(4)白銀の亜種
ドドドドと地響きのような音を立て、騎馬の隊列が森の中へと入っていく。
真っ白な鎧に身を包み、黄金の女神旗と神聖旗の両方を掲げたゴルド・教会連合軍であった。
「坊、道が荒いから振り落とされないようにね」
「うん」
朝露に湿った足元に気をつけながら、勇者団も彼らの最後尾につく。
それから一刻程馬を進めると、一同は陽の光も差し込まない森の奥地まで進んできていた。苔に覆われた巨木が立ち並ぶその空間はどこか神秘的で、金の泉への期待が更に膨らむ。
ライがそんな大自然に圧倒されていると、ドゥキューーーン、と前方で大きな銃声が鳴った。
驚いた鳥の群れが一斉に飛び立ち、キーキーとという悲鳴が森をこだました。
前線が亜種を見つけたらしい。
今の音を皮切りに、激しい銃声がひっきりなしに続く。
「随分と撃ちますねぇ。一体どんな相手なんだか」
「ここからじゃ何も戦況が見えないわ」
テナエラは、こっちよ、と言うと、連合軍から離脱して横手の崖へと馬を誘導する。バキバキと小枝にぶつかりながら、急な坂道を駆け上がった一行は、崖の斜面に現れたちょっとした平地に馬を止めた。
「テナエラ様、足場がぬかるんでいます。お気をつけて」
「ええ、ありがとう」
馬を飛び降り、身をかがめながら崖の淵へと忍び寄るテナエラ。
ライも急いで彼女の隣に並び、恐る恐る下を覗く。
「……!」
そこから見えたのは、綺麗に隊列を組み、ライフル銃のような武器を構える兵士達だった。攻撃の隙を生まないようにか、狙撃者は装填役とタッグを組んで、次から次に銃弾を打ち続けている。
彼らの銃口の先を目で辿ると、そこに居たは大きな大きな白銀の獣。するどい牙を顕にし、連合軍を前にしても一歩も引かない堂々とした巨大オオカミだった。
「あれが今回の標的ね。珍しい。野生の亜種だわ」
打ち込まれる銃弾を逞しい前足で叩き潰しまくる巨大オオカミ。
魔術を用いない普通銃は亜種には通用しないのか、弾丸を蹴散らしている前足に傷一つ付けられていないようだ。
「どうしてあの亜種は討伐される事になったの?」
「今日未明、泉周辺の警備隊から“大きな狼を見た”という報告が上がったの。ルダーク卿によれば、あの亜種は過去に何度も金の泉を狙って奇襲をかけてきたオオカミ一族の生き残りみたい。また泉を荒らされる前に片付けてしまいたいらしいわ」
真剣な面持ちで戦況を見つめるテナエラ。
また泉を荒らされる前に、という事は、裏を返せばまだ何も暴動は起きていないという事。
「討伐以外に方法は無いのかな」
この森だって、元々人間だけの物では無いはず。オオカミもたまたまそこを通っただけかもしれないのだ。
そこまで考えて、ライはハッと我に帰えった。その後慌てて口を抑えるがもう遅い。異端と取られかねないライの発言に、テナエラは眉を寄せる。
「あんた、その言い方はまるで――」
彼女がそう言いかけたその時。
「ウォオオオオオオオオオン、ウォオオオオオオオオン」
今までひたすら銃弾に耐えていたオオカミが、天高く突き刺すような遠吠えを発した。
その場に充満していた火薬の匂いや、恐れ、迷いをも全てぬぐい去るような力強い響き。
その美しく気高い遠吠えは、ライの心のモヤも一瞬にして晴らしていった。
「ちょっと、あんた何してるのっ?」
まるで誘われるかのように、何の躊躇いもなく目の前の急斜面へと足を下ろしたライ。
慌てたテナエラがライの腕を引き止める。
「下は銃撃戦よ。まさかそこに降りようなんて魂胆じゃないでしょうね?」
全て見透かされていた。
しかもこれは質問など生ぬるいものでは無く、させるものかという牽制。
だが、そこまで気づいていても、ライに引く気はなかった。
「ごめんテナエラ、僕はやっぱり納得がいかないんだ」
ライはテナエラの手を振り解き、勢いよく崖を降り始める。
この町に来てから喉につかえた魚の骨のように、ずっと胸に燻っていたもの。
それは、この“亜種に対する待遇の是非”。
そしてその疑念は、この戦況を見て確信に変わる。
数にものを言わせて銃弾を浴びせる連合軍に対し、オオカミは反撃する素振りを一切見せない。ライの目には、オオカミに戦意は無いように見えていた。
もし、この戦いの相手が人間であればどうだっただろう。一方的に攻撃をしかける連合軍が悪者になるはず。
つまり「亜種だから」という理由だけで、この行為が正当化されているのだ。
「……あっ」
途中、地面を突き出して生えていた木の根に足が引っかった。反動で体は宙に放り出され、そのまま勢いよく転がり落ちる。
ガッ、とすごい音を立てて地面に叩きつけられたライは、周囲を包む異様な緊迫感に、慌てて立ち上がった。
「……グルルルル」
前を見れば、恐ろしく凛としたオオカミ。
黄金の瞳が二つ、しっかりとこちらを捉えていた。
だがやはり無防備なライを前にしても、オオカミは襲ってくる様子はない。
「何だあのガキ」
「あれ、王女様の従者だ……なぜあんな所に」
突然のライの登場に困惑を隠せない連合軍。
いつの間にか雨のように打ち続けていた銃撃もパタリと止んでいた。
先程とは一転して、森の中は静寂に包まれる。
のしり、のしり、とオオカミはライに近寄って来た。
「グルルルル」
目の前に迫るオオカミの顔にあったのは、大きな古い銃創。こうして狩られるのも初めてでは無いという事だろうか。
そんなオオカミの、何かを伝えたそうな金色の目に、ライはハッとした。
「もしかして、君――」
その時、ライの視界の端で何かが光った。
何が起きたか分からない。
気づけばスローモーションのような動きで、目の前のオオカミが斜めに崩れていく。
「……え?」
ドシーン、と地響きを立てて彼は倒れ込んだ。
「……何が、起きたの?」
むせ返るような鉄の匂いが充満する。
事態が把握出来ずにいるうちに、彼の美しい白銀の身体には赤い血液がいくつも広がっていった。
呆然と立ち尽くすライの背後で、連合軍が勝利の歓声を上げる。
――これは、地獄だろうか。
そう疑いざるを得ない。
「油断するなっ、奴はまだ生きてるぞ。完全に息の根を止めろ!」
苦しそうな呼吸で横たわるオオカミに、再び銃口が向けられる。
これ以上罪のないオオカミを痛めつけて、どうするというのだろうか。
そんな当たり前の疑問は、“亜種討伐”という言葉によって“仕方がない”で片付けられてしまう。
「打つなーーーーっ!」
「打てーーーーーっ!」
ライの叫びは銃撃の号令にかき消された。
咄嗟に駆け出すライ。血だらけのオオカミの前で両手広げ、盾になるように立ちはだかる。
しかし、引かれた引き金は止まらない。
向けられた銃口から一斉に白煙が昇った。
「精霊、僕達を守って――」
大きく広げた両腕にピリピリとした痺れが走る。
恐る恐る目を開けたライは、目の前の光景にホッと一息ついた。
上手くいっていた。
ライの詞によってガラス状のバリアが展開し、打ち込まれた弾丸を全て防いでいたのだ。
バリア消失と共に突き刺さっていた弾丸もパラパラと地面に落ちていく。
「そこをお退きくださいっ! その獣は我等の敵でございます! これは勧告です。この平和の為の神聖な亜種討伐を妨害したとあらば、いくら王女様の側近と言えど、許されることではありません!」
さも、これが正当な行為だというような言い草。気持ち悪いほどの彼の自信に、ライは落胆する。
「何も抵抗しない彼を撃つことが、平和の為に行われる亜種討伐――そういうことですか」
「そういうことも何も、当たり前でございましょう? 亜種は存在そのものが忌むべきもの。我々の平和な世界の為には駆逐するべき対象です!」
哀しい。
ライはただただ哀しかった。
「……なら要らない」
刷り込まれた正義を真の正義だと信じてしまえば、その暴走は止められない。
不可解な事象もそういうものだと疑問さえ抱かない。
「そんな汚い正義の上に成り立つ平和なんて、僕は要らない!」
背後で聞こえるこの苦し紛れな呼吸が、足元を浸す赤い血液が、正義の結果であってたまるもんか。
「んぬぬぬぬぬ、もういい! あのガキもろ共打てぇぇえ!」
正義に従順な指揮官が、痺れを切らし号令をかけた。そして、上官に従順な兵士達は戸惑いもせず銃を構える。
王国と教会の二大勢力に対抗できる人は居ない。
それも紛れもない真実だ。
でも、その常識からたった一人、外れている者がいた。
――僕だ。
ライはゆっくりとローブに隠して背負っていた剣に手をかけた。
そして、まっすぐ前を見つめながら、チャリチャリチャリ、と鞘からぬく。
「僕が守りたいのは、みんなが幸せに生きていける世界……そう決めたんだ」
教会に従事する者であれば、この剣を知らないはずがない。
その確信のあったライは、まるで見せびらかすかのように剣を掲げた。
「あれは……!」
「ほっ、砲撃辞め! 司令官、直ちに銃を下ろさせてくださいっ」
思った通りだった。兵士達の後ろで様子を見ていた聖職者達が焦って止めにかかる。
彼らにライの正体を伝えられた司令官は、みるみるうちに青ざめていった。
その間にライは後退りをしながら、オオカミとの間を詰めていく。
そしてぐったりと倒れ込むオオカミに語りかけた。
「君、僕の言葉がわかるよね?」
「……グルルル」
「この場は一旦逃げよう。僕を連れていけば、彼らは手出しができないはずなんだ」
「フー、フー……グルルッ!」
一度力強く喉を鳴らしたオオカミは、力を振り絞って立ち上がる。
そしてグイッとライの襟足を噛んで持ち上げると、そのまま走り出した。
「……つ、追撃しろ!」
攫われたと勘違いをして銃口を構える連合軍の上を、オオカミは軽くひとっ飛びする。そして凄まじい勢いで鬱蒼とした木々の中へと飛び込んで行った。
「もうそろそろ、大丈夫だと思う。ねえ、聞いてる!?」
無我夢中で走るオオカミに、ライは声をかける。痛みで意識が朦朧としているのか、ライの声は耳に入らないらしい。
虚ろな目のオオカミの口を、ライは思い切ってグーで叩いた。すると緊張の糸が切れたのか、彼は気を失ってドサリと倒れ込む。
途端、サァァと呪いが溶けたようにオオカミの皮が剥がれ落ち、みるみるうちに人形をとった。
それは、見覚えのある姿。
顔に大きな傷がある、ガタイの良い野性的な青年。
「やっぱり、君だったんだね。――ドルク」




