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(1)高原の街、ゴルド(改稿中)

 雨上がりの早朝。

 広大な高原を丸ごとを覆うように立ち込めたきりで、一寸先も満足に見えない。

 ザク、ザク、と馬が草を踏みしめる度に、独特の土の匂いがふわりと舞い上がった。


「ふぁ〜あ、今日もやってるねぇ。朝から元気だなぁ〜」


 豪快な欠伸あくびをこぼしたジンは、濃い霧の中を駆け回る二頭の馬を眺める。


「待って待って、ストーップ! 止まってぇぇえ!」


 暴れ回る馬にしがみついているのは、金色の髪をひとつに束ねた少年ライ。


「違うわ。しっかりと膝で馬を挟むの! 下半身を固定して上半身はまっすぐ!」


 そのすぐ脇を並走し、華麗に馬を操っているのは、この国の第一王位継承者でもある王女テナエラだ。


「馬っ、馬が言う事を聞いてくれなあああい!」


 悲鳴のようなライの声を聞いたテナエラは、そろそろ限界か、と肩をすくめる。

 そして極限まで自分の馬を寄せると、片手でライの馬の手綱を引っ張りあげた。


「ストップ、止まって。そう、そう」


 力強く、優しい手つきで馬をなだめていくテナエラ。すると次第に馬は落ち着きを取り戻し、くっつき虫のようにへばりついてるライを背に乗せたまま、その場にゆっくりと静止した。


「手を貸すから降りてきなさい。今日の練習はここまでよ」


 そう差し出された手に、ライは一瞬躊躇する。


「……もう一度。もう一度だけ練習したいんだけど、ダメかな?」


 一刻でも早く、立派な勇者になりたい。

 旅を進めていくうちに、その思いは強くなってきていた。


「その意欲は認めるわ。でもね、練習の為に旅の速度を落としてしまったら元も子もないじゃない。今日はまだクニックの後ろに乗せてもらいなさい」

「でもっ」


 そんな甘えてばかりでいいのだろうか――。

 ライは手綱を握りしめすぎて真っ赤にスレてしまった自分の手と、仲間の顔を見比べる。そして渋々と頷いた。


 ランプの魔人達に出会ったあの日から約二週間。一行はひたすら馬を北に進めていた。

 以前砂漠で会った遊牧民族スミランが“北に行こうにも山は越えられねぇ”と言っていが、確かに彼らの言う通りであった。

 灼熱の砂漠を進んだ先に現れたのは、砂漠を囲む様にそびえ立つ険しい山々。それは幾重にも重なっていて、中にはゴロゴロとした岩肌の山もあった。家畜を率いての山越えは容易ではないだろう。

 しかし、やっとの思いで山を超えてみれば、その先に広がっていたのは恐らく彼らが渇望する桃源郷。

 いわゆる高原と呼ばれるその場所には、広大な土地に余す場所なく草が生い茂り、涼やかな風が小波さざなみのように吹いていた。


 所々休憩を挟みながら進むこと数刻。先頭を進むテナエラが歓喜の声をあげる。


「みんな見て!」


 気温も上昇し、朝靄も消え視界は良好。

 彼女の指し示す先、急な崖の下を見下ろせば、辺り一面が金色に染まる大地が広がっていた。


「へぇ。こりゃまた立派な麦畑じゃねぇか」


 まるで上質な絨毯のようにも見えるそれ。風が吹く度にそよそよと揺れ、幾つもの波を立てていた。その中央には城壁が建設され、一つの街を形成している。


「良かったわ。なかなか街に着かないから、やっぱりジンが進路を間違えてるんじゃないかって心配だったの」

「え〜、なんて失礼なぁ。この俺の手にかかれば大海原でも迷う事はありませんって、何度も言ったじゃないですかぁ」

「ふふふ、あんたのその言い方が胡散臭いのよ」


 一行はもうひと踏ん張りだと歩を進める。これで長らく続いた野営生活も一旦休止だと思えば、足取りは軽かった。


「どうかな、ライ君。何か感じるものはある?」


 このゴルドという街をなぜ目指していたのか。それはこの街に二つ目の力の有力候補、“金の泉”があるとされているから。

 王都と教会が過去に派遣した調査団によって、ほぼ確実とされた力の最後の一つ。まずはそれを手に入れるのが一番効率が良い。


「んー、まだ何も感じない。よく分からないや」

「うん、そうだよね。大丈夫。ゆっくり行こう」


 早まる鼓動を落ち着かせるように、ライは何度も大きく息を吸う。

 農地の大きさは街の繁栄と比例する、と以前クニックに教わった。これ程立派な麦畑ならこの街の規模は見かけ以上だろう。


「見てごらん、この大きく膨れた穂。素敵ね」


 馬を下り直接穂に触れたテナエラは、その粒の大きさに頬を緩ませる。そして、スっと視線を遠くへと向けた。


「領地に住まう者全てが健やかに暮らせて始めて、その国は栄えたと言える――父上の教えの通りだわ」


 彼女の視線の先にあったのは、強い日差しにも負けず、懸命に農作業に取り組む人々の姿であった。


「いやぁ、驚きものですねぇ。こんな辺鄙な土地にここまで畑を広げられるなんて。俺はめっきり小さな集落かと思っていましたよ」

「昔私が父上と来た時はここまで豊かでは無かったはずよ。七、八年ほど前からかしら。その頃から賑わうような噂が流れ始めたわ」

「ガハハ、じゃあ成り上がりの街っつっても間違いじゃねぇな」

「やめて下さいよ先輩。そんな下品な言い方、嫌だなぁ」


 皆が思い思いに会話をしていると、仕事に取り組んでいた農民達の様子が変わった。

 なにやら、ピリっと張り詰めたような空気が漂う。


「テナエラ様、前方からゴルドのお迎えが来ているようです。先日教会宛てに出した()()()()の許可は快諾頂いていますが、如何しましょう」


 クニックがテナエラにそう言うと、彼女の目の色が鋭く変わった。


「昨日打ち合わせした通りに頼むわ」


 コバルトブルーの生地に黄金の女神。ゴルド家の旗を掲げた隊列が、麦畑の中を進んで来る。あまりにも仰々しい隊列だが、王女の出迎えとならば当然の対応だ。

 道の両端に集まってきた農民達は、小さな子供から腰の曲がった老人まで、全員が両膝を地面に付け忠誠を捧誓うように頭を垂れる。


「ライ君、気を引き締めていくよ」


 これほどの人が集まっているにも関わらず、聞こえるのは兵士と馬の足音のみ。


「うん。分かった」


 ライはその恐ろしい静けさに、ゴクリと唾を飲んだ。








「お目にかかれて光栄にございます、エリアンナ王女。本日は王都から遠く離れたこの地まで御足労頂き、私ルダーク=フェルメール=ゴルド、大変恐縮にございます」


 王女御一行にと用意された部屋へ挨拶に来た領主ルダーク。

 革張りのソファに腰掛け退屈そうに頬杖をつくテナエラの前に、彼はなんの躊躇いもなく跪いた。

 五十はとうに過ぎている貫禄のある男が、十代後半の若い女性に頭をさげるなど一見おかしな構図。

 しかし、従者を背後に立たせ堂々とたる態度のテナエラは、それらを全て覆すほどの風格を持ち合わせていた。


「エリアンナ様に変わって、私クニック=ドラーフがご挨拶させていただきます。此度は突然の訪問にも関わらず快諾頂き誠にありがとうございました。先日の手紙でもお伝えしました通り、我々は光の伝説にまつわる力を探しております。その力として有力候補である金の泉を見せて頂きたいのですが、許可を頂けますでしょうか」


 スラスラとまるで台本を読むかのようなクニック。

 それが更にテナエラの品位を上げる。


「あっ……いや、ええ、もちろんでございます。……しかし、一週間程お時間を頂いてもよろしいでしょうか」


 金の泉という言葉に、目を泳がすルダーク。テナエラが、ピクリと眉を動かすと、あわてて取ってつけたような言い訳を並べ始めた。


「いっいや、決して背くつもりではございません! しかしながら、き、金の泉は教会と合同で管理しているものでして、その、教会の許可も必要なのです。また、泉近辺は昔から危険な亜種あしゅの生息する地でして、安全を確保出来ないまま王女様をお連れする等出来ません。その為一週間……いえ、数日でもお時間を頂きたいのです」


 ダラダラとルダークの額を汗が流れていく。しばらくその姿を眺めていたテナエラだったが、クニックを呼び寄せると何かを耳打ちをした。

 ルダークは気が気ではないようで、ふるふると手を震わせながらクニックの言葉を待つ。


「……ルダーク卿、我々には時間がありません。月はまた闇に呑まれ始め、奴らの力は強まりつつあります。少しでも早い対応を、と王女はお望みです」

「はっ、はい! 必ずっ!」


 逃げるように部屋を出ていくルダーク。彼の従者が全員部屋を退室したのを見届けたテナエラは、はぁ〜と大きくため息を付き、キツく締めていた襟元を解いた。


「見た? あの子爵の慌てぶり。絶対何か隠しているわ。父上に王族としての訪問許可を獲ていて正解だったわね」

「そうですね。第一王位継承者であるエリアンナ王女の直々の来訪となれば、流石に何も拒めないでしょうからね」


 クニックはテナエラの脱いだローブを丁寧に畳みながら、絶賛不機嫌中の彼女に返事をした。

 シュネーヴィトヒェンでの反省から、今後は大切な交渉の際には王族の権力を使うと決めたテナエラ。

 自らそう提案したにも関わらず、完全に乗り気な訳では無いようで、


「嫌いなのよ、力づくで押さえつけているみたいで」 


 と窓の外を見ながらボヤいていた。


 各自荷解きを始めた一行。その間手持ち無沙汰になってしまったライは、クニックの手伝いをしながらちょっと気になった事を聞いてみた。


「ねぇ、クニック。さっきルダーク卿が言ってた亜種あしゅって何?」


 泉近辺は昔から危険な亜種が生息する地でして――。


 まるで厄介物を疎むような言い回しだった。


「あぁ、ライ君には馴染みのない言葉だったね。そうだね……簡単に言えば高度な魔術を操る人外生物、かな。例えば、おとぎ話で出てくる小人ドワーフ人魚マーメイド狼男ウェアウルフ。そういった“人では無いけれど、人に劣らない魔術を使う生き物”をまとめて亜種と呼んでいるんだ」


 小人ドワーフ人魚マーメイド狼男ウェアウルフ。そのくらいならライも知っている。知ってはいるが……。


「本当に、存在するの?」

「ふふ、本当に存在するんだよ」


 クニックがライの指輪をトンと指で弾いた。


「……そうですね」


 そういえば、ここにもおとぎ話のような存在が居た。


「よし、シマリス。終わったか? 終わったならツラ貸せ」

「わっ、え!?」


 ライがぼーっと指輪を眺めていると、突然に後ろ襟を引っ張られた。


「ヒヒ、まだ日も高ぇし、散策と行こうじゃねぇか。少し町も賑わってたしな。ジン、お前も行くぞ」

「はいはーい、先輩ちょいお待ち〜」


 バタバタと支度を始めるジン。

 行ってもいいのかな? とクニックを見ると、にこやかな表情でヒラヒラと手を振られた。


「い、行ってきます!」


 何せ久しぶりの町だ。

 ライも何だか楽しくなってきて、ルンルン気分で二人の後を追った。


半年間、更新を待ってくださった皆様、本当にありがとうございます。


引き続きライ達の冒険を見守って頂けたら幸いです。


今後ともよろしくお願い致します。


千歳実悠


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