(3)寄港祭
「うおー、こりゃすげーわ」
「いよいよって感じだね」
町に出るなり、二人は感嘆の声を上げた。
向かい合う建物の軒から軒に旗が吊るされ、アーケードのようになっている。その下には出店が並び、人だかりができていた。
中には昼から酒を煽る人や、楽器を持ち寄り陽気な音楽を演奏する人達も。
「こんな出迎えがありゃ、父さんも泣いて大喜びだろうな」
「あ、そっか。ジリンのお父さんも帰ってくるのか」
「ああ、向こうでの仕事の契約が切れたんだ。父さんからは申し訳ないって言うような手紙が届いたけど、正直俺らからしてみたら、一緒に居られる事が一番嬉しいんだけどな」
ガザラの町から、船で出稼ぎに出る人も少なくはない。マリーナ号にはそういった人達も乗って帰ってくる。ジリンのように家族の帰りを待っている人もいるのだ。
「母さんなんて、今朝すげぇ化粧してたぞ」
「実はうちのリサもだ……」
二人は顔を合わせて、ぷぷっと吹き出し、みんなの浮かれように大笑いした。
二人が祭りを堪能し終えた頃、リンドーン、と教会の鐘が正午を知らせた。
その音を合図に人々はいっせいに崖の上に作られた広場へと集まりだす。
「俺らもいこうぜ」
「うん」
その人達の波に乗るように、ライとジリンも広場へ向かった。人の隙間を縫うように、やっとの思いで海の見える場所を探し出す。すると、既に水平線にうっすらと船の影が見え始めていた。
「マリーナ号だ! もう見えてる!」
ライは嬉しさのあまり大声を上げる。ほら見て、とジリンの方を振り向くと、彼は必死に涙を堪えていた。
「バカ、こっち見んじゃねーよ。前見てろ前」
「はは、別に良いじゃん。泣きなよ、泣きそうなくらい嬉しいのは僕も同じさ」
恥ずかしそうに顔を背けるジリンの背中を撫でながら、ライはみるみるうちに大きくなる船の影を見つめた。
キイ、キイ、と鳴くカモメ。ザザーンと胸の底に響く波の音や潮の香りが、いよいよだ、という実感を強める。
「……おかえりなさい、ソウリャ」
強い日差しによって発生した陽炎で、ゆらゆらと揺らいで見える船。ライはそっと語りかけるように言った。
その時、ボーっと力強い汽笛の音と共に、船がギラりと鈍く光る。
「……ん?」
ふと、違和感を感じた。
「……ねえ、ジリン。なんか変じゃない?」
「ん、あ? 何が?」
「なんか船が大きい気がする」
「そりゃ、ガザラの漁船を見慣れちまってるせいじゃないのか?」
ヘラっと笑うジリンにライは、そうなのかもしれない、と思った。
だが、どうも胸騒ぎがやまない。
船が太陽の光を反射し、再度ギラりと光った。
「やっぱりなんか変」
ボソリ、と呟くライにジリンは呆れたように言う。
「変って何がだよ、ガザラにあんなデカい船、マリーナ号以外に来るわけねえだろ」
「そうなんだけどさ。だってほら、マリーナ号は白い船でしょ? それなのに、僕にはこの船は鉛色に見える」
「んー、確かに言われてみれば、そんな気もしなくもないな。……なあ、あの船から出てる棒みたいなのって何だ?」
「棒?」
ジリンに言われてライは高速で近づいてくる船に目をこらす。甲板の上の突起物に棒が何本も突き出ている様子が肉眼でも確認できた。
つう、と冷ややかな汗がこめかみから垂れる。
「ジリン、大変だ」
「……?」
「あの棒が出てるやつ、砲台だよっ。 あの船、マリーナ号なんかじゃない! 戦艦だ!」
「戦艦!?」
“戦艦”と言うワードに周りの人は一斉に振り向き、ざわつき始める。
「戦艦ってどういう事だ坊主」
「し、知らねぇよ! 俺だってびっくりしてるんだ」
近くに居た男性が事の詳細を知ろうと、ジリンの肩を掴んで問いかけてくる。しかし、そんなやり取りをしている暇は無い。
「ジリンどうしよう、もう船が着くのに時間が無いよ」
「どうしようったって、どうしようもねぇだろ! これ、船着き場の親父さん達は知ってんのか?」
王国貿易船と言えど、着港するのは漁船が使う小さな港。そこで働く親父さん達もこのガザラで漁業を営む一般人だ。
「でも、流石にここまで船が違ったら気づくんじゃ……」
そこまで言いかけて、ライはハッと気づいた。
ガザラの港は、元々漁業の為に開かれた物で、荒波から船を守る為に十数メートルの入り江状になった場所に設置されている。その構造上、マリーナ号含む大型船はこの船着き場までは水深が浅すぎて入って来れないのだ。よって、入江の外に停泊してもらい、そこまでこちらが迎えの船を出す仕組みにしていた。
「気づけないかも。だってほら、この方角、船着き場からは見えない方向だ。ちょうど入江の脇のこの崖が邪魔をしてる気がする」
「ヤバいじゃんっ。ライ、俺は神父様連れてくる! 神父様なら何か聞いてるかもしれねぇ。お前は船着き場に降りて、親父さん達に知らせてくれ」
「わかった」