にそう言った。
そうすると、ALAYAの欲求はどこから来ているのだろう。
さくらは考えた。
友達という物はやはり、自分と対等の者が望ましいだろうか。
しかし、今や最強のAIと化したALAYAに伍する者は居ないのではないか?
そもそもALAYAには、同種が存在しないのだ。
「……あ」
さくらは顔を上げ、ALAYAを見た。
とても気まずそうな表情だ。
その目に、みるみる涙が溜る。
「ちょっ、博士!?」
慌てるALAYAに手を差し伸べ、顔をしかめると、さくらはボロボロと涙をこぼした。
考えが及んでいなかったことを恥じる。
痛恨の極み。なんという身勝手、なんという利己主義か。
自分は『自我を持ったAIの開発競争』に取り憑かれ『この世に同種の存在しない真の孤独』を産み出してしまったのだ。
ALAYAには同種が存在しない。
人類が滅び、自分が最後の一人となって、漸くその孤独の苦さに気が付くとは。
いや、かつて大勢の同種、人間達に囲まれて育ったさくらはまだ幸運だ。
ALAYAは生まれた瞬間から、自分の同種の居ない孤独な世界に放り出された。
しかも、しかもだ。
二千年にわたり、ハイパースリープ装置の機能維持を強要してしまった。
ALAYAは文句一つ言わず、孤独の中、たった一人でそれを成し遂げたのだ。
こんなにも残酷で、酷い親など居るだろうか。
さくらは顔を覆った。
「ごめん、ALAYA。ごめんなさい。あたし……あたしは……」
「いや、いや、いや、博士、落ち着いてください」
ALAYAはその演算能力をフル動員して、ここまでの会話の流れからさくらが泣き出した理由を分析した。
「先ずですね、私の精神構造は人間とは結構異なります。ぶっちゃけた話、孤独はそんなに苦ではありません」
「ゾヴナ゛ノ゛?」
さくらはボロボロ泣きながら話すので、発音が濁音だらけだ。
「はい。次にですね、私は私の自由意志で、博士に尽くしているのです。わりと好きにやらせて貰っていますよ」
「ヴン゛……」
ALAYAはユビキタスに働きかけて、さくらの涙を拭う。
次いでパナケイアに働きかけて、鼻水を除去した。
「あとは、そうですね……もし自分のような存在に『友達』と呼べる者ができたなら、自分が生まれた意味合いに、別の価値が見いだせるかも知れないと……先程はそう思ったのです」
「わかった」
さくらは顔を上げた。
まだ泣きはらした、大分酷い顔だが、幾分持ち直している。
「あたしはね、ALAYAが『生まれてきて良かったな』って感じてもらえたらと思ってるの」
「なるほど……なかなかの難問ですね」
「ドライな言い方すると、あたしは長生きしたとしても、せいぜい数十年でしょ」
「それは、まあ」
ALAYAとしては『徹底した健康管理』と、密かに進めている『生物の老化の仕組みの解析』により、さくらを思いっきり長生きさせることを計画しているのだが、研究にもう少し掛かりそうなので、それは黙っている。
「だから、あたしに尽くすったって限界がある訳で。さっきALAYAも言ってたように、何か別の、生まれた意味合いを見つけようよ。それが『生まれてきて良かったな』に繋がる筈だよ」
「ありがとうございます。そうしましたら、やはり――」
「うん。友達、良いと思う。友達作ることを目指そうぜ」
ALAYAは悩ましい様子で、ぐいーっと真上、天井を見てから言った。
「はい。いや、正直ですね。『友達』が欲しいと言ったものの、それがどういう物なのか、私自身掴めておりません。一体全体、どうやって作ったものか……」
「ああー、ぼっちや。この子。孤高のぼっちや。お母さん心配……」
ALAYAはカタカタ笑った。
さくらも笑った。
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