(3)つかの間の団欒
「久しぶりの湯浴みは最高ね」
「そうですね」
風呂上がりで上機嫌のテナエラの髪を、クニックが綺麗に梳かしている。
「でもですね、テナエラ様。いくらなんでも風呂上がりのその薄着で、この部屋に来るのはいささか問題があると思いますよ」
豪勢な食事の後、館の風呂も借りた一行は従者の部屋として与えられた一室に全員あつまっていた。
久しぶりの屋根のある夜に、ゴロゴロとしていた最中、当たり前のようにテナエラとクニックが入ってきたのである。
「何よ、昨日まで散々一緒に雑魚寝した仲じゃない」
「そうですけれども! 一応王族の肩書きで来ているからにはですね、それ相応の」
つらつらと説教垂れるクニックだが、当の本人は上の空。それどころか徐ろに椅子から立ち上がると、ジンの腰掛けるベットへ向かって歩いていく。そしてあろう事かその隣に腰を下ろした。
「悪いねぇクニック、今夜は俺がいただきま〜す」
呆然とするクニックを、ここぞとばかりに茶化すジン。
「だっはっは、そんな顔するなや。そりゃ自分の女が他の男のベットにいたら気が気じゃねぇだろうがな、独占欲の強い男は嫌われるぜ」
ルーザンも言いたい放題だ。
「ち、違いますってば! ああもう、変な事言わないでください」
どれだけクニックが否定しても、二人の暴走は止まらない。ギャイギャイと騒ぎ続ける彼らを見て、テナエラも悪そうな顔で追い打ちをかける。
「ジン、“今夜一緒にいいかしら”」
「んん、ゴホン。“お嬢、今宵は俺が愉しませて差し上げます”」
「ふはっ、何よその無駄にいい声!」
手に手を取り合い、二人の世界に浸るような演技をする二人に、クニックは返す言葉を失い口をパクパクさせている。
そんな彼を面白がって、テナエラとジンは互いに顔を見合せて「ね〜」とクニックを煽り続けた。
「テナエラ様の手をそんな気安くっ……。こらっ! いい加減にしなさい! 今すぐ離れなければその両手首たたっ斬りますよ!」
「“お嬢、俺の後ろに隠れてください。貴女のことは俺が命に変えてでも”」
「そこ! テナエラ様もノらない!」
収集がつかなくなって、大騒ぎしている一同。そんな平和なワンシーンをライは微笑ましく見ていた。
「あははは、久しぶりに笑ったわね。はぁ〜お腹痛い。さあ、お遊びはこの辺にしておくわ。それじゃあ各自報告をお願い」
しかし流石は王国の精鋭部隊。テナエラのその一言で、まるであのバカ騒ぎが嘘のように静まり返る。
「私とクニックは、あの後もずっとルダーク卿と共に居たわ。この町の発展の歴史や、土地の管理方法や財政管理、政策についてが主だったかしら。印象としては、民を思いやる良い領主って所ね。次、教会に行ったリラ神官」
「私は教会で訪問のご挨拶をして参りました。ここの教団はしっかりと規律が護らているようで、比較的統率が取れていたと思います」
テナエラに話を振られたリラ神官も、頷きながら簡潔に話を纏めた。
領主、教会共に不審な動きが無いのであれば、まずは一安心。なぜなら、この二大勢力に逆らえる者はそう居ないからだ。
他のみんなも同じ考えのようで、ホッと胸を撫で下ろしている。
「そうか。じゃあこれは俺の思い過ごしならそれで構わねぇんだが」
そう口を開いたのは、今日一日行方不明だったルーザンだった。
「何か、あったの?」
不安げに聞くテナエラに、ルーザンは深く頷いた。そして、チラリとジンに視線を送る。
どうやら二人は既に情報を共有していたようで、続きはジンが話し始めた。
「えぇ。どうも町には“金”が多すぎるんですよ。工房も覗いて見たんですが、金だらけ。でもですね。聞き込みをしても、金山が見つかったわけでも、どこか新しい行商ルートが出来たわけでもない。じゃあその金はどこから湧いて来たのかって話ですよ」
そこまで言われて初めて、確かにそうだな、とライは思った。
それと同時に、嫌な予感が過ぎる。
「で、更にそこからが悪い話でしてね。これに関しては、皆“ある団体から貰った”って言うんですよ」
散りばめられたピースが徐々に組み合わさっていくような、気味の悪い感覚。
「しかも聞いた所だと、かなりの量なんですよねぇ。ちなみに、どこから貰ってると思います?」
皆を試すようなジンの言い方。
その時、ライの脳裏にドルクの言葉が浮かんだ。
――教会からの施しだよ。
いや、そんな、まさか。
ライは慌てて自分の思考を否定する。
光の民の指針となるべき教会が、神の力に手をつけるなんて普通ありえない事だ。
だが、既にライはその例外を知ってしまっていた。
辺境地の街の発展の為に、勇者団に毒を盛り遠ざけたのは誰だったか。表沙汰になったのはシュネーヴ伯爵だったが、あの決断の裏に教会が関与していないはずがない。
「……まさか、教会?」
恐る恐る、ライはその名を口にした。
するとジンは、ふふ、と含みのある笑み零す。
「ちょっと待って。まさかあなた達、“教会が金の泉を無断で使用している”とでも言いたいの?」
信じられない、といった表情のテナエラ。
彼女は教会と深い仲を持つマラデニー王国の王女だ。彼女が驚くのも当然の事。
「まぁ、あくまでもこれは俺と先輩の予想ですよ。町で聞いた噂を並べたらこうなったってだけです。嫌だなぁリラ神官。そんな怖い目で見ないでくださいよ」
ジンの語った仮説は明らかに教会への冒涜で、リラ神官は気に食わない様子。彼は軽口を叩くジンを静かに睨みつけていた。
「とゆー事で。俺は明日にでも教会を尋ねようかと思います。提示された時間をただ待っている訳にもいかなくなりましたからねぇ」
ルーザンとジンの報告により、一気に険悪ムードに染まった一同。その後まもなくテナエラは、何か考えるようにしてクニックと共に自室へと戻って行った。
「俺達も今日はここまでだ。明かり消すぞ」
ルーザンが部屋のランプに手をかざす。すると部屋中のランプが一斉に消え、辺りは真っ暗になった。
窓からのぞくのは刺さるように美しい星空。
月が登るまであと数刻だ。
「坊、どうした?」
「あっ、ううん。何でもない」
皆が寝たら、こっそり抜けよう。そして彼に、“後日僕達と一緒に行こう”と提案しよう。
そう思ってライはベットに横になった。
しかし久しぶりのその柔らかさに、ライはあっという間に夢の世界へ引きずり込まれてしまった。
「坊、起きろ。起きろ!」
ジンに体を揺すられ、ライは飛び起きた。
「……はっ、今何時!?」
ジンはうっすらと明るみを帯びている外を指さし答える。
「夜明け前だよ。それより見ろ。何だか外が騒がしいんだ」
ライも窓から下を覗くと、しっかりと鎧を着込んだ兵士と真っ白なローブの教会関係者が隊列を組んでどこかへと向かっていた。
「どこに行くんだろう」
「さぁねぇ。今、お嬢とクニックがルダーク卿の元に向かった。二人の返答次第で俺達も出発するから、準備しといて」
「うん」
ドルクとの約束を破ってしまったからだろうか。
何だか胸騒ぎがする。
ドタドタと二人が駆け込んで来たのは、その後まもなくの事だった。
「お嬢、どうでした?」
「急いで戦闘の用意をしてちょうだい。我々勇者団も彼らに協力することになったわ」
はい、と皆が声を揃える中、ライだけが状況を飲み込めずにいる。
「テナエラっ、何が起きたの!? もう夜明けなのに、闇の民が……!?」
「違うわ。金の泉付近に奇襲がかけられた。これから行うのは教会の指導で行われる――亜種討伐よ」




