(8)旅立ち
全部話そう――そう言ったソウリャは、何か決心をしたような顔つきで、「昔壁が崩れてしまっていて立ち入り出来ない」と説明されていた地下室へと向かった。
「おいで、足元暗いから、気をつけてね」
「……うん」
地下へ繋がる階段には壁に紫色の光が灯っていて、不気味な空気が流れている。
「ソウリャ」
「ん?」
「リサとソウリャは魔術士だったの?」
「んー、そうだね」
「……知らなかった」
「言ってなかったからね」
ソウリャに手を引かれ、じっとりと湿った階段をかなり深くまで降りる。
「知ってるよ、僕。魔術で点けた蝋燭の炎って紫色なんだよね」
「……そうだね」
「昔、絵本で見た」
「そっか」
ターン、ターン、と二人の足音が反響して響き渡る。
「ねえ、僕に言わなきゃいけない事って、何?」
「……着いた、ここだよ」
ギイイ、と重い石造りの扉をソウリャが押し開ける。すると、目が眩む程の青白い光が零れて来た。
「中に、おいで」
眩しそうに腕で顔を覆うライの手を、ソウリャは優しく引く。
部屋に一歩踏み入れると、中はじんわりと暖かかった。中央の床には焼け焦げたような不思議な模様が描かれていて、その両隣には石の塊が二つ並べられている。一番驚いたのは、それらの真上に浮かぶ太陽の様な光の塊だ。
「その光はあまり直視しない方がいい。力が強すぎるから意識を失ってしまうかもしれない」
「……」
「あの光は魔蓄石って言う石なんだ。この家は君を護るために強い魔術がかけられているのさ。ほら、そこに引かれた模様みたいなものが魔法陣。その両隣にある石棺には聖人のご遺体が納められている」
「……」
「どうしてこんなものが家にあるのかって、思うでしょう?」
驚き声の出ないライの気持ちを代弁するように、ソウリャが言う。ライはこくこくと首を縦に振った。
「それは、君が光の民にとって、非常に重要な人物だからだ」
ドクリ、と自分の心臓が脈打つのが分かった。
「……言ってる意味が、分からないんだけど」
「……」
グッと唇を噛み、目を伏せるソウリャ。
「君は、本当は――」
「……本当は……?」
わなわなと震えるソウリャの唇。ライはその唇が次に何を発するのか、食い入るように見た。
「ソウリャ! 準備出来たわ! 急いでっ上の建屋は破壊されそうになってる」
「嘘だっ……!?」
「嘘なんか言うわけないでしょう?」
リサが両手いっぱいに瓶を抱えて、部屋に飛び込んできた。
「……その様子からだと、まさかまだ話せてないの?」
「……いや」
「チッ、このっ意気地無し!」
リサは魔法陣の周りに等間隔に瓶を並べていく。
不思議に、彼女の足の出血は治まっていた。
「ライ!」
「は、はいっ」
瓶を並べ終えたリサは、ツカツカとライに近寄ってくると、そのままの勢いでライの両肩に手を置いた。
「いい? よーく覚えておくのよ。あなたは誰がなんと言おうと、ライ=サーメルなの。小さな頃に私に預けられて、二人で馬鹿やって騒いで来たライ=サーメルなの」
「……うん?」
「確かに、私達はあなたに黙ってきた事が沢山あるわ。しかもこの意気地無しはこれからも隠し通したいみたい。でも、分かるよね? 私達が、どれだけあなたの事大好きかって事。どれだけ大事に思ってるかって事。分かるよね!?」
「……な、なんでそんな事聞くの?」
「分かるよね!?」
凄い剣幕で捲り立てるリサ。
普段強気の彼女の頬を、つう、と雫がつたい落ちる。
「それだけ忘れなければ、きっとあなたは……大丈夫」
「……わかった、分かったからリサ。泣かないで」
「……泣いてないわよ、バカ」
そっと、ライがリサの頬に触れると、彼女は両手で顔を覆い泣き崩れてしまった。
「ライ、今から君をこの魔法陣で王都の地下へと転送する。正直、その先でどうなるかまでは私達は知らされてないんだ。それでも、君は行かなくちゃいけない」
「ソウリャは? リサは? こんな所に置いていけない。一緒に行こうよ」
バタバタと準備を始める二人に、ライは必死に提案する。しかし、ソウリャ達は首を横に振るだけだった。
「……私達はここに残る決まりになっている」
「どうして? どうして僕だけ!?」
その答えは教えてくれないだろう、と分かっていても、それしか口から出てこない。
「君は光……光の民の唯一の光なんだ」
絞り出したような声。ライがその言葉の意味を考える間もなく、ソウリャはライの肩を力一杯に押した。
「痛っ……や、やめてソウリャ!」
ライが尻もちを着いたのは魔法陣の中。
「カメス、テラ、ア、カザ、我が名はソウリャ=サーメル、使徒アゲンテ」
「我が名はリサ=メルロイド、使徒マーサル」
「トロイ、ナ、メガ、ラ、ボンテ、イヌアグス、ロゼ、グリムナー」
「ダメだ! 一緒に行こう、リサ! ソウリャ!」
ライが必死に訴えるも、二人は詞を並べ続ける。
非情にも魔法陣は光り始め、やがてふわりと体の重みを感じなくなってしまう。
「嫌だ! 嫌だ!」
視界が霞むのは涙のせいか否か。
「やめてーっ」
悲痛な叫び声と共に、ライは意識が遠のいていくのが分かった。