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(4)絶望の木箱

 ライとジリンは二手に別れ、それぞれに動き出した。

 神父様が居る教会は港からさほど遠くない。だが、船の到着に間に合うかどうかは微妙な所だ。


「それまで間を持たせないとっ……て、うわっ」

「ちょっと、危ないじゃないの。走り回らないでよ」

「す、すみませんっ」


 ライは船着き場に下りるべく、階段に向かおうとするが、人混みが行く手を阻む。

 ようやっと階段にありつけたライは、一気に開けた視界にギョッとした。


「……何これ」


 さらに近づいて来ていた船は、その全貌を明らかにし始めていた。

 頑丈に作ることを最優先とした無機質な船体。幾つもの厳しい戦いを切り抜けてきた証拠に、船体には焦げた後や凹みが見られる。

 ただ事じゃない――全身の毛が逆立つ気分だった。


 ライが階段をかけ下りると、今まさに迎えの船のロープが外される所だった。慌ててライは作業していた男に駆け寄る。


「おじさんっ、迎えの船を出すの、辞めてっ」

「えっ、ライ君!? ど、どうしたんだい一体?」

「いいから、今すぐ船を出すのを辞めて!」


 ライが大声を出すと、それを聞いた他の人達も何事かと近寄って来た。


「なんだ坊主、今日は手伝いは要らない日だぞ」

「て、手伝いじゃないっ。あのねっ、今来てる船、マリーナ号じゃないんだ」


 ぜぇぜぇ、と上がる息の合間に、ライは必死に言葉を繋ぐ。


「……? どういう事だ坊主。詳しく説明しろ」


 港の男達は、何を言ってるのか分からない、と怪訝な顔をし、ライに詳細を求める。


「よくは分からないけど、こっちに向かってる船は、マリーナ号じゃ無いどこかの知らない戦艦なんだ。今ジリン、友達が神父様の所に向かった。その返事が分かるまでは船を迎えに行かない方がいい気がする!」


 ライの説明に男達は顔を見合せた。

 その時、崖の向こう側から、ボーっと汽笛が聞こえてきた。


「チッ、ダメだ。迎えを呼んでやがる。オイ! 誰か上の広場に上がって様子を見てこい!」


 異常事態である事を知った港の男達は、バタバタと動き出す。

 崖の上からも騒然とした声が沸き起こった。至近距離に停泊した船がマリーナ号で無いことに気づいたのだろう。

 ライは祈るような気持ちでジリンの到着を待つ。


「ったく、どう言うことだ。一体何が起きてるってんだ」


 焦りを更に掻き立てるように、船の汽笛が再三鳴らされる。

 じっとり、と嫌な汗が伝った。


「ラーイ! 神父様、神父様呼んできたぜーっ」


 崖の上から、ハッとするような声が聞こえた。


「ジリン!」

「今そっち行くから、待ってろ!」


 大慌てで階段を降りてくるジリン。その後を神父様が続く。


「神父サマ、一体これはなんだってんだ!?」

「分かりません、私にも事前の連絡は何も。しかし、上から見た時に太陽の旗が建てられていました。太陽の旗、それはマラデニー王国の旗です。受け入れても問題は無いかと思います」

「チッ、神父さまがそう言うなら間違いねぇ、よし、準備再開だ!」


 再び慌ただしくなる港。一隻、二隻、と次々に船が出ていく。


「なぁ、ライ。天下のマラデニー王国の船だぞ? 何かあったって訳じゃないよな?」

「……わからない」

「じょ、冗談じゃねぇぞ!? だって、親父はマリーナ号に乗って帰ってくるんだ」

「落ち着いてジリン」

「落ち着ける訳ねぇだろうが! お前だって兄貴が乗ってるんだろ? なんでそんなに落ち着いてんだよ」

「とりあえず落ち着いてっ、今は船を待つしかないよ」


 非常事態に取り乱すジリン。彼をなだめる言葉でライは自分の心にも暗示をかける。

 そう、天下のマラデニー王国の船。他国よりも突出した技術を誇る国の船だ。“何かがある”はずはない。


 祈るような気持ちで船を待っていると、一羽のカモメが飛んできた。そのカモメはライ達の前を素通りし、神父様の腕にとまる。


「な、なんだあのカモメ。足になにかついてる」

「伝書鳩だ。僕も初めて見た」


 魔術師どうしで離れている相手と連絡する際に使われる、昔からの方法、伝書鳩。

 何が書いてあったのか、その内容を見るなり神父様は険しい表情をした。

 それが嫌な予感を煽る。


 間もなくして、迎えに出た船が崖の向こうから顔をだす。

 港で待つ全員が、自然と祈るように手を組んでいた。


 ちゃぷん、ちゃぷん、と穏やかな波の音がこだまする。


 迎えに出た船の殆どが、何も積まない状態で帰ってきた。


「……ハ、じょ、冗談じゃねぇ」


 一隻だけ、大きな木箱を積んで帰ってきた船。重そうなその箱を、親父さん達は泣きながら下ろした。


「親父は……? 親父はどこだよ!」


 ジリンが木箱に駆け寄って、無理やりに箱をこじ開けようとする。ボロボロに泣いている親父さん達はそれを止めようともしなかった。

 何重にも掛けられた紐を解き、重みのある蓋を開ける。その中を覗き込んだジリンは、一気に脱力し、その場に崩れ落ちた。

 彼の手に握られていたのは、十字に組まれた木片。遠目でも分かる。あれは墓標だ。


 木箱が積まれていた時点で、何となく察知してしまっていたライは、ジリンとは逆に一歩も動けずに居た。

 ただただ、涙だけが伝う。


 その様子を見ていた神父様が、ゆっくりと話し始める。


「先程、船の方から連絡がありました。南の海域を航海中、マリーナ号は沈没し、多くの犠牲者、負傷者を出しました。負傷者は治療を受ける為に王都にいるようです。登船名簿と照らし合わせ、負傷者以外の方々を犠牲者とし、祖国にお渡ししている、との事でした」


 ボー、と戦艦の汽笛が鳴らされる。用事を終えた船はまた次の場所へと向かうのだろう。


「……ソウリャ……」


 ソウリャは負傷者として王都に居るのか。それとも、その木箱の中に居るのか。目の前の箱を確認すればわかる事。しかし、なかなかその勇気が湧かない。


「箱の蓋を閉じてください。教会でご遺族にお渡ししましょう」


 神父様の指示で箱を運ぶ親父さん達。そのうちの一人に肩を抱かれて、ジリンもその場を後にした。



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