(3)偉大なる魔人
「えっとぉ、君が“ランプの魔人”?」
ライがそう尋ねると、男の子は小さな胸を精一杯張って自信満々に答えた。
「良くぞ聞いてくれましたっ! そう、ボクこそが“偉大なるランプの魔人”ですっ。へへ、本当に魔人は居たんだって、すごく驚いてるでしょう? ね? ね?」
目をキラキラさせる魔人は偉大という言葉とは程遠く、まるで仔犬のような存在感。
ライ達三人は、どちらかと言えば御伽噺で語られる姿とのギャップに驚かされていた。
しかし、もちろんそんなこと本人には言えない。
困ったように愛想笑いを浮かべる三人に気づかず、魔人はしゃべり続ける。
「でもホント驚きましたよっ、なんたって一番最初の願い事が“何も出てきませんように”ですからね。もう数えられないほどのご主人様に仕えて来ましたが、こんな願い事は初めてです」
「えっ、何も出てきませんようにってのも僕の一つ目の願いになっちゃったの?」
「勿論ですっ。しばらくぶりのお呼び出しだったのに、ウズウズするのを我慢して忠実にランプの中に閉じこもってました」
御伽噺の魔人は、三つの願いを叶えると主を変えると言われている。
やってしまった、とライは頭を抱えた。
「どうしたんです? ご主人様」
「いや、せっかく願いが叶えられるチャンスだったのに、三つのうちの一つを適当に使ってしまったなと」
ガックリと肩を落とすライの手の上で、魔人は不思議そうな顔をした。
「三つ、ってなんの話しでしょう?」
「君は主の願いを三つ叶えたら消えてしまうんでしょ?」
「……ぷ。あははは」
突然笑いだした魔人。何がそんなに面白かったのか、文字通り腹を抱えて笑い転げる。
「はははっ、なんですかソレ。ボクはそんな薄情な魔人だと噂されてるんですか? 嫌ですねぇ、ボクは一度主を決めたら、主が息を引き取るその瞬間までお仕えしますよ〜」
キョトンとするライを見た魔人は、ふふ、と笑うと何やら大人びた表情をする。
「ご主人様。噂ってね、すぐに尾ヒレが生えてヒョロヒョロ〜って、勝手に泳ぎ出す物なんですよ」
見た目に騙されそうになったが、この魔人はライよりも遥かに長い時間を生きているのだ。そんな彼のセリフはやけに重みがある。
「ところでライ、コレは“力”とは関係しているの?」
そうテナエラに言われたライはハッとして、背負っている伝説の剣に触れた。
しかし、何も感じない。
明らかに透視鏡の時とは違った。
静かに首を降ったライをみて、テナエラとクニックも肩を竦めた。
「ご主人様、これは何やら力の強いモノのようですね」
いつの間にかライの腕を伝って肩に登っていた魔人が、伝説の剣を覗いていた。
「伝説の剣、って言ってわかる?」
「はい、噂には聞いておりましたが〜、あーいや。予想以上の代物ですね」
「そういうのが分かるの?」
「一応ボクも精霊の類いですので、同類の事なら何となくは」
目をキラキラさせる魔人は、ピョン、と肩から飛び降りると、フワフワと宙を移動しテナエラの頭に乗った。
「貴女もかなりの魔術士様ですね。しかも先天的ときたら、このご時世なかなかのものです。そしてそちらのお兄様は後天的ではありますが、強い力をお持ちなようで」
くんくんと二人の匂いを堪能した魔人は、満足するとライの肩に戻って来た。
「で、ご主人様。お望みは?」
まるで餌をねだる仔犬のような魔人。
だが、魔力を匂いで嗅ぎ分ける力を持つほど、彼の力は強いらしい。
もしかして、彼なら――。
そんな一抹の期待を持ってライはある願いを口にした。
「闇の民を倒して欲しい。これまでのような幸せな世界を取り戻したい」
暑い日差しを遮る薄暗い路地裏に、サァ、と生ぬるい風が通り抜けた。
「……ご主人様」
「はい」
「それは――本気で言ってますか~っ!?」
甲高い声がキーンと耳に響いた。
「酷いですよご主人様っ。ボクと闇の民はどれだけの力差があると思ってるんですか! ご主人様が今言ったのは、蟻に象と綱引きさせて“勝ってこい”って事と同じくらい無謀なことですよっ!?」
わんわんと泣く魔人は、とんでもない人を主に迎えてしまったと嘆いている。
そしてフラフラと立ち上がると、諦めた様子でライの手を飛び立った。
「えっ、ちょ、どこに行くの?」
「どこって、闇の民の所ですよ。ボクはご主人様の命令には逆らえませんから……」
ははは、と空笑いをする魔人は、先程とは一転してなんの光も移さない死んだ目をしていた。
「う、嘘! さっきの嘘だから、ほら、戻ってきて!」
ライのその言葉に再び涙目になった魔人は、大喜びで飛んで戻ってきた。
「へぇ、魔人のあんたも結構苦労してるのね」
思いがけず新たな仲間に出会ったライ達は、まずは相手を知ることが大事だろうと、彼に次々に質問をぶつけた。
それに対し嫌な顔ひとつせず丁寧に答えていく魔人。
彼は自分の事を、人よりも精霊に近い存在だと言った。しかし何故ランプの中に居るのか、何時からいるのかといった記憶はもう思い出せないらしい。
主が一度ランプを擦って呼び出せば、戻れと言われるまで彼は戻れず、どんな無謀な命令でも拒否することは出来ない。
だから持ち主が死んだ後、次の主に呼ばれるまでの間は、期待半分怖さ半分なのだという。
「ねぇ、君みたいな魔人って他にも存在するの?」
自分が知らないだけで、もしかしたらこの世界には色んな魔人が住んでるのかもしれない。ならば、力のありかを人に尋ねるよりも、魔人に聞いた方がいい。
そう思ったライは、先程からひたすら質問に答え続けている魔人に聞いてみた。
「ボクがしってる限りはもう一人。千一夜物語の“指輪の精”って知ってますか?」
指輪の精。ライが首を傾げていると、今までずっと黙って聞いていたクニックが口を開いた。
「君と共に“アラジン”に仕えていた指輪の精の事?」
魔人のランプの物語には、ランプと並んで登場する魔術品があった。ランプと同じくアラジンが洞窟で見つけたとされる指輪だ。作中でもこの指輪は何度も主のピンチを救っている。
「そうです、それですっ。まぁ、あの方の死後ボク達はバラバラになって、それ以来遭遇してはないんですけどね」
ライ達はお互いの顔を合わせ、うん、と頷いた。
「ねぇ魔人。その指輪の精の気配とか追えないかしら? 私達、その指輪にも会って確かめたい事があるの」
すでに虱潰し状態に陥っている力探し。もし指輪の精の場所が分かるのであれば、確かめないほか無い。
「えーっと、ここ数年はすごく近くに感じるんです。感じるんですけど……ははは、何せボクは数十年倉庫で埃を被ってたもので、何処にあるかは知りません。あ、探して来いとご命令があれば、探して参りま――」
今までずっと流暢に喋っていた魔人が、通りの方を見て突然に固まった。
「どうしたの?」
「……ました」
「え?」
くりくりの目をさらに大きく見開き、小刻みに震える魔人。彼は小さな指で通りを指すと、大きな声で叫びだした。
「居ましたっ! ゆ、ゆ、指輪の精! 今、そこの通りをヒュンッて飛んでいきましたぁぁぁあ!」




