(2)俺達の誇り
「こ、これが職人街……」
「だーっはっはっ、こりゃあ圧巻だな」
下町に足を運んだ三人は、目の前に広がる光景に度肝を抜かれた。
軒を連ねるようににずらりと並んだ工房。忙しく仕事をする職人達の手には、目も眩むような金塊が握られていた。
どんな物を作っているのかと、いくつかの工房をのぞき見れば、そこにあったのは多種多様の作品。細やかな装飾品から馬や女神を象った置物まで、すべてが金で作られていた。
「いやー、さすがに驚かされたねぇ。これなんか雑に置かれてるけど一級品じゃん」
ジンは工房の外に置かれていた木箱を覗き、その中にあったブローチの出来の良さに感嘆をあげる。
すると奥の方から少年がひょっこりと顔を出した。
「あーっ、ダメですよお兄さん、それはもう買い手が決まってる物なんです。買い付けでしたらご案内しますよ」
「ん? あ〜ごめんね、買いに来た訳じゃないんだ。ところで君はここの工房の徒弟君? ひとつ聞きたい事が有るんだけど」
ちょいちょい、とジンが手招きをすると、少年もつられて寄って来る。
「この箱に入ってるブローチ、真ん中にはめられているのは白蝶貝かな?」
白蝶貝とは、真珠を作る貝の事だ。貝の内側には非常に硬く美しい殻が張っていて、指輪やペンダント、ブローチ等に加工される。
少年はジンの質問に目を輝かせると、つなぎのポケットから白い手袋を取り出した。
その手袋を片手にだけ嵌め、慎重にブローチをつまみ上げる。
「ふふ、白蝶貝に似てますけど、実はちがうんです。見てください、これっ」
少年がブローチを傾ける。
すると、赤や紫、緑といった様々な色に変化した。
「これ、人魚の鱗です」
「マーメイド!?」
予想外のワードにライもジンもつい声を荒らげてしまった。
マーメイドと言えば亜種の中でも伝説級の存在だという。そんな希少な代物を目の前にチラつかせられた二人は、食い入るように見つめた。
「ご存知ないですか? 少し前に北の方で人魚が見つかったんです。そこで教会が亜種狩りをして、大量の鱗が手に入ったんですよ。世界的にもレア度の高い人魚の鱗と、僕達の金細工。行商人に大人気で今や工房はてんやわんやです」
少年の視線の先には、蒸し暑い工房の中で仕事に追われている先輩職人達がいた。
「すみません、そろそろ戻らなきゃ。買い付けなら表の方から声をかけてください」
きっちりと営業をした少年は、急ぎ足で持ち場に戻って行く。
「ははは、あの坊主、将来は大物になるな。しっかりと俺らに営業して行ったよ」
してやられた、と肩をすくめるジン。彼はさあ次に行こう、とライの背を押そうとして、ライが難しそうな顔をしているのに気づいた。
「ん? どうかした?」
「ねぇ、ジン。マーメイドって狩られなきゃいけない程悪い生き物なの?」
さっき、ルダーク卿のセリフを聞いた時にライが感じた違和感の正体もこれだった。
「さぁねぇ。ただ、マーメイドが唄うと海が荒れて、大規模な海難事故が起きるとは言われているかな」
そう答えるジンの目は明らかに笑っていない。
「良い悪いなんて、自分にとって都合が良いか悪いかだからねぇ。数を減らしてきたとは言っても、亜種は古来からの魔力を持ち続けているし、教会としては自分達の権威を脅かす存在は消したいんだろう。ちょっとでも人間に手を出した亜種は格好の餌食さ」
普通に生きて居れば触れることの無い世界の裏側。
納得がいかないと眉を寄せるライに対し、ジンは急に真面目に言う。
「坊、この類の話は注意する事だよ。俺は別にそこまで従順な信者じゃないから笑って話せるけど、人によっちゃそうはいかない。教会に楯突いたとして投獄されてもおかしくないからねぇ」
「あっ……」
「ははは、大丈夫。元々俺は生まれも卑しい下賎な男だから」
勇者団の一員にもなった自分を、“下賎な男”と言ったジンは、ふぁ〜と大きな口を開けて欠伸をする。
「はは、平和な町は気が抜けるねぇ。いつの間にか先輩もどっか行っちゃってるし。俺もそろそろ働きますか」
「ジン、僕も一緒に」
「あ、坊は好きに過ごしていてよ。日没までに館に戻ればいいからさ」
ジンは親指で背後に見える館の屋根を指さす。そのまま手をひらりと上げると、彼はライの返事を待たずに人混みの中へと消えていってしまった。
「……なんか僕上手く置いていかれた様な気がするんだけど」
トントンテンテン、と規則正しい工場の音が鳴り響く。ぽつんと独り取り残されたライは、ジンの消えていった方を虚しく眺めて、
「仕方ないか。なんか僕危ない事言っちゃったみたいだし。足手まといだと思われたかな」
と、渋々納得した。
だが、ここでただ夕方まで時間を潰すのは勿体ない。そう考えたライは、パチン、と自分の頬を叩いて気合いを入れた。
「よし。せっかくだし、一人で金の泉の情報をどこまで集められるか力試しだ。僕は僕にできることをやってみよう」
幸いにもこの町には沢山の人が居る。夕方までだなんて時間が足りないくらいだ。
「すみません、ちょっとお聞きしてもいいですか? 僕、金の泉について調べてるんですが」
とにかく片っ端から聞いて回った。
「そうだな、あそこは教会の管理が厳しくてなぁ。オレ達は近づくことも出来ねぇんだわ」
「金の泉っちゃあ、アレだろ? 鏡面の様な水面に漬た物は、たちまち金に変わるっちゅう」
「金の斧銀の斧の伝承の元になった泉なんだぜ」
人々は誇らしそうに泉について語った。しかし実際に目にした人は居ないようで、その全てが伝え聞きによるものらしい。
それでも先祖代々守り抜いてきたその泉を、
「あれは俺達の誇りだ」
と口を揃えていた。
彼らの話を聞いていく度に、ライの期待は膨らんでいく。
ここまでしっかりと管理されているのであれば、恐らく第二の力であることに間違いはないだろう。
ひとしきり歩いて疲れたライは、町の一角に見つけた井戸で小休憩をとった。
手押しのポンプを漕いで出てきたのは、純度の高い透明な水。ライは慌てて自分の水筒へと注ぎ込むと、それを片手に傍の石段に腰掛けた。
ふう、と空を見上げれば、大きな綿雲が風に押し流されている。
豊かな自然に囲まれたこの空気。
ほっとするようなこの青空が、どこかガザラに似ていた。
「……ソウリャ、リサ、待っててね。僕が絶対に守り抜いてみせるから」
海から遠く離れたこの地だが、なぜか塩の香まで漂ってきた気がした。
「金の泉、そんなに嗅ぎ回ってどうする」
唐突にかけられた、背筋が凍るような低い声。
ライがバッと背後を振り向くと、いつの間にか背中合わせにするように、男が腰かけていた。
「……貴方は?」
「先ずはオレの問いに答えろ」
背の高い、顔に深い傷のある野性的な男性。
敵か? とライは身構えたが、何か仕掛けてくるような素振りは見せない。
「僕は今、不思議な力を持つ物を探してる旅をしてるんです。それで今回金の泉について調べています」
「調べてどうする」
「……それ以上は」
言葉を濁したライに、彼は眉をひそめる。
ぎらっとした男の目は金色に染まっていて、飲み込まれてしまうかのような妖しさだ。
余り関わらない方がいいかもしれない、とライが立ち上がると、男はそれを妨げるかのように声を上げた。
「この町の人に聞いて回っても無駄だぞ。コイツらは教会の零した噂程度のものしか知らねぇ。その噂ってのも都合よく着色された物ばかりさ」
まるで、自分は真実を知っている、と言わんばかりの物言い。
「貴方は実際に泉を見た事あると?」
「ああ、オレがまだガキの頃だけどな。小さいながらにも、その泉がどれだけの代物かはひと目で分かった。あれは、この世のもので一番美しい。それこそ聖域、神の力そのものだ」
はるか昔を思い浮かべるような遠い目をする彼。その言葉に嘘偽りは感じない。
「……オレと一緒に泉に行かねぇか?」
「ぬえっ!?」
思わぬ提案に、ライは拍子抜けた声を上げてしまった。
これでは今まで格好つけていたのも台無し。ようやく本性を見せたな、と男はクツクツと笑う。
「その方がよっぽどいいぞ小僧。オレは取り繕ってる奴が大の嫌いなんだ」
「やめてください、恥ずかしいんですから」
「ふっふ、まあいい。オレはもう一度あの泉に行く。確かめたい事があるんだ」
男は一度立ち上がり、ライの横に座り直した。
「でも、あそこは教会が管理する場所だから、勝手には行けないって話でしょう?」
「んなもん信じてちゃあ、いつになっても行けねぇよ。教会、絶対何か隠してやがるからな。……お前、知ってるか? この町が発展し始めた時期に何が始まったのか」
この町が発展し始めた時期。
そういえば、ここに来た時にテナエラが「七、八年前から発展し始めた」と言っていた気がする。しかしその要因までもは語っていなかった。
男はライが首を振るのを見て、怒りが込もったようなドスの効いた声で言う。
「“教会からの施し”だよ」
彼の強く握り締めた拳から、ギチギチと音がなっていた。
「オレはドルクだ。お前、名は?」
「ライ。ライ=サーメル」
「よし、ライ。今夜だ。今夜月が登った時刻丁度にここに来い。泉に連れて行ってやる」
「えっ……? だ、だめだよ! それこそ教会にバレたらどんな罰を与えられるか分からない。それに、あそこには危険な亜種が居るって言われたんだ。二人だけで、しかも夜に行くなんて危険すぎるよ!」
何を大それた事を言うのかと、ライが必死に止めにかかる。それを見た彼は一気に不機嫌そうな顔つきになった。
「……嫌なら来なきゃいい。その時はオレ一人で行く」
ドルクと名乗った男はそう言い残すと、足早に人混みの中へと消えていってしまった。
「なんだったんだろう、あの人」
どこか切羽詰まったような、それでいて酷く怒っているかのような雰囲気があった。
最後ライが危険だと言った瞬間に不機嫌になった事も引っかかる。
「あの顔の傷、もしかして亜種に付けられた物だったのかな」
もしそうだったなら、思い出させるような事を言ってしまって申し訳なかったな……と罪悪感が湧いてきた。
視線を落とせば足元には長い影。
教会の鐘が夕暮れを知らせる。
「……帰ろう」
ライはこの場所を忘れないように周囲の建物を見ながら、ゆっくりと館へ戻って行った。




