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(7)男の過去

 指輪の力が欲しいが為に、指輪の主が襲われる事はこれまでに何度もあったらしい。

 例になく今回も同じだった。しかし運悪く盗賊は指輪を自分の指に嵌める前に砂の中に落としてしまったのだ。

 気が狂ったように探す盗賊だったが、夜が訪れるのをきっかけにその場を去っていった。


 このまま砂に眠るのも悪くないな、なんて思っていた時、一人の痩せた青年がラクダにのって通りかかった。


 恐ろしい程に美しい満点の星空の下、指輪の精は現主の指に収まったのだ。


「彼は、よく自慢気に家族の話を聞かせてくれたわ。東の貧しい農村に、体の弱い美しい妻ととても可愛い双子の娘が居るのだと。三人の為に自分は長い行商に出て、生活費を稼いでいるのだと言っていた」


 しかし彼の受け持つ行商ルートは長く、一巡するのに約半年がかかってしまう。その間、愛する妻に子供達の面倒を任せっきりにしてしまう事が心苦しいと、彼は言っていた。


「気は弱いけれど家族思いで、とっても優しい人だったわ」


 そんな彼と共に、家族の待つ農村に戻ったのは数ヶ月後の事。


 その悲惨な光景に、言葉を失った。


「二年前、ここよりも東のエリアを襲った大干ばつ。農村の井戸は枯れ、地面はひび割れ、ただ乾いた砂が風に吹かれていたわ」


 彼は何かに取り憑かれたように、屋根の崩れた我が家へと駆け込む。そこには、小さな小さな二人の我が子を抱き抱え、彼女らの死を悲しむように小さくまるまった、妻だったであろう亡骸が待ち構えていた。


「……」


 その衝撃的なラストに、ライ達は何も言葉が出てこない。


「彼は初めてワタシに命令したわ。妻と子供達を蘇らせてくれ、と。もちろんワタシにそんな力はない。そう伝えると彼は、夢の中でもいいから会わせてくれ、と命令してきた」


 少しでも彼の傷を癒せるのなら……そう思っていたが、それが間違いだった。次第に彼は夢と現実の境目が分からなくなり、日中は愛する家族の為に金を稼ぐようになる。その方法もだんだんエスカレートし、終いには薬物の裏取引にまで及んだ。


「一年程経った頃、彼の有り様に耐えきれなくなった私は、彼に夢を見せるのを辞めた。これ以上彼を狂わせる訳には行かない、そう思っての事だった。でも、彼にはもう届かなかったわ」


 夢の中の家族を実在しているものだと信じ込んでしまっていた彼は、指輪の精に対し酷く激昂した。

 なぜ家族を奪うのか、なぜ家族と引き離すのか、僕の家族を返せ、と聞く耳を持たなかった。


「主の願いを叶える以外、お前の存在意義なんてないだろう? ――あの人の言葉がずっと耳から離れない。自分でも薄々感じていた事を改めて突きつけられて、ふふ、何故かしらね。変に腑に落ちたのよね。だから、罰を与えると言ったあの人に、ワタシは素直に差しだしたわ」


 そう言って、彼女は不自由になった足首をみせた。


 何百年もの間、関わってきた人達を誰よりも想い、大切にしてきた彼女。それ故に痛めてきた心に、あの男はとどめを刺した。

 

「離れた方がいいと思う」


 これ以上あの男と一緒にいれば、本当に彼女は壊れてしまう。

 そんな気がしたライは、手のひらの上に立つ小さな指輪の精にそう言った。


「ふふ、だからワタシは離れな」

「絶対、離れた方がいい」


 有無を言わせないライに、指輪の精は笑顔を消し唇を噛む。


「私もライの言う通りだと思うわ。貴女の力は強すぎて、知識や器量の無い一般人には耐えられない。あの男への忠義から離れないなんて言っているようだけれど、それはあの男にとっても逆効果よ」


 理論的なテナエラの話に、指輪の精は戸惑いの色をみせる。

 するとランランもライの手のひらに降りてきて、勢いよく彼女の手を取った。


「行こうっ! ご主人様はボクの事をモノじゃないって言ってくれたんだ。君の事も、絶対大切にしてくれる。それはボクが保証するよっ」


 ランランの熱い思いに、指輪の精の目には涙が浮かんだ。

 その涙を拭い、でも、と言いかけたその時。彼女はライ達の背後を見て固まった。


「……さま」


 その場の空気が一気に張り詰める。

 その異常な緊迫感にライ達は剣に手をかけ、すぐさま背後を振り返った。


「見つけた。そうやって君はまた僕を裏切るんだね」


 静かな怒りを滲ませながらそう言ったのは、痩せこけた長身の男。フラフラとおぼつかない足取りで近づいて来る。


「ちっ、違います!」


 否定する為にあわてて飛んで行った指輪の精を、男はうっとおしそうに手で祓った。壁に叩きつけられた彼女を一瞥すると、男は力任せに彼女を握りしめる。


「い……痛いです、ご主人様」

「単なる()()の分際で、好き勝手動かれちゃ困るんだよね」


 モノ――それは彼女を縛り付ける、鎖のことば


 それを聞いた指輪の精から、“表情”が消えた。


「申し訳、ございません、ご主人様」

「分かればいい。それじゃあ、今すぐにコイツらを排除して。これは命令だよ」


 大人しくなった指輪の精に満面の笑みを向ける男。

 

 人の良さそうな笑みと吐かれた言葉とのギャップに、ライは事態を把握出来ず立ち尽くした。

 そんなライを守るかのように、テナエラとクニックが前に立ちはだかる。


「チッ、あの男狂ってるわ」

「テナエラ様。俺に任せてください」


 二人はシャリリリ、と剣を抜き、その切先を男と指輪の精に向けた。


「ご主人様、ご命令ください。向こうはその気です。例え古い親友だとしても、ご主人様を守る為ならボクも容赦はしません」


 突然の展開にライが追いつけないまま、戦いの火蓋は切られる。

 フッと空気が揺らいだ直後、ダーーーンという爆破音とともに、目の前が真っ白になった。

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