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(6)埋まらない溝

 鮮やかな蒼色の蝶が、()()()()とライの傍を通り過ぎて行った。

 僅かに差し込む陽の光が苔を照らし、時折宝石のようなきらめきを放つ。

 まるで人の世とは分断されたような、美しく静寂な森。恐ろしささえ感じるその森の奥深くを、ライはドルクの背に乗って進んでいた。

 目指す先はもちろん金の泉。連合軍よりも先に、とその場を目指す。


「ねぇ、ドルク」

「……なんだ?」

「気のせいかな? さっきからずっと視線を感じるんだけど」


 少し前から感じていた気配。まるで誰かに監視されているような、あまり好意的ではない気配だった。


「気づいたか。……見てみろ、あの木の陰」


 ドルクの視線を辿った先には、耳の長い小さな影。

 兎だろうか。それはライに気づかれると、すぐ大木の後ろへと隠れてしまう。


「森の民が異質なお前を警戒してるんだ。何せついさっき戦闘があったばかりだからな」

「……異質な、僕」


 一度その存在に気づけば、他にも様々な動物の姿が目に入った。

 木々の影には熊や鹿、苔むした倒木の隙間にはリスやネズミ。彼らはひっそりと息を殺し、こちらの行動を見張っている。


「ここじゃ、僕のような人間が“異質な存在”なんだね」

「ああそうさ。オレらの世界を無差別に破壊する、邪悪な存在さ」


 彼の語るそれは、まるで人間達ぼくらにとっての闇の民のようだ。

 

「さっきの話、本当に実現出来ると思ってんのか?」

「……うん。これは、君とこうして話をすることが出来た、僕にしかできないことだと思うんだ」


 自分は勇者なのだ、とドルクに伝えた時。同時に“亜種も人間も、その他の生物も、全てが共存する世界を創りたい”とも告げた。

 馬鹿なことを言うな、お前ごときに何が出来る、とドルクに笑い飛ばされるかとも思ったが、彼は一瞬驚きをみせ、そのまま噛み締めるように頷いた。


「まだ方法は思いついていないけど、これだけは譲れない。絶対に実現してみせるよ」


 出来ると信じる事が、まずは第一歩だ。 

 ライが再び口を開こうとすると、シッ、とドルクに止められた。


「……どうかした?」

「ハッ、ふざけやがって。こんな所まで人と火薬の匂いがプンプンしやがる」


 ドルクが心底嫌そうな顔で鼻をひくつかせる。人間には感じ取れない微かな臭いも、動物かれらには分かるらしい。


「ライ、歯ァ食いしばれ」


 ドルクのその突然の命令に、なんだろう、とライは戸惑った。


 直後。


「―――!?」


 耳をつんざくような爆音が鳴り響いた。

 遅れて押し寄せてきたのは分厚い空気の層。ライは吹き飛ばされまいとドルクにしがみつく。

 その凄まじい風圧は立派な巨木の枝をしならせ、力任せにへし折っていった。


「糞野郎共、大砲でも打ち込みやがったか。おい、大丈夫かライ」

「大砲? なんでまた」

「挑発だよ、挑発。大砲(アレ)でこのオレを誘い出しているつもりなんだろう」

「そんな、まさか……」


 何百年という歳月をかけて育った立派な木々。それが、今の一瞬で無惨な姿になってしまった。

 この森は決して人間の所有物(モノ)では無い。ここを住処とし、ここで生きている生き物がいるのだ。

 こんな勝手は許される事じゃない。


「こんなことしちゃ、ダメなのに……」


 しかし、無情にも再び爆音が森をこだまする。

 開戦を告げるその音に、キェー、キェー、と森の生き物達は悲鳴を上げ逃げ惑った。


「ドルク、ごめん。行き先を変更できるかな? 泉に行く前に、連合軍の所に行きたい。これ以上この森を壊させちゃいけない!」

「……ハハ、上等だァ。乗ってやろうじゃねえか! しっかり掴まっておけよ!」


 ドルクは二つ返事で走り出した。

 元々オオカミ一族は森の長。ドルクは入り組んだ木々をものともせずに突き進んでいく。

 むしろ、森がドルクをその場へと導くかのようだった。


「出るぞっ!」


 ドルクがグッと大きく跳躍した瞬間。

 目の前の景色が一気にひらけた。


 先程の爆風でへし折られた木々。黒煙が立ち込めたその先に待ち構えていたのは、隊列を組んだ連合軍。


「居たぞ、撃てーっ!」


 二人に向けられたライフルが一斉に火を噴く。


「はっ、遅せぇな」


 しかしドルクの速さには追いつけない。


「第二線、構えっ!」


 連合軍得意の連続射撃。


「気をつけてドルク」

「ハハっ、心配ご無用さ。魔術を忘れた奴らにこのオレが負けるはずがねぇ。よっぽど邪魔なガキが転げ落ちてきたりしない限りな!」


 余裕な口ぶりのドルクは、連合軍を嘲笑うかの様に無駄に蛇行して走りまわる。兵士達が放った何十もの銃弾は、彼の軌跡を辿るように消えていった。


 流石だ――そう思った矢先。


雷の精霊(ブリヅアネスト)!」


 凛とした声と共に、大きな稲妻が降り注いだ。


 空からの特攻。

 これはドルクも予測していなかったらしい。

 脳天から降り注いだ稲妻を咄嗟に避けるだけで精一杯。


「あっ……」


 しかし、彼が勢いよく飛び退びのいた反動で、背に乗っていたライは空中に投げ出されてしまった。


「何してんだ、しっかり捕まれと言っただろうがっ」


 段々と離れていく二人の距離。

 ライは()()()()()()手を伸ばすが、ドルクには届かない。


 堕ちる――!

 そうライが覚悟した時、ドスン、と力強く誰かに抱きとめられた。


「おう、心配したぞ。怪我はねぇな?」

「……ルーザン! ありがとう、それより――」


 ライは急いでドルクの方に視線を向ける。

 だが、そこに居たのは金色の瞳に強い怒りを灯し、こちらを睨みつける、敵対する()()()()だった。


「随分と殺気立った亜種じゃねぇか」


 蓄えられた髭の下で、ルーザンの口元が不敵に引き上げられる。


「ルーザン違う、待って」

「ライっ、心配したわ! あぁ、良かった。怪我は無さそうね」

「テナエラ! ねぇ、さっきの雷ってまさか」

「ええ、もう大丈夫よ。次で絶対仕留めるわ」


 遠くから駆け寄ってきテナエラは、ライの隣にならぶと、何の迷いもなく剣先をドルクへ向けた。

 メラメラと正義に燃える彼女の紅い瞳。一度火を灯した彼女の眼差しが、決して揺るぐことは無い事を、既にライは知ってしまっている。


「みんな行くわよ、私達の勇者は奪還した。今度は手加減なんて要らないわ」

「待って、違うっ」


 本当の泉の守を唯一知った人間として、まずはその誤解を解かなければいけない――そう思ったライだったが……。


 間に合わない。


 一歩踏み出したドルクに対し、テナエラが容赦なく稲妻を打ち付けた。ズシャッ、と地面がえぐれ、土のしぶきが四方に飛び散る。俊敏な身のこなしで一撃を回避したドルクだったが、一息着く暇は無い。

 ジンとクニックによって操られた木の葉がやじりのように鋭く尖り、雨の如くドルクへ降り注ぐ。

 亜種にとって普通銃は娯楽と同等。だが、魔術となれば話は別だ。

 

 トドメだ、と言わんばかりにテナエラが剣を振り上げる。


「ダメだってば!」


 ライは無我夢中で彼女の腕にしがみついた。


「やめて、彼は敵じゃない。人間と亜種が戦う必要なんてどこにもないんだ!」

「はぁ!? 何言ってるの?」


 テナエラはライを振りほどこうともがく。だが、一向に話す気のないライに彼女は声を荒らげた。


「いい加減にして! さっきからあんた変よ。自分が何をしているか分かってるの!?」

「僕は変なんかじゃない。亜種だからって理由だけで剣を向けないで!」

「私達がやっているのは()()()()。亜種を排除するのが目的でしょう?」

「だから、そもそもそれが間違ってるんだって。何で亜種を排除するのさ!」

「それは亜種だからよ!」

「そんなのは全然理由になってない!!」


 ぜぇ、ぜぇ、と息が切れるほどの勢い。


「……亜種だって生き物だ。僕達と何も変わらない生き物なんだ! 僕達人間にだって良い人と悪い人は居る。それなのになぜ亜種は一括りに見られなければいけなの? ちゃんと彼の話を聞いてよ!」


 なぜ伝わらないのか。

 なぜこんな簡単な事に人間達ぼくらは気づけないのか。


 そのもどかしさから無意識にテナエラを掴む手に力が篭もる。


「痛い……離して」

「嫌だ」

「いい加減にしてよ! 離しなさいっ」

「絶対に嫌だ! この手を離したら君は、ドルクを傷つけるじゃないか!」

「――断罪の雷(リヒテン・ドナー)


 太い針を突き刺した様な痛みがライの腕に走った。

 その間にするりと抜け出したテナエラは、まるで異端者を見るような目でライを睨みつける。


「お願い、聞いてよテナエラっ」

「黙りなさい。亜種討伐の妨害は、教会の教えに背くのと同義。貴方は神を冒涜するのね」


 何かに取り憑かれたような、彼女の言葉。


 ()()()()()()

 あまりにも真っ直ぐすぎる彼女に対し、ライは直感的にはそう感じた。

 

「ああ、そうか。そうだったね……」


 時折忘れそうになるが、彼女はれっきとした第一王位継承者。王女としてこれまでずっと()()を叩き込まれ育ってきた彼女が、教会や王国が推進する亜種討伐に疑念を抱くはずなどなかったのだ。


 そう考えれば、全てが腑に落ちてしまった。


 それと同時に、なぜ伝説の剣が彼女ではなく()を選んだのか、ライはその答えが少し分かった気がした。


 ならば、彼女と分かり合う方法はただ一つ。


「――じゃあ、神に直接聞いてみようよ」


 ライの予想外の発言に、皆は固まった。


「本当にその教えが正しいのか、もう一度神に聞いてみようって言ってるの。それなら間違いないでしょう?」


 ライは近くに居た誰かの馬に必死になってよじ登る。

 ポク、ポク、と覚束無い足取りで馬を前へと進ませたライを、連合軍の一同は怪訝な顔つきで注視した。


「大丈夫、僕はもう前とは違うんだ」


 少し前ならこの刺さるような視線に、ライは怯えていたかもしれない。

 だが、もう大丈夫だった。

 自分にしか出来ない事がある。自分に思いを託した人がいる。ならばそれに応えるのが、自分に課された使命なのだ――そう、心から思えていたからだ。


 ライは背中に納めていた剣を、ゆっくりと見せつけるように抜く。

 そして、


「みんな、これを見よ!」


 人々がその剣身に釘付けになった所で、ライは彼らに語りかけた。

 

「僕は第二の勇者、ライ=サーメル。僕が守ろうとしているのは、種族を問わず、みんなが幸せに生きることが出来る世界だ。ここで一度、亜種討伐が本当に神の望む行為なのか、神に聞いてみようと思う。何か意見のある者は居るか!」


 シン、と静まり返る連合軍。

 それもそうだ。“神の意見を聞きたくない”など、従順な民に言えるはずがない。

 それは、テナエラを初めとする勇者団も同じだった。


「それでは。神よ、お答えください。亜種討伐はあなたが心から望む行為なのでしょうか!」


 返事があるかは分からない。でも、本当に()()()がこの世界の為の神ならば、少しは応えてくれてもいいんじゃないだろうか。

 そんな思いで、ライは剣を天に突き上げる。


 すると、


「おい、何の音だ?」


 ドドドドドド、と聞いたこともない低く太い音が足元から鳴り響いた。


「た、退避っ。全員退避だ!」


 直後、立っていられない程の揺れが一同を襲う。


「ふっ、伏せろっ」

「砲台から離れろ、崩れるぞっ」


 昔、神は民を救う為に海を割いたという。

 そういう力を、神は持っているのだ。

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