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(5)幸せのブローチ

「今だっ、ランラン!」


 ライのその合図で、ランランが勢いよく飛び出した。ターゲットはもちろん指輪の主であるアノ男。

 フラフラと歩く男に背後から迫ったランランは、彼の束ねた髪を思いっきり引っ張った。


「よし、これまた成功!」


 その様子を陰から見ていたライは、小さくガッツポーズをする。


「……ねぇ、まさかとは思うけど。さっきからやってるこのチマチマとしたイタズラが作戦なの?」


 仕方なしにライの後を着いてきていたテナエラがとうとう突っ込みを入れた。


「うん、こうして“なんか嫌な事”を沢山起こして、最後に“嫌なら指輪を外せ”って脅迫文を送れば、きっとあの男は指輪を手放すと思うんだ。そうすれば彼女は晴れて自由の身、問題解決だよ!」


 ドヤァ、と親指を突き出すライに、テナエラとクニックは頭を抱える。


「ははは、いかにもライ君が思いつきそうな平和的解決方法だね」

「呆れて何も言えないわ」


 そうしている間に、イタズラを終えたランランが戻って来た。


「ご主人様っ! あの男、今日はなんなんだよって舌打ちしてましたよ〜。うふふ、そりゃあ一日でつまずいたり、水かけられたり、物を無くしたりしたらそう思いますよね〜」


 くすくすと笑うランランは心底楽しそう。


「さぁ、ご主人様。次は何をしましょうか」


 彼にとっては数十年ぶりのだ。楽しそうにしゃぐ彼を見るのも、そんなに悪いものではない。

 三人がそんなことを思っていると、ターゲットに異変が。


「あっ、見てくださいご主人様っ。あの男、指輪の精を呼び出しました!」


 男は人目もはばからずに指輪の精を呼び出すと、何かを伝えるような素振りを見せた。

 すると指輪の精はフラフラと飛び上がり、空高くへと飛び上がって行く。


「指輪の精と直接話せるチャンスかも。ランラン、彼女の後を追って! 僕たちも君の後を追うよ」

「了解しましたっ」


 再びライの肩を離れるランラン。ライ達三人も彼を見失わないように急いでその後を追う。

 どうやら指輪の精は立ち並ぶ家の屋根の上を移動しているらしい。人目につかない動き方というものを熟知しているようだ。


「ご主人様、この家に入りました」


 屋根の上から降りてきたランランが目の前の民家を指さす。彼の話によれば、指輪の精は屋根に空いた隙間からこっそりと侵入したらしい。

 知り合いの家ならば堂々と正面から入るだろう。そうでは無い所を見れば、この家に入った目的はまた“盗み”に違いない。


「出てきたところを捕まえられるかな」

「お易い御用ですっ」


 再び屋根の上へと向かったランランが、彼女を捕まえて降りてきたのは、それから数分後の事だった。

 離して、ともがく彼女の腕の中には、これまた美しいブローチが一つ。


「なんなのよ、アンタ達っ! さっきから付きまとうのもいい加減にしてっ」


 逃げられないと観念した彼女は、ライに向かって開口一番にそう言った。

 予想外の彼女の言葉に一瞬たじろいだライだったが、ここで負けてはいけないと必死に言葉を繋ぐ。


「僕はライ。決して君の敵ではないから安心して。僕達は君のその足を心配して後をつけていたんだ。その怪我の原因はあの男なんでしょう? 僕達があの男に君を手放すよう仕向けるから、君も協力してくれないかな?」


 よし、言い切った。

 そう思う暇もなく、彼女は言葉を被せてきた。


「何ふざけた事言ってるの?」


 そのセリフには、ライだけでなく全員が目が点になる。


「えっと……、君はあの男に怪我を負わされて、今も無理やり命令されてるんでしょ?」


 極悪非道の主に使役された、か弱く哀れな悲劇の精霊。ルールに縛られその場を離れる事も叶わず、毎日涙を滴らせている彼女――。


 勝手にそう思い込んでいたライ達は、なかなか現実に追いつかない。


「はぁ~。いったい何を勘違いしたのか知らないけど、余計なお世話ってやつね。あらかたこの魔人にでもそそのかされたのかしら? 久しぶりに顔を見たと思えば、アンタは昔と全然変わらないのね。いい加減離してよ、痛いじゃない」


 プンプンと怒っている彼女は、ライ達の想像とはかけ離れた気の強い女の子だった。

 男の事を嫌がる素振りも見せず、怯えている様子もない。

 完全な早とちりだったのか。


 どうしようかとライが思った時、意外な事にランランが口を開いた。


「ボクは変わらないよ。だから、君を傷つけたあの人がゆるせない。君が良くても、ボクは良くない」


 いつになく低い声。

 相当な怒りを感じているのか、彼女を羽交い締めにする腕がプルプルと震えている。


「呆れた。何を今更そんな馬鹿げた事言ってるの? アンタ、あれから何百年も生きてるくせに、何も学ばなかったのかしら。ワタシ達が何を思おうが、相手には通じない。そうやって何か望むだけ無駄よ」


 流石のライも、ここまで聞けば分かった。

 彼女は嘘をついている。自分の心に嘘をつくことで現状を受け入れているんだ。


「ワタシはあの人の傍を離れようなんて馬鹿げた事、思って無いわ。それじゃ、さようなら」


 ランランの腕から抜け出し、どこかへ飛んでいってしまった指輪の精。残された四人はただその背中を見送った。


「はは、ごめんなさいご主人様。逃がしちゃいました」


 彼女の姿が見えなくなってしばらくしてから、ランランがそう言った。

 そうだね、とライが返事をすると、それ以降は誰も何も話せなくなった。


 彼女は使役される運命を受け入れていて、自由を手にする事を諦めていた。

 だが、諦めるということは、かつてはそれを臨んでいたという事。


「……彼女に何があったんだろうね」


 四人が彼女に思いを馳せていると、先程彼女が盗みを働いた家から悲鳴が聞こえてきた。


「どうしたの、ラシア!」

「お母様、無いのっ。ブローチが無いの!」

「そんな訳無いでしょう? よく探しなさい」


 先程、指輪の精が盗んだブローチだ。


「今朝まではあったのよ! どうしよう、探してたんじゃ結婚式に間に合わないわ!」

「仕方がないから違うものにしなさい」

「嫌よ! 幸せな花嫁の胸にはサファイアのブローチって決まってるでしょう? あれでなければダメなのよ!」


 悲痛な花嫁の叫び声。結婚式という人生一大イベントに、あまりにも可哀想だった。


 ライとランランはお互いに顔を見合わせ、言葉なしにうなづいた。

 こればかりは返してもらわなければ。

 ランランは指輪の精の気配を追って飛びたった。テナエラとクニックも何も言わずに彼の後を追う。


「ご主人様」

「ん?」

「あのブローチがあれば、彼女の眠った心をとりとどせるかもしれませんっ」

「ど、どういう事?」


 自信に満ちた顔のランランはそれ以降は何も話さず、ただ前を向いて飛んで行った。



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