(2)魔法のランプに住む魔人
「この町の有名な富豪の爺さんが、ちょっと前に亡くなったんだ。それで――」
どうやらこの辺りでは、一人の男に複数の妻がいる状態はよくある事らしい。特に金持ちの家にはその風潮が多く見られ、今回亡くなったお爺さんも例外ではなく沢山の妻が居たようだ。
お爺さんの妻と言っても年齢は二十代から三十代のまだ若い女性も含まれている。主人の死とともに家を離れる事となる彼女達には、金目の物が分け与えられた。
そして今回、市場に流れた物の一つが“魔法のランプ”だと言うのだ。
「本物なのかしら?」
偽物に振り回されるのはもうゴメンよ、と言わんばかりのテナエラに、少年達はキラキラした目で言い返した。
「あたりまえだよ姉ちゃん。オレ、この目で見たんだ。汚れきってるランプのくせに、擦ったら綺麗になりそうなあの感じ。ぜっっったい中に魔人が住んでる証拠だよ!」
本物と信じて疑わない無垢な目に、流石のライも苦笑いだ。
できることなら擦りたかったな、と言った彼らに、何故擦らなかったのか聞いてみた。
すると、既に魔法のランプだという噂は広まっていて、かなりの値段で市場を回されているようで、自分たちには手が届かなかったのだという。その値段を聞けば、子供はおろか、普通の家の財力では手が出せるものでは無い程まで跳ね上がっていた。
少年達と別れ、例のランプが取引されている市場へとやってきた一行。そこではある一区画だけ人だかりができ、競り合いの大声が飛び交っていた。
「5800万リン」
「5850万リン!」
まるでオークションのような風景。その対象は紛れもなく魔法のランプだろう。
「あの人達、町一つ買う気かしら」
「全くですね。本物かどうかも分からないのに」
気が狂ったようにその競売に挑む人々の後ろ姿を、呆れたように眺めるテナエラとクニック。
「ライ、あれ欲しい?」
「え? 欲しいというか、必要ではありますけど」
ありますけど、とつい敬語を口走ったライの脇腹をテナエラが思いっきり小突く。
不意をつかれて悶絶するライ。そんなライを他所に、なら仕方ないわね、とテナエラは不意に手を前へとつきだした。
彼女が手招きするような動作をしたと同時に、わぁぁっ、という声が一斉に上がった。
何が起きたのかとライが慌てて市場に目を向けた瞬間、ストン、と手の中に何かが降って来た。
ヒヤッとした感触にしっかりとした重量。そして鈍く輝く金の色。
紛れもなく、魔法のランプだ。
「……なぜここにこれが?」
「欲しかったんでしょ? 奇遇ね、私も欲しかったの」
平然とそう言い退けるテナエラだが、実際はそんな呑気なことを言っている場合ではない。
「テナエラ様。流石にこれは怒られますよ」
クニックの言うことは当然の事。
「ど、泥棒だぁあ! あのガキ共を捕まえろ!」
市場のルールに背き盗みを働いたライ達三人は、周囲からこれでもかと言うほど責めよられた。
もちろん逃げ場なんてどこにも無く、ライは慌てふためくばかり。
とうとう涙目になってテナエラを見上げると、彼女は至って平然とした顔で言った。
「それを擦って偽物だって証明しなさい」
何を言い出すかと思えば、ニセモノ。
一瞬理解が追いつかなかったライは、再び彼女に助けを求めようとして、途中で気づいた。
そうか、このランプが偽物ならば、責められる理由が無くなる。むしろ偽物を売りつけようとした店側に論点が移るのだ。
ライは意を決してランプの側面に指先を添わせた。
「あっ、あのガキ! ランプを擦りやがったぞ!」
――お願い何も出てきませんように。
目を固くつぶり、必死にそう願ったライ。
その結果を確かめようと目を開けると、視界に飛び込んで来たのは、明らかに落胆している人々の顔だった。
「なんだ、偽物か」
「いやぁ、坊ちゃんに助けられちゃったよ。ドブに金を捨てるところだった」
何も起きなかったランプを見た人々は、残念がりながらも捌けていく。
人がまばらになり開けた視界のその先には、口を半開きにし呆然と立ち尽くしている商人が居た。
「貴方には申し訳の無いことをしたわね。ま、偽物ならこのくらいの金額で納得して頂けるかしら?」
テナエラはその商人に偽物のランプのお代として十リンを渡した。
この商人がこのランプをいくらで買ったのかは不明だが、顔を真っ青にしてワナワナと震える様子から、相当な損失が出た事が予想された。
「紛い物商人のレッテルを貼られなかっただけ良しとしましょうよ」
彼にそう言い残したテナエラは、急いでライの手を取り裏路地へと連れ込んだ。
「テナエラさん、良かったんですか? だってこれ偽物なんです……偽物なんでしょう?」
競売にかけられていた金額と比較すれば安く見えるが、十リンもあれば半月は余裕な生活が送れる。
魔術品として価値の無い古ぼけたランプに、そんなにも払う意図がライには分からなかった。
「その発言は魔術士の端くれとして失格ね。聞いたわよ、貴方、一度魔術が使えたそうじゃない」
シュネーヴィトヒェンで起きた大爆発の後、ジンとテナエラに迫り来る炎を遠ざけた事を言っているのか。
「あれはっ、咄嗟の事だったからだと思いま……思う。だってほら、それ以降は蝋燭に火もつけられないから」
自信なさげに目を伏せるライに、テナエラはすかさず言葉をかけた。
「それよ、それ。はい、復習。魔術はどういった詞によって発動するんだっけ?」
「どういったって……それは心の強く乗った詞でしょう? えっ、てことは、まさかっ?」
自分でそう口にして初めて、ライはテナエラの策略に気づいた。
ああ、なんて彼女は恐ろしく頭の機転が利く人なのだろうか。
まんまと彼女にコントロールされていたライ。
ニンマリと笑う彼女に促され、ライは再び魔法のランプを強く擦った。
今度は、心から“これは本物だ”と願いながら。
するとどうだろう。
ランプの口の部分から、白い煙がもくもくと溢れてきたではないか。
「ほ、本物だっ!」
たちまち辺りはランプの煙に覆われ、ライ達三人はゲホゲホと大きく咳き込んだ。
徐々に薄れてきた煙に目を凝らし、ランプの魔人の姿を探す。
御伽噺に語られる魔人は、それはそれは大きい男の姿を取っているらしい。
どこだ、どこに居る、と懸命に探すがその姿は見当たらない。
なんだ、やっぱり偽物だったのか――と思った時、ライの手元から声が聞こえた。
『ご主人様、ご主人様! ここ、ここですよ〜っ』
なんか、親指の付け根がこそばゆい。
まさかね、と思って手元に視線を移すと、そこには小さな小さな男の子が居た。
「……………………ん? んん!?」
テナエラもクニックもライと同じ反応。
ランプを持つ手の上に立っていたのは、身長およそ七・八センチの小さな男の子だった。




