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(4)指輪の精との再会

「待って、どこに行くの!?」


 指輪の精を見かけたという魔人は、彼女に吸い寄せられるようにライの手を飛び立った。

 魔人を見失う事のないよう、三人も慌ててその後を追う。


「んもう! 私達は魔人あんたみたいに小さくないんだから、そんなにヒョイヒョイ進んでいかないでよ!」


 通行人の隙間を縫うように進んでいく魔人。その後を追うのは一苦労だ。

 彼が飛んで行った先は先程の市場。入口のアーケードを潜った辺りで魔人は止まり、後から追いついたライの肩に当たり前のように降りた。


「はぁ、はぁ。やっと追いついた。指輪の精は居たの?」


 ライの語りかけに返事をしない魔人。ふと彼を見るとライの髪を掴む彼の手が微かに震えていた。


「どうしたの?」

「あっ、いえ。ちょっと、衝撃的な物を見てしまって」


 衝撃的な物。そう言った彼の視線の先を辿ると、そこには商人の目を盗んで店頭から宝石を持ち去る、指人形ほどのサイズの女の子が居た。

 自分の体の半分にも及ぶ大きさの宝石を両手で抱き上げる彼女。誰かに見つかる前にと、そそくさとテーブルの上を走るが、何か様子がおかしい。

 彼女は雀の様な足取りで助走をすると、ユラユラと不安定に飛び立った。


「あの子怪我(ケガ)してるんじゃないかしら」


 ライの隣でその様子を見ていたテナエラが、神妙な顔で言う。


「ケガ!? それなら手当してあげないと!」


 慌てて彼女の後を追おうとしたライ。

 しかし、魔人が慌ててライの髪をグッと引っ張る。


「追わないでいいですっ。アレは……そういう物じゃないと思います」

「ケガじゃないって事?」

「いえ。恐らくケガだとは思うのですが、ボク達にどうこうできるものではないというか……」


 先程とは一転して歯切れの悪い話し方の魔人。

 彼と指輪の精は、過去に共に過ごした仲だったはずだ。その相手が怪我をしているというのに、なぜ放っておけるのか。


 やや不信感を抱いたライは、魔人の制止を聞かずに指輪の精の後を追った。


 メイン通りから外れるように角を曲がった指輪の精。後を追う三人もその人気のない裏路地を走る。そこは随分複雑に入り組んでいて、まるで迷路の中にいるような気分だった。


 こんな所を通って何処へ行くのか、と思ったその時。不意に話し声が聞こえて来た。

 この次の角を曲がった先に誰かが居るらしい。


「遅かったな。何? 持ってきたのはその一つだけか?」

「申し訳ございませんご主人様。何者かの気配を感じ、急ぎ戻ってきた次第でございます」


 男の声と、もう一つは指輪の精の声か。


「そんな言い訳が通じるとでも? まさか、また変な気を起こしてるわけじゃないだろうね」


 男はそう言うと、フフフと不愉快な声で笑いだす。


「なんだいその反抗的な顔は。フフ、僕には逆わない方がいいって君は身をもって知ってるはずだよね。次は右足のけんを切るからね。流石の君も両足を切られては不自由でしょう?」


 耳を疑った。


 主の命令には逆らえない――それがルールだと、魔人は言った。

 主であるこの男に、動くな、騒ぐな、と言われれば、彼女はそれに従う他ない。

 己の身体に傷を付けられる間も、ただじっと耐え続ける彼女の姿が脳裏に浮かんだ。


 許せない、と一歩踏み出したライの腕を、テナエラが強く引っ張る。


「どうしてっ、あれじゃあの子――」

「シッ!」


 モガッと口を塞がれたライ。テナエラの方を振り返ると、彼女は真剣な顔つきで息を潜めている。

 すると、カツン、カツン、と一人分の足音がこちらへと近づいてきた。

 ここは、用事もなければわざわざ立ち入らないような路地裏だ。

 このままバッタリと対面してしまうのはマズい。


 とにかく逃げなければ、と動こうとした瞬間。

 テナエラはライとクニックの手をひいて壁に押し付けた。そして自らが縦になるように覆い被さると、手短に詞を唱える。


光の精霊(リヒトアネスト)、錯乱する光よ我々の姿を溶かせ」


 そう唱えた直後に、彼女の肩越しに現れたのは、思いの外痩せこけた背の高い男性だった。

 彼はライ達の姿には全く気づいていない様子で、目の前を素通りしていく。

 今のテナエラの詞は姿をくらます魔術を発動するものだったようだ。

 ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間。男性のやや後ろを飛んでいた指輪の精と、ガッツリ目が合った。


 彼女、指輪の精にはライ達の姿が見えていた。


 魔術は、術者の力よりも強い魔術の持ち主には効きにくい、という性質がある。

 彼女がテナエラの術を破っているという事は、そういう事だ。


 睨みつけるような目でこちらを見た指輪の精は、そのまま何も言わずに男の後をついて行ってしまった。


 彼らの足音が聞こえなくなり、一息ついたライ達は、この後の事を考える。


「どうする? どうやら指輪の精とはお話が出来るような状態じゃなかったわね」


 テナエラの言う通り。むしろ、それ以前の問題だ。


「僕、指輪の精を助けに行きたい。いくら主だと言っても、あの扱いは酷すぎると思う」

「俺もライに賛成です。テナエラ様、何か策を練りましょう。今後奴が更に暴走し、どんなことをしでかすかも分かりませんから」


 今回はクニックもライの意見に賛成らしい。助けに行きたいといったライの言葉に首を縦に振らなかったテナエラに対して、彼もひと押しする。


「分かってるわ。私も見て見ぬふりできるほど冷徹な人間では無いもの。でも、今回の事は私達が何かした所で解決できるのかしら」


 テナエラはライの肩で俯いて座っているいる魔人に語りかける。


「ねぇ、例えばあなた達の方から主を変えることってできないの?」


 上の空だったのか、突然話を振られた魔人は驚き飛び上がった。


「あっ……えっと、それはできません。ボク達の主が変わるのは、主が亡くなるかボク達を捨てるかしたそのどちらかだけです」


 淡々とそう言った魔人に、ライは段々と苛立ちが募ってきた。もちろん魔人に対してでは無く、魔人にかけられたその()()()にだ。

 自分で主も選べず、自分で離れる事もできないだなんて、そんなのあんまりじゃないか。


「君は精霊なんでしょう? 精霊の方が僕達人間より優位なはずなのに、どうしてそんなルールに縛られてるの? 不平等にも程がある!」


 怒りを抑えきれずにそういったライを見て、魔人はちょっと驚いた様子。


「あはは、ご主人様は何か勘違いをしていますよ。さっきは精霊に近い存在だなんて言いましたが、実際は違います。ボク達はただの道具で、使う者か現れなければ、ずっと仕舞われたまま、ひたすら埃を被って待つだけのモノでしかないのです」


 カラカラと乾いた笑いの魔人。その表情はやけに明るく、“もう諦めた”と言っているようにも見える。


 そういえば、彼は先程“数十年埃を被っていた”と言っていた。

 そんな気が遠くなりそうな期間、ひたすら主の声を待っていたのか。主に忘れ去られてしまえば、今回のように主に呼ばれずに他の人の手に渡る事もあるらしい。

 いくら長く生きている彼だからといっても、傷つかない訳が無い。


 ライは胸が痛くなって、肩に座る魔人にそっと触れた。


「……ご主人、様?」

「君はモノなんかじゃないよ。ごめんね、そういえばまだ君の名前を聞いていなかったね。僕はライ。君は?」


 ライがそう言うと、魔人は丸い目を更に大きく見開き固まった。


「……名前、なんて無いです。今まで聞かれた事もありませんでした」


 モノとして生きてきた自分に“魔人”以外の名前なんてない。これまでの一度も必要とされなかった。


 それを聞いたライは何とも言えない気持ちになって、おこがましいかなと思いつつも魔人に願い出る。


「……ねえ、そしたら僕が名前を考えてもいいかな」


 ライは魔人が頷いたのを見ると、うーん、と頭を捻った。名前はその人を語る代名詞ともなり得るもの。

 そう簡単にピンとは浮かばない。


「ランプの魔人、ランプの魔人……ランプ、ランプ……あっ、ランランなんてどうかな!」

「ランランってあんたねぇ。どこぞのパンダの名前じゃあるまいし。ほら、嫌すぎて魔人泣いちゃってるじゃない」


 見れば、肩に座っていた魔人がフルフルと震えていた。主には逆らえないというルールを思い出し、慌てて別の名前を考えるライ。

 すると魔人はボロボロと涙を流しながら、必死にそれを止めにかかった。


「ちがうんですっ、ちがうんです〜! その、名前があるって、こんなに嬉しいものだなんて、思ってもいなくて……。ランラン、素敵ですっ。素敵な名前ですっ!」


 小さな手で次々にこぼれる涙を拭う魔人。名前を貰ったのが本当に嬉しかったようで、母親を見つけた時の迷子のようにわんわんと泣いている。


「よし、じゃあランラン。君の友達を助けに行こう!」

「ちょっと待ってよ、ライ。だから私達にはどうにも出来ないって言ってたでしょう?」

「大丈夫、僕にいい作戦があるんだ。あの男に――」


 太陽が真上に登る頃、ライ達四人は“指輪の精救出作戦”を決行した。

 


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