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(6)嫌な匂い

 人気の少なくなった教会で、ライとリサはソウリャが神父様との話を終えるのを待っていた。


「随分と話してるね」

「そうね」

「僕達これからどうしたらいいんだろうね」

「……そうね」


 ライが問いかけるも、リサは心ここに在らずといった様子。いつまで経っても二人の会話が終わらないからなのか、眉間に皺を寄せたまま彼らを睨むように見つめている。


「……リサ、先に帰ろうか?」

「ううん、待ってる」


 どこか焦りも感じられるリサの表情に、ライはそれ以上何も話しかけらなかった。

 どれくらい待っているのだろうか。窓から差し込む夕日が反対側の壁の装飾をオレンジ色に染める。日中の蒸し暑さはどこへやら、足元の空気がひんやりとしてきた。

 ライは昔からあまり教会が好きではなかった。古びた建物だからなのか、石造りだからなのか、それともここが神聖な場所だからなのかは分からないが、独特の重厚感に押しつぶされそうになる。

 ライは膝の上で固く握った手を見つめて、時間が経つのを待った。


 一言に闇の民が目覚める、と言われても現実味も危機感も感じない。闇の民なんて、幼子に聞かせる御伽噺の一つにしか思っていなかった。ライにとっては遠い過去の終わった話だったのだ。

 それが突然、パラマ研究所の破壊、マリーナ号の沈没、多数の墓、と順々に目の前に並べられても、頭には「?」しか浮かばない。

 なぜ今なのか? どうして今まで知らされていなかったのか? 王都や研究所ですらかなわない敵に、どうやって対抗するのか?

 そこまで考えて、ふと我に返った。


「……お父さんとお母さん、無事だよね?」


 どうして今まで思い至らなかったのか。弾かれたようにライはリサに聞いた。

 突然声をあげたライにリサは目を丸くするも、直ぐに険しい表情に戻って、淡々と答える。


「ライ、ことばには魔力が宿るの。気持ちが強く乗れば乗るほどことばの力は強くなる。だから、信じなさい。あなたが信じる事がお父さんやお母さんを助ける事になるのよ」


 そう言われて、ライは慌てて口を塞ぐ。

 ドキリとした。最悪の事態を想像して発してしまった言葉だったからだ。


「大丈夫、心配したのよね。その優しい気持ちなら大丈夫」


 青ざめてしまったライを慰めるように背中を撫でてくれるリサの手が暖かくて、ああ、本当に言葉には魔力があるんだな、と実感した。


「お待たせ。だいぶ時間をくってしまったね」


 神父様の元から帰ってきたソウリャは薄暗くなってきた外を見ながらそう言った。


「どうする? 家に戻る? それともここにいた方が安全かしら」

「いや、教会ここはそこまで強くないし、さすがに今日一日でここまで奴らが攻めて来るとは思わない。ひとまず家に戻るのが賢明だと思う」


 日没後外に出るのは控えるように、という先程の話の事か。とライは気づく。確かに窓から見える空には星が見え始めていた。


「走れば十分くらいで家に帰れるよ。ソウリャ、走れる? 無理そうだったら僕がおぶるよ!」


 所々負傷しているソウリャにライは背中を向けて手を広げた。

 

「あははは、随分会わないうちに君は“逞しい子”になったようだね。そうだな、君の背が後三十センチくらい伸びた時にでもお願いしようかなぁ」

「なっ……、そんなバカにして! 三十センチなんて直ぐに伸びるよ!」

「何年後になるかなぁ。楽しみにしておくよ」

「久々の再開の水を注ぐのは申し訳ないんだけど、そんな時間は今はないわ。早く家に戻ろう」


 そうリサに急かされて教会の外に出ると、街中は普段に増して静まり返っていた。


 戸締りをしっかりしているからか、家から漏れる光一つすらない。

 道を歩く人影はもちろん無く、聞こえるのは家畜の鳴き声と虫の音のみ。

 日没後直後の為、水平線付近はまだうっすらと明るみを帯びているが、天上は真っ黒に染まっていた。


「なんか、不気味……」


 小走りで坂をかけ上るライは、身震いをした。


「そんな事言ってる暇があるなら早く走って」


 なんだかんだ一番体力が無かったのはライだったようで、二人から遅れをとってしまっている。

 今日ばかりは我が家がなぜ町外れの丘の上のにあるのかを酷く恨んだ。


 ゼェゼェと息を切らしながら、暗くなってきた足元を見つめ必死に走る。町から外れると、家も点々としはじめて、足元も悪くなってくる。転ばないようにと目を凝らしていると、ある事に気がついた。

 

「……影が、無い」


 何気なく言ったその言葉に、前を走る二人の足が止まった。


「――しまった。忘れてた。今日は……新月だ!」


 薄暗い中でも分かるほどの、ソウリャの蒼白な顔。


「新月だと、何が悪い――」


 ライがそこまで言ったその時、ダーーーン、と地から足が浮くほどの地響きが起こった。

 衝撃でその場に膝を着いたライは、突然に明るくなった背後を振り返る。


 赤。


 真っ赤に揺らぐ、町。


「……え?」


 つい、さっきまで自分が居た町が、真っ赤に燃え上がっていた。

 見ている間にも、教会の鐘の塔の部分らしきシルエットが、ボロボロと零れ落ちていく。


「……何? これ……」


 熱風が鼻先を掠める。

 嫌な、匂いがした。

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