29:隊商
さくらが霊樹の集落で明るいうちから飲んだくれていた、その頃。
陽だまり集落、ベルハイド宅。
ベルハイドが座したまま、剣を光にかざしている。
しばらく眺めた後、膝の間の平らな石に水を掛け、剣を押し当てた。
砥石だ。
次の仕事に向け、剣を研いでいるのである。
水を掛け、研ぎ、また光にかざす。
何度か繰り返した後、漸く納得が行ったのか、剣を丁寧に拭って納刀した。
「興味深い」
と、ALAYAが言った。
鍛造の両刃は西洋の剣を思わせる形状であるが、水研ぎはいかにも日本刀のメンテナンスだ。
立ち上がったベルハイドが聞く。
「剣を研ぐのが珍しいのか?」
「いえ、刃物の研磨は詳しい伝承が見当たらなかったのですが、似たような手法に収斂するのだなと」
「巨神の文化と同じようなやり方って事か……そりゃ結局、砥石が同じだからじゃないか」
剣の研ぎ方は長老から教えられた物だ。
銅剣であろうと鉄剣であろうと、砥石で丁寧に研ぐ伝統があるのだという。
日本では古くから、質の良い天然砥石が多く産出される。
毛民の文化でも巨神の文化でも、同じ砥石が使われるのであれば、刃物を研ぐ手法も似通って来るということだろう。
ALAYAは楽しげにくるりと旋回した。
観察と考察、知識の収集。ALAYAの好物である。
ほどなくベルハイドは出発の準備に取りかかった。
手際よく防具を身につけ、腰にベルトを巻いて左右の剣を差し、マントを羽織る。
次いで、葉っぱで丁寧に包んだ食料をザックに詰めていく。
腑を抜いて塩水に浸けてから天日干しした、魚や蛙である。
こうしておくと、かなり日持ちするのだ。
旅先で焚き火を起こし、炙ってから食べる。
携帯用の食料であるが、これがなかなかに美味い。
優れた狩人でもあるベルハイドは旅の途中でも食料を調達できるのだが、長期の護衛任務は何が起きるかわからない。
食料の備えをしておくのは大事なことだ。
「さて、行くか」
ベルハイドがALAYAに声を掛け、家を出る。
隊商の護衛の開始である。
◇◇◇
集落のすぐ外、拓けた場所に隊商の一団が集まっていた。
「来たな、ニイちゃん」
「ああ」
声を掛けたのは隊長だ。
大柄な猫の男で、長毛種なのと相まって、迫力のある体躯である。
主に南方の集落と交易する隊商を仕切っているベテランだ。
自身もかなりの腕っ節を誇るが、同じ猫族のよしみか、機が合えばベルハイドを護衛に指名してくれる。
ベルハイドが焚き火を囲う隊商の面々に挨拶していると、隊長はALAYAにも声を掛けた。
「おっ、妖精のダンナ。巨神についてなくて良いのかい?」
さくらが陽だまり集落を訪れた時、この隊商も駐留していたため、宴にも参加していた。
「ダンナはやめてください、隊長。私は何機もいますので、大丈夫なのですよ」
「ああん? どういうこっちゃ」
「もう一機の私が、ちゃんと博士に仕えております」
それを聞いた隊長が豪快に笑う。
「がっはっは。何を言っているのか全然わからん!」
「まあ、お気になさらずに」
ALAYAもカタカタ笑った。
ひとしきり談笑した後、準備が整った隊商の皆に、隊長が声を掛ける。
「よし、出発しようぜ!」
「「「応!」」」
今回の交易は、はるか南西の海沿いにある『潮風の集落』が目的地だ。
陽だまり集落の特産品である野菜や鶏卵、葡萄酒。周囲の山地で採れる山菜やキジ、野鳩。そう言った物を潮風の集落に卸す。
そして、潮風集落の特産品『塩』をたっぷりと持ち帰るのである。
掛声とともに、一斉に荷車が引かれる。
隊商といっても荷馬車は使わない。各々が、自分の荷車を引くのだ。
大きな荷車を二人で引く者もいるし、小さな荷車を一人で引く者もいる。
一人だとトラブルに巻き込まれた時に対処できないから、交易をする者達は自然と一緒に移動するようになる。
そうやって、幾つもの荷車の集団となる。
それが毛民社会における隊商であった。
ベルハイドは隊長の荷車を後ろから押している。
葡萄酒の樽を積んでおり、重い分、動き出しに力が要る。
隊商では護衛も運搬を手伝う。
護衛は交易の商材を用意せずとも、報酬を得られる。その代わり何かトラブルがあれば、対応する。
差し出すのが武力というだけで、護衛も隊商の一員なのである。
役割が違うだけで、何もトラブルが無い場合でも報酬を得られる訳だから、手伝うのは当然と言うことだ。
夜。
小高い丘の上での野営となった。
今夜も天気が良く、月明かりに照らされた景観が遠くまで見渡せたが、まだ海岸線は見えてこない。
焚き火が熾され、そのまわりに隊商の皆がぐるりと輪になって座す。
荷車から酒樽が一つおろされ、各自に酒が供された。
もともと荷車のうち一台は隊商のための食料が積まれており、道中の飲食に不自由しないように準備されているのだ。
野営のたびに酒盛り。
基本、楽しい道中なのである。
乾杯の後、隊長がジョッキを片手にベルハイドとALAYAの所にやって来た。
「どうだいニイちゃん、最近コッチの方は」
すわるなり酒を飲み、小指を立てる。
いきなり女性関係のツッコミ。男所帯の酒盛り特有だ。
「ああ、なくはないぜ。上手く行ってるかはアレとして」
「なんじゃそれ。オッチャンに聞かしてみ」
ALAYAもくるりとこちらを向く。
表情は存在しないが、興味津々なのは丸わかりだ。
ベルハイドは頭を掻いて言った。
「別の護衛の案件でな。兎の子とそういう関係になって――」
「ああ~! あの調査隊のネエちゃんか! ニイちゃんは他種女もイケるクチかい!?」
このグイグイ来る感じ!
ベルハイドはジョッキを一気にあおってから答える。
「いや……全然イケないクチのつもりだったんだが……綺麗な子だなとは思ってたよ? そしたら、なんちゅーか、そういう流れになり」
「はっは~。オッチャンは同種婚だから想像付かんな」
隊長の住居はまた別の集落だが、美人と評判の奥さんが居る。
子沢山が自慢なのだそうだ。
「他種女か~。どんな具合だった? なかなか乙な物だ、とも聞くけどな」
どんどん品が無くなっていく。
聞いているALAYAは何も言わないが、くるくると旋回している。
楽しんでいるのが丸わかりだ。
「ちっ……まあ、そうだな。よかったよ、凄くな」
「がっはっは!」
酒のせいもあり、ベルハイドも些か饒舌になっている。
シロップ本人には言えないのに、男所帯の仕事仲間との酒の席では言える。そういうものだ。
ベルハイドは頭を掻いて続けた。
「でも何か不満があるような感じなんだが、それが何かわからない」
「ほーん。あのネエちゃんは、もともとそういう趣味っちゅーか、他種男好き? 猫の男が好きだったんか?」
「いや……どうだろ。わからない」
そういえばそうだ、そこはどうだったのだろう?
「てぇことは、だ。そういう他種族だなんだという話も無く、流れなり勢いなりで、イタしたと」
ベルハイドは自分の内面を話したあの日を思い出していた。
シロップと視線が合い、首筋を舐め上げられて……流れというか、勢いというか、空気というか、そういう感じは少なからずあったが。
「そりゃまあ……でも、イタすのには勢いだって要るだろう? 同種、他種、かかわらずさ」
「だからネエちゃんとしては、そこをハッキリさせたいんじゃねえか? 他種族だけど良いのか? その場の勢いだけだったんか?」
腕を組んで唸る。
「うーん。いやいやいや、その場も何も。そんなの受け入れてイタしてる時点で、良いに決まってるだろ? 駄目だったら『済まんがそっちの気はない』って、断るだけだろう」
「なるほどな、オッチャンにはわかったぜ」
ベルハイドはALAYAが注いできた酒のおかわりを受け取って聞き返す。
「なにがだよ?」
「ニイちゃんが悪い!」
ベルハイドは咽せて咳き込み、ALAYAがカタカタ笑った。
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